第5話
「原田。」
学校での休み時間。
廊下で急に同級生に声をかけられた。
「なに?」
そう返事をして振り返れば、そこに居たのは
いつも何かと僕に文句をつけてくる奴。
僕が訝しそうに彼を見れば、
気まずそうに目をおよがせた。
「・・どうしても読書感想文を書かなくちゃいけなくて。俺普段全然本読まないから何書いていいかわからないし。」
早口で喋り出した彼。
僕の小学校では毎年、
この時期に各クラス2人ずつ選ばれて読書感想文をかかされる。
そういえば、この前の学活の時間にくじびきで見事当たっていたっけ。
「だから、おすすめの本とか、読書感想文の書き方とか・・教えて欲しいんだけど!」
「・・別にいいけど。」
僕がそう答えれば彼__井上は目を輝かやかせて屈託のない笑顔を見せる。
「うそ!まじでいいの!サンキュー!」
そしてさっきまでの気まずそうな感じはどこへやら。
僕の肩をバシバシとたたく。痛い。
面倒なことを引き受けてしまったなとも思ったが、別に対して断る理由もないので、しばらくの間井上の読書感想文作りを手伝うこととなるのだった。
「読書感想文かあ、懐かしいな。」
「お姉さんは本読むの好きだった?」
「好きだよ、今も好き。少年も好きそうな顔してる。」
「なにそれ、どんな顔してるの僕。」
ははっ、と笑ったお姉さんは、少し黙って遠くを見つめた。
風で紺色のスカートと黒髪が揺れる。
お姉さんは基本的に笑顔だけど、
時々、本当に寂しそうに笑う。
見ているこっちがつらくなるような、そんな笑顔で。
お姉さんの目には世界はどう映っているんだろう、なんて思った。
「そういばさ、少年は、」
「ん?」
「お弁当はすき?」
唐突にそんな質問をされ、少し答えに詰まる。
・・・お弁当。
「好き、かなあ。」
お母さんのお弁当はいつもカラフルで、そして美味しくて。
僕の大好きな甘い卵焼きが、他の具材よりも少し多めに入っているんだ。
普段は給食だけど、遠足の日とか、運動会の日とか。
なんだか特別な感じがして、
お弁当の蓋を開く瞬間はすごくわくわくする。
「・・そっか。」
僕の答えを聞いて、
お姉さんは少し視線を落とす。
「私はね、好きじゃないんだ。」
「なんで?」
お弁当嫌いな人なんているんだ、そんな事を思ってしまった僕の心を
読んだかのようにお姉さんはふっと笑う。
「だってさ、お弁当って蓋を開ける時のわくわくが醍醐味じゃん?」
「・・・だいごみ?」
「あーごめん。えっと、ふたを開ける時にさ、
何が入ってるかな~ってわくわくするでしょ?」
「うん。」
「でも私はいつもわくわくしないの」
「どうして?」
「だって中に入ってるもの、全部わかっちゃうんだもん。」
どういう事がすぐには理解できなくて、
そして理解する前にまた話が変わる。
「少年は兄妹とかいるの?」
「ううん。一人っ子だよ。」
「そっか。」
「お姉さんは?」
「私はね、お姉ちゃんがいるよ。」
「えー、いいなあ。」
僕の言葉にほんと?と笑う。
兄妹がいるという事はとてもうやらましい。
お姉ちゃんに勉強を教えてもらったとか、弟と買い物に行ったとか。
ときたま耳に入ってくるクラスメイトの話に、いいな~なんて思う事もある。
・・・ああでも、それだけじゃなくて。
「兄妹欲しかったの?」
「だってなんか楽しそうだし。
・・・・それに。」
「うん。」
「もし僕にお兄ちゃんとかがいれば、勉強出来なくても怒られなかったかなって。」
もし勉強のできるお兄ちゃんがいたならば。
おかあさんは僕に何も言わないでいてくれるのかな。
逆にもし勉強のできないお兄ちゃんがいれば、
少しでもいい点取れたら褒めてくれたのかな、なんて。
僕の言葉の後に訪れた沈黙に、
あ、しまったと思った。
こんなこと言うつもりなかったのに。
少し怖くなって俯いていれば、
無意識のうちに口からこぼれた僕の言葉を
おねえさんは優しくすくう。
「少年。」
「いつも頑張ってて、えらいねえ。」
顔を挙げれば、
そこにあるのはおねえさんの笑顔。
「・・なに、それ。子ども扱いしないでよ。」
「だって子供でしょ?」
「うるさいなあ。」
照れてそんな事を言えば、
耳真っ赤だよ、なんておねえさんは僕をからかう。
その後も少し話をして、暗くなる前に帰らないと親に叱られてしまうので、
薄暗くなってきた所でランドセルを背負って立ち上がった。
「ばいばい、少年。」
「ばいばい。」
お姉さんが僕より早く帰るところは見たことがない。
一晩中ずっとあそこに居るなんてことはないだろうけど、暗くなっても座ってるのかな、なんて思っていた。
「期待って、丁度いいバランスないのかなあ。」
「え?」
歩き出した僕の背中にそんなつぶやきが聞こえて、
反射的に振り返った僕におねえさんは首を振る。
「・・・なんでもないよ、ほら早く帰りな。」
なんとなくまたおねえさんが寂し気に見えて、
でも何も言えなくて。
手を振ってから、家までの道を歩いた。
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