第一話 『さようなら。便器でね。』


さて、どうしたものか。

足元には見るからにやばそうな紫色の泥。

その沼地に沈んでいく、俺を乗せた公衆トイレ。

しかもこれは、沼地のど真ん中にいるのであろう。


神様はもしかして俺に試練を与えているのかもしれない。

この試練を乗り越えないと、この世界を生きられないってことなのか。あるいは…



「ここに召喚して面白がってるかだな。」



腕を組んで立ち尽くす俺。

沼に沈んでく公衆トイレと共に、自分もゆっくりと沈んでいく。

俺の人生はこんな終わり方をするのか?いやいや、勘弁してくれ。

こういう時はちゃんと落ち着いて考えるべきなのだろう。


(ゴポゴポ…)


めっちゃ泥みたいなの入ってくるんだが。

そして、冷や汗が止まらない。こんな状況で落ち着けるわけがないだろ?

だって死んじまうかもしれないんだぞ?こういう時に思いつく行動といえば…



「誰か、助けてくれぇぇぇぇぇえ!!!」



さっき外を確認した時、扉を半開きにしたままのせいで泥が次々と流れ入ってくる。

これは閉じた方が生存率は上がるのか、それとも叫びまくって誰かに助けを求めるか。

どちらにせよ、ここは沼地。

人が来なければ確実に、ここで俺は息絶えてしまうだろう。


そんなのは嫌だ。


しかし、公衆トイレが沈んでいくと共に泥に扉が押され、じわじわと閉じようとするのだ。


(ジュウゥゥゥ…)


今、足元から変な音が…


そして俺は恐る恐る視線を下げた。

額から、汗がたれ落ちる。


(ジュッ)


泥に汗が零れ、水蒸気となった。

そして、ゴムを焦がしたかのような嫌な匂いが鼻につく。

まさか公衆トイレの床…溶けてないか…?

そうだとしたら、俺の状況って…


絶 体 絶 命


もしこれが段差のない公衆トイレだったら俺はもうすでに足は無かった。


改めて外を見ようとした瞬間、目の前の扉が閉まっていることに気付く。

扉が閉じてもトイレに侵入してくる泥沼たち。

開けても閉めても状況は変わらないらしい。

俺は扉に手をかけて、開けることにした。


(ガッ)


思わず硬直した。

泥の重みのせいか、扉はビクともしないのだ。


嘘だろ?俺の人生もうおしまい?平凡に暮らしていただけなのに?



「冗談じゃない、こんなところでトイレと一緒に沼に沈んでたまるかぁぁっ!!」



俺はただひたすら叫んだ。

密室のトイレの中で助けてと叫ぶなんて人生の中でそうはあるまい。


ふと手元を見た時、右の手の甲に大きく何か描いてあるのを見つけた。



「ん…?何だこれ…」



「リリース・ベジタブル!」



どこからか声が聞こえたと同時に、強く明るい真っ白な光に視界を包まれた。

やがてその光が消えると、さっきとは真反対に視界は真っ暗闇の中だった。

俺は腰を抜かして座っていた。

辺りを軽く見回してみたが、目を開けているかわからなくなる程真っ暗な場所でやはり何も把握ができない。


死んだとしたら、痛みが無さすぎる。

なら、俺はやはり生きている?

…というか、ベジタブルって何だったんだ?


(カチャン)


僅かに、後ろの方で何か金属のような音がした。


後ろを振り返ろうとしたその時、突然遠くで一つの青い炎が現れた。

そして次第に炎は数を増していき、部屋は明るくなっていった。


…が、視界が色を捉えたと同時に、俺を覆う大きな影。



そこには、黒くおぞましいラスボスオーラ満載の鎧を着た化け物が今…





目の前で、俺に大きな剣を振りかざしているのだった。

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