本編

「魔法使いを連れてまいりました」

「うむ。そんなに固くなる必要もあるまい。面を上げよ」

「失礼します」


 全くついていけない。

 なんだここは?かの国民的RPGに出てくるような、俺のイメージ通りの玉座に座る王が、そこにいた。


「さて、魔法使い殿、わざわざ御苦労。聞けばアケミと同郷というではないか。非常に遠いところと聞いておる」

「はぁ……」


 畏まって膝をつき、王と思わしき人物と話していたのはさっきの美女だ。アケミというのか……。今の今まで名前すら知らなかった。


「アケミをして稀代の天才と言わしめるお主をこの国へ迎えられたことを、喜ばしく思う」


 いつの間にか俺は稀代の天才になっていた。さっきまで冴えないフリーターだったというのに、大躍進である。


「さて、アケミからも聞いてはおろうが、余から正式に話をするとしよう」


 何も聞かされずに連れてこられたというわけにもいかず、話を聞く。俺としてもよくわからないままここにいるよりは、話を聞けた方がありがたい。


 聞けば、この国は魔王によって平和が脅かされており、それを救うべく各地から優秀な人材を呼び寄せ、その討伐へと向かってもらっているという、なんともベタな話だった。


「ということは、アケミさんが勇者……?」

「残念ながら勇者と呼べる存在は見つかっておらぬ」

「そこからスタート……」


 思い描くシナリオとは大きく異なるようだが、まあおおむね国王に言われて魔王を目指すという王道は守っているらしい。


「長旅の疲れもあろう。今日は城でゆっくり休まれるが良い」


 そういって、王都の謁見が終わった。




「さて、色々説明してほしいんだけど、アケミさん」

「ええっと……どこから説明すればいいかしら?」


 アケミさんはこの世界で魔法使い兼剣士らしい。それ、勇者じゃないのか?


「残念ながら、一目で勇者とわかるような人がいれば、それはもう化け物よ。私はなりそこねね」

「それなのになんで国王とつながってまで仲間を集める立場に……?」

「私、あなたと同郷と言ってたわよね?突然よくわからないところに放り出されて、頼れる先が思い浮かばないから、とりあえず王家を頼ったのよ」


 簡単に話しているが、もちろん何のメリットもなく保護してくれるほど、王はお人よしではなかった。独学で魔法を学び、元々習っていた剣道を元に、実践で鍛え、ようやく目に留まるところまで来たらそお。


「その段階では自力で冒険者をできるようになっていたのだけど、その頃の私はよくわかっていなかったから」

「それで勇者探し……?」

「そうね。特にこれといって優れた能力があったわけじゃない私が、国王の目に留まるくらいに成長できるのだから、元の世界で探したほうが効率が良いと思ってね」

「てことは、簡単に帰れるのか?」

「私からすれば簡単だったけれど、あなたにとってどうかはわからないわ。もちろん、やり方は教えるけれど」


 試しに聞いた呪文を唱え、用意してもらった魔法陣を元に魔法を使おうとしたが、当然ながらいきなり成功することはなかった。


「まあ、これをすぐに成功されても困るのだけどね。戻ってこられるかわからないのだから」


 確かに今、元の世界に戻ってもここにまた来られる気はしない。そういう意味では失敗してよかった。


「あら、帰りたくないの?」

「向こうに居たって特に何かできるわけじゃなかったし、ここで根拠もないながら魔法使いとして期待されてる状況は、悪くないと思う」

「そう。ではまず、その根拠を作りましょうか」


 アケミさんの指導のもと、俺の魔法使いとしての特訓が始まった。




「まずは……そうね。魔法と聞いてイメージするものは?」

「んー。水とか火とか、風とかを操るような?」

「じゃあ、やってみて?」

「え?」


 そんな手を上げてくださいみたいな気軽さで、もちろん何も教わらずにそんなことを言われても……。


「あれ?いま、火が出たような」

「この世界は元いた世界とは違って、あなたの思い描くことはある程度実現できるはずよ」


 私が見込んで連れてきたのだから。そう得意げに付け足すアケミさんは、元の世界より少し幼げに見えた。




 しばらく続けていると、ある程度、火や水、風を生み出したり、超能力のような、ものを浮かせたりといったことができるようになった。


「やっぱりあなた、才能があったわね」

「この才能が俺が貞操を守り続けてきた結果と言われると、何も言えない……」

「生かされたのだから、いいじゃない?」


 そういえば、アケミさんもこの世界では一目置かれる魔法使いだそうだ。

 そしてアケミさん自身が性欲と魔法使いの素質のつながりを見出していた。つまり……?


「あら、集中力が乱れてるわよ」

「っ!?」


 ある程度魔法が出せることがわかってからは、それをコントロールするトレーニングに移る。

 時折こうしてアケミさんが妨害してくるのを耐え忍ぶのがトレーニングと言われているが、アケミさんの妨害がどんどん物理的なものになっていくのが気になって仕方ない……。具体的に言うと、胸が腕に当たっていた。


「勘弁してください……」

「刺激が強すぎたかしら?」


 さっきまで考えていたアケミさんも実は経験ないのでは説は、少し怪しげになった。

 そうこうしているうちに時も過ぎ、今日のトレーニングを終えることになった。




「シャワーくらい、浴びてきたら?」


 まだ湯気の立ち上るアケミさんの色気は、もはや俺には耐えがたいものになっていた。何の試練だこれは……。


「えっと、まさか一緒の部屋とは……」

「もう私は国賓扱いだから、部屋を分けるように言えばできるとは思うけれど、どっちがいいかしら?」


 悪戯気に微笑むアケミさん。俺の異世界生活は、この美女に振り回されていくことになるんだろう……。

 こうして俺の異世界生活一日目が終わった。



 ‐‐‐



「今日はこの世界で生きるための術を教えるわ」

「よろしくお願いします」


 簡単な魔法を使えるようになった俺は、冒険者ギルドへとやってきた。


「おい、アケミだ……」

「一緒にいる男は誰だ?」

「アケミが連れてきたんだ。ただ者じゃないだろ……」


 アケミさんのせいで勝手にハードルが上がっている。しがないチェリーボーイにそんな期待をしないでほしい。

 アケミさんはそれらの声を適当にあしらい、入口から真っすぐカウンターへ向かう。カウンターの向こうに、豪快にひげを生やした男が現れた。


「何だアケミ、久しぶりじゃねえか」

「ええ、故郷に戻って彼を連れてきたの」

「アケミがわざわざ連れてきたってことは、そっちの兄ちゃんもやるんだな?」

「それは、これからに期待ね」


 簡単な手続きを済ませ、晴れて冒険者となった俺に、最初のミッションが与えられた。


「なあに、アケミと同郷ってことは、とんでもない力を持っているんだろう?いつもアケミから聞いてたぜ。故郷に戻れば同じようなことができるやつがごろごろいるってな」


 なるほど、それでこれだけ周りから熱視線を浴びせられていたわけか。さながら期待のルーキーというところだろう。


「アケミさんって、そんなにすごいんですか?」

「すごいなんてもんじゃねえぞ!なんせ王宮に呼ばれるんだ。王宮に呼ばれる冒険者なんざ聞いたことがねえ。あそこは貴族や商人の行くところだとずっと思っていたからな」

「王宮に呼ばれるだけですごいのか……」

「それだけじゃねえ。うちで登録した冒険者の中では頭一つどころか、二つも三つも抜けてる。ただのAランクの冒険者って扱いじゃ足りねえくらいだ」


 冒険者にはわかりやすくランク付けがされているらしい。誰でも登録できる初期段階がFランク、受けられる依頼は自分のランクの二つ上までと決められている。戦闘を伴うようなものはCランクからなので、ひとつランクを上げなければ危険なものは受けられない。

 ということは、今日すぐに戦ったりしないでいいんだろう。ちょっと安心した。


「アケミの推薦って言うなら、最初からそうだな……Bランクにはしてやってもいいが、どうする?」


 安全神話は一瞬で崩壊した。

 アケミさん効果、おそるべきだ……。本来ランクを上がるには、一定数依頼を達成し、ポイントをため、さらに昇級試験を合格する必要がある。


「あら、そんなにサービスしてくれるの?」

「どうせアケミが連れてきたって言うんなら遅かれ早かれAランクにはなるんだろう?良いじゃねえか」


 大ざっぱに聞こえるが、これでもギルドの責任者だ。これだけのことを言わせるアケミさんがすごいということだろう。


「実を言うと彼がどこまでできるかわかっていないの。提案は嬉しいけど、そうね。昇級試験を受けられる権利だけもらえるかしら?」

「なんだそうかい。ああ、構わねえぜ。とりあえずはどうする?」

「順番に、とはいえ一度にすませられるものは済ませてくるわ」

「そうか。じゃあとりあえずBランクまでの昇級試験だな。ちょっと待ってろ」


 奥に消えていったひげの男を見送り、戸惑う俺にようやくアケミさんが話をしてくれる。


「そういうことだから、がんばってね」

「アケミさんって、かなり大ざっぱだよな」

「あら、手とり足とり優しく教えた方が好み?」

「嬉しい申し出だけど、それは俺の身がもちそうにないです……」


 頼まれれば本当にやるぞという意気込みが見え隠れするアケミさんに、冗談でも頼める雰囲気ではなかった。もちろん、からかわれるだけなこともわかってはいるが……。


「待たせたな。これがBランクまでの昇級試験の内容だ」

「ありがとう」


 受け取ったアケミさんが、内容を説明してくれた。


「採集しないといけないものが二つ。討伐が三匹。討伐したうえで素材を持ってくるのが一匹ね」


 一つの試験で一つ、もしくは一匹というわけでもないようだ。


「一番難しいのは……洞窟の奥にいる魔物、クリスタルスパイダーの討伐ね」


 国を出てすぐの森を進めば、山脈にぶつかる。鉱山になっている山にはいくつも洞窟があり、ダンジョンと呼ばれているものもある。外と違いそこに適応し、人による定期的な討伐も免れた結果、強力な個体となった魔物が潜みやすいという。

 クリスタルスパイダーはその一つで、名前の通り宝石のような身体を持つ蜘蛛だ。


「クリスタルスパイダーは、全身が鉱石になっているの。強さによってその質が変わるけれど、まあそこまで強い個体と当たることはないでしょう」


 相変わらず軽いアケミさんだが、重要なことを忘れている。


「俺、戦う方法何も教わってないけど」

「森を歩いていれば嫌でも覚えるわ。私がそうだったもの」


 思ったよりスパルタな方向で話が進んだ。




「これが依頼にあった植物よ。回復薬の元になる植物だから覚えておいてね」


「あれは植物がたの魔物。自我も害もないけれど、こちらが攻撃すれば反撃をしてくる。たまに街にやってきていたずらした子どもがけがをするから、討伐対象になっているわ。食べるとおいしいから、そっちがメインだけどね」


 時折アケミさんがこうして解説を加えてくれながら、森の探索は順調に進んだ。

 使える植物を見つければ足をとめ、覚えさせられる。便利なことにそのまま口に含んでも体力を回復させるようなものや、稀にだが魔力を回復したり、力を与えてくれる植物も教えてくれた。

 逆に毒になるものも教わったが、この辺で特に問題になるようなものはないらしい。というか、見た目が毒々しいのでわざわざ教わるまでもなく、食べようとは思わなかった。


「ほんとに噛みついてくる実があるとは思わなかった……」

「表情によって種類が分かれるけれど、あれは毒があるタイプね」

「もしかしてだけど、食うやつもあるのか」

「穏やかな表情をしているものは美味よ。王家への献上品にもなるくらいの高級品もあるわ」

「あれを王家が食うのか……」


 その後も様々な知識を教わる。実地で学ぶ知識は、普段より頭に入るように思える。次に来たときに覚えているかはわからないが……。


「ここがクリスタルスパイダーの巣ね」

「蜘蛛の巣に自分たちで飛び込んでいくのって、どうなんだ……」


 もちろんそんな言葉に耳を貸してもらえるはずもなく、問答無用で洞窟に入れられた。

 ここから先は俺が先頭を歩くらしい。


「あら、か弱い女性にこんな薄暗い洞窟を先導させるの?」


 絶対に俺よりか弱いなんてことはないアケミさんだが、何も言わない。前を歩いていたほうが、何かあった時にアケミさんが何とかしてくれるだろうという甘えもあった。


「洞窟ってもうちょっと、色々魔物とか出てくるのかと思ってたよ」

「場所にもよるけれど、ここはもうクリスタルスパイダーが巣を張っているから、夜迷い込んできたものが犠牲になる以外は姿を見ることはないでしょうね」

「今まさに犠牲になる獲物になってるわけか……」


 ここに来るまでに倒した魔物は、きのこのような魔物と、犬のような魔物だけだ。正直、木の棒があれば魔法なんて関係なく倒せそうだった。

 練習を兼ねて魔法を使ったが、素材の回収ができないため火を使うことはできなかった。教えてもらったのは風の魔法。風が質量を持つようにイメージすると、鞭にもなれば、刃にもなる。便利な魔法だった。


「その威力なら、クリスタルスパイダーにも十分通用するわね」

「そうなのか……?」


 ここまでみてきた魔物には通用した。まあアケミさんが言うなら信用しよう。

 この甘い考えは、五分と待たず大きな後悔へと変わっていた……。




「聞いてない!こんなでかいなんて、聞いてない……」


 クリスタルスパイダー、脚一本がすでに俺より太い。全体の大きさは、象とまでは言わないが、とにかくめちゃくちゃでかい。いや、そんな近くで見たことなかったし、象より大きいかもしれない。わからないけどとにかくでかい。生命の危機を感じる程度には……。


「いつもより大きいし、素材として質も量も申し分ないわね。ついてるわね、ヒナタ」


 ニヤッとした表情で告げるアケミさん。当然のように手伝ってくれる気配はない。

 倒した後のことはまさに皮算用ってやつだ。とりあえずこいつを無事倒しきる術を教えてほしい。


「ほら、今までと違って、こちらが仕掛けなくても仕掛けてくるから気をつけてね」

「そういうことも!もっと早く言ってほしかった!!!」


 振り下ろされた前足を全力で転がりながら回避する。風魔法で自分の動きをサポートする技術を教わっていなければ間違いなく避けきれなかった。


「地面、えぐれてるけど……」

「当たらなければどうということはないって、昔の人も言ってたじゃない」


 アケミさんはこの状況を存分に楽しんでいるようで、当てにならない。この人きっと自分が強くなりすぎて感覚が狂っているんだ。あれを食らえば俺は間違いなく死ぬ。この世界、別に力が強くなったり身体が丈夫になるということはなかった。魔法が使える以外は、元の世界と変わらない。


「くそ!ほんとに通用するのかよ!」


 やけくそ気味に放たれた風の刃は、さっきまで俺を踏みつぶそうとしていた前足になんなくはじかれる。


「話が違う!」


 あちらの攻撃は一撃で致死。こちらの攻撃はかすり傷にもならない。

 どんな無理ゲーだ!


「落ち着いて。自分でもわかっているでしょう?闇雲に魔法を当てるだけで何もかも吹き飛ばせるほど、魔法は万能じゃないわ」

「闇雲に……?」


 よく見ればこの蜘蛛、脚はすべてが鉱物のようだが、腹側は柔らかそうな毛におおわれている。

 それはそれで気持ち悪いが、サイズの差が仇となってこちらに弱点を晒してくれている。そこを突かない手はない。


 攻撃をかいくぐりながらタメをつくり、腹部に向けて同じように風の魔法を放つ。

 が、向こうも当然そこはガードを固める。八本もある脚をかいくぐって腹にダメージを与えるには……。


「行くしか、ないか」


 それまで横に、後ろに、距離を取るように避けていた動作を、前に進める。一撃一撃の威力を前に恐怖もあるが、感覚がマヒした。というか、まともにいちいち考えていたらおかしくなる。懐に飛び込んだら脚は出てこないだろう。


「あ!待って」


 アケミさんが初めて焦ったような声を上げた。あれ……これ、まずい選択だったのか。

 だがもう止まれない。動き出した身体は、風の魔法に乗って一直線に蜘蛛の懐へ向かう。

 と、同時に、アケミさんの言葉の意味を知った。


「そりゃそうだ、頭もあるんだった!」


 距離を詰めれば脚が届かないと過信していた領域は、蜘蛛にとっては獲物を捕まえる顎が使える最も攻撃に適した範囲だった。

 向かってくる頭を避けることはもう無理だろう。なら、魔法で対抗するしかない。


「うぉおおおおおおおおおおお」


 恐怖からか、攻撃に気合を乗せるためだったか。自然と声が出た。

 強い衝撃を受けて自分が吹き飛ばされたことを実感する。


「どうなった?!」

「大丈夫、あなたの攻撃はしっかり届いたわ」


 動かなくなった巨大な蜘蛛を近くまで行って確認しながら、アケミさんがそう言う。

 ようやく、化け物との戦いが終わった……。




「最期、横に吹っ飛ばされたのはアケミさんの魔法だよな?」

「あら、よく気がついたわね」


 迫りくる蜘蛛の頭部に向け、やけくそ気味に魔法を放った後、横凪に身体を吹き飛ばされた。

 あの状況から俺に横方向の衝撃を与えるのは、クリスタルスパイダーには無理なはずだ。


「さすがに危ないと思って咄嗟にね。必要なかったみたいだけど」

「いや、ありがとう」


 ほったらかしに見えても一応気にかけてギリギリのところで安全を考えてくれていたことに安堵する。


「ちなみにアケミさんは、初めてこいつを倒した時、どうやって倒したんだ?」

「あなたのような無茶は頭になかったから、ひたすら同じ場所を攻撃し続けたわ。徐々に削れていくのもわかったし、ある程度攻撃していればあとは向こうが攻撃してきた時に勝手に壊れてくれるから」

「なるほどなあ……」


 そんな発想、これっぽっちも思い浮かばなかった。最初の攻撃で通用しないと諦めたが、もっとよく見るべきだったか。


「まあ、なにはともあれこれで依頼はすべて達成したわね。持てるだけ素材を持っていくわ」


 手際良く使える部分と使えない部分に分けていく。俺は見よう見まねで同じようにするが、クリスタルスパイダー、驚いたことにこれだけピカピカと目立つ脚は素材にならないらしい。


「脚は脆いの。こちらに来たばかりの私の魔法でも壊れるくらいにね。こうして死ぬとさらに壊れやすくなるから、役に立たない。素材としての価値があるのは、背の部分のクリスタルだけね」


 初めて倒した記念と言うことで、この素材を知り合いに渡して武器を作ってくれるらしい。楽しみだ。




「さすがはアケミが連れてきた男だ!さっそく結果を出しやがった!」

「おいおい、本当はアケミが倒したんじゃないのか?」

「あら、そう思うなら彼と戦ってみる?」


 冒険者ギルドに帰ってきた俺たちに飛ぶヤジに、挑発で返すアケミさん。勘弁してほしい……。変に挑発して乗っかってこられても勝てる気がしない。

 実際クリスタルスパイダーとの戦いもぎりぎりというか、アケミさんに助けてもらわなければ無事では済まなかったはずだ。


「なに、俺が信じる。それだけで十分だ。兄ちゃんはヒナタだったか?今日からBランクの冒険者を名乗ってくれ。ここの依頼ならどれでも受けられる」

「ありがとう」


 ひげの男、ギルドマスターのアランさんからカードのような、分厚めの紙を受け取る。


「それはこの国では身分証になるわ。Bランクの冒険者ともなれば、だいたいのことで融通も利く。大切にするのよ」


 アケミさんから忠告をうけ、長い長い一日が終わった。




「終わってなかった」

「そんなに同じ部屋で眠るのが嫌かしら?傷つくわね」


 一ミリも傷ついた様子を見せずに笑うアケミさんを恨めし気に睨むが、どうしようもなかった。

 王宮までは距離もあるので、冒険者ギルドのそばの宿を取ったのだが……。


「節約よ。今回の収入があるとはいえ、あなたはまだここのお金の使い方も価値もわかっていないでしょう?」


 そう言われると何も返せない。

 今日中にこの国で生きていくための常識を徹底的に学ぼう。頼る先はアケミさんしかいないのが不安だが……。とにかく、今日はもう寝よう。



 ‐‐‐



「今日からはBランクの冒険者として、依頼を達成しながら魔王を倒すための力をつけていくことにするわね」


 それからしばらくは、日中は冒険者としての活動。日が暮れてからは冒険者たちと飲みながら話をしたり、アケミさんからこの世界のことを教わる。


「食べ物がおいしいのはよかった」

「そうねえ。下手をすれば元の世界より美味しいものもあるわね」


 そこまでの興味はないから調理法なんかは聞いていないが、冒険者ギルドで出される料理はどれもおいしい。


「何を食べさせられているか、わからないけれどね」


 これも調理法を深く詮索しない大きな理由だった。少なくとも俺が持ち帰っている素材は、食べたいとは思えない。きのこのような魔物でも、魔物の姿を見ていれば美味しいと言われていても抵抗があるわけだ。だからここは、ただただ美味しいということにだけ感謝することにする。



 ‐‐‐



 そんな日々を過ごしていたら、Aランクになっていた。


「あれ?いつの間にAランクの試験受けてたんだ?」


 基本的には魔物や採集対象の知識のない俺は、マスターやアケミさんにお勧めされるままに依頼を受けていた。いつの間にか昇級試験を受ける資格を得て、本当にいつの間にか昇級試験に合格していたらしい。


「今回の魔物、いつもより強かっただろう?」

「そんな後だしで言うことか!?」

「気付いていなかったのね。私が手伝っていなかったのだから、察しているかと思ったのだけど」


 そういえば久しぶりに一人で倒せと言われたんだった。最初の昇級試験の時以外、数を狩る依頼や一人では効率の悪い依頼が多く、自然とアケミさんと共同作業をすることが多くなっていた。時折修行なのかなんなのか一人で倒せと言われることがあったので、今回も気にせず倒していたが。


「しかしこの短期間でAランクか」

「最近は魔物も強くなってきてんのに、やるじゃねえか」


 口々にギルドの人に褒められ、同時に酒を勧められた。


「ところで、魔物が強くなってきてるって?」

「ああ、お前さんが来て以来このあたりの魔物はどんどん強くなっているように感じるな」

「近々魔王様にも会えるんじゃねえかって盛り上がってるところだ。おら飲めよ、未来の勇者!」

「もう飲めないって……」


 その後も永遠酒を飲まされ続け、いつもの宿に戻ってきたころには大分遅い時間になっていた。


「さて、おめでとう。冒険者もAランクなら、私なしでもやっていけるわね」

「その言い方だと、どこかへ行くのか?」

「またあなたのような勇者の卵を探してこないといけないからね。ヒナタもはやく元の世界と行き来できるようになってほしいのだけど……」


 多くの依頼を受け、魔法の扱いに慣れてようやくわかったが、アケミさんのこの転移魔法、異常なものだった。すぐにできるようなことはないだろう。まあ向こうに何か未練があるというわけでもないし、いいだろう。

 そんなことより聞き捨てならないことをさらっと言われた気がする。


「俺、魔法使いの卵じゃなかったのか……いつの間に勇者の卵に昇格したんだ……?」

「最初から私が探しているのは勇者よ?」

「じゃあなんで……」

「剣の才能はなさそうだったし、実質魔法使いにしかならないんだもの」


 率直に才能のなさを告げられる。確かに運動らしい運動をしていなかった俺にとって剣は重い。その辺まで都合よく異世界補正でかっこよく使いこなせるなんてことはなかった。


「魔法しか使えない勇者もいるのか」

「勇者に細かい決まりはないわ。魔王を倒したら、それが勇者よ」

「倒すまでは?」

「ただの冒険者だったり、魔法使いだったり、剣士だったり?」

「世知辛いな……」


 アケミさんも国王にまで実力を認めさせていながら勇者とは呼ばれていないのは、そういう意味だった。

 そしてもう一つ、この世界の人間たちはパーティーを組むという発想がほとんどないことも原因だ。


「勇者が生まれるとすれば、それは勇者のご一行ではなく、勇者一人だけで為し得るだろうと当たり前に思われているのが問題ね」

「勇者と戦士と魔法使いと僧侶、みたいな区別を持つ必要がないってことか」

「そういうことね。もしも一目で魔王を倒すだろうと断言できるほどの力がある人がいれば、それは勇者と呼ばれると思うわ」


 最初にそんなことを言っていたっけ?


「味方を向こうで探しているのは、パーティーを組むためっていうのもあるのか」

「そうね。こちらで力ある冒険者を味方にしようと思っても、これまで一人でやってきたのだから、あえて協力しようとは思ってもらえない」


 この世界の人が強いというより、そもそも強い魔物と戦ったり、脅威となるようなダンジョンなどがないことが問題だった。


「でも、魔王ってずっと君臨し続けてるんじゃないのか?」

「それも怪しい話でね。この森の先に魔王がいるとは言われているけれど、誰も確認していない。とにかくこの森に魔物が出るという状況に終止符が打てる存在を探して、勇者を求めている状況ね」


 何とも言えない話だった。

 森と面した国であるから、国防のためにもこの森はなんとかしないといけないのだろう。

 それを国費ではなく、冒険者ギルドと言う形にある程度の国防を任せ、冒険者を志す人々の大きな目標になるように“打倒魔王”を掲げているという状況だ。


「これ、魔王も何もいなかったらすごい間抜けな話だよな……」

「それでもまあ、この国を盛り上げるのには大いに役に立っているわ」


 それでも、このゆがんだ状況に終止符を打つことをアケミさんは望んでいた。


「別に元の世界で生きていくことも、できたはずなんだけどね」


 その通りだ。


「元の世界でも魔法って」

「使えるわ。そうでないと、戻ってこられないしね」


 それならもう戻ってこないで向こうで好き放題できるのではないだろうか。悪用とまで言わなくても、魔法を使えば食って行くのに困ることはなさそうだ。


「向こうで使った魔力は、回復しないけれどね」

「え?」

「もし私が向こうで必要に駆られて魔法を使ったら、おそらく二度とこちらにやってくることができなくなるわね」

「じゃあ結局、俺は向こうに戻る必要もないなあ」

「一緒に勧誘を手伝ってほしかったけど」


 無茶を言う。美人が声をかけるからひっかかるやつがいるわけだ。逆の立場なら通報ものだ。


「それにしても、あなたは本当に元の世界に戻る気はないの?」

「向こうにいても特に何もなしに生きてるだけだったし、こっちのほうが楽しいな」

「そう。今なら私が戻すこともできるけれど、私がいなくなってから帰りたくなっても、自力でなんとかしないといけなくなるわよ?」

「大丈夫。帰りたくて仕方ないなんてことにはならないさ」

「無理やり連れて帰っても、あちらでは戦力にならないのよね……」


 これに関しては断言できるが、アケミさんが一人でやった方が絶対にいい。


「ないものねだりをしても仕方がないわね」

「いつ戻るんだ?」

「戻っても、しばらくは連れてきた子につきっきりよ?」

「ちなみにこれまで勧誘した人って?」

「あなたが初めて」


 他意はないことは分かっていても、ドキッとする台詞だ。わざとそう聞こえるように言っている節もあるが。


「そういうわけだから、後のこと、よろしく頼むわね?」

「あとのこと?」

「ちょうど私が行くのに合わせてAランクの冒険者が街をでるようだから、あなたにしかできない依頼が出てくるはずよ」

「それ、ちょっとタイミングずらしたりは……」

「あなたがいるのだから、もう大丈夫でしょう?」


 最期に無茶ぶりを残して、その日のうちにアケミさんはいなくなった。

 二人で使っていた宿がやけに広く感じる夜だった。



 ‐‐‐



「ヒナタ!ちょうどいいところに来た」


 アケミさんが元の世界に帰った次の日、事件が起こった。


「見ろ。正式に魔王討伐の依頼がでた!特Aランクの依頼だ」


 魔王討伐……。


「一人で魔王に挑むのか……?」

「いや、この依頼をみて動き出したやつらは他にもいるが、正式に動ける人間は限られてる。どうする?受けるか?」


 聞くところによると、昨日の夜、魔王の目撃情報が入ったそうだ。それまで存在そのものが疑わしいという噂すらあったというのに、急な話である。それも、ごくごく国に近いところで。


「お前が最初にクリスタルスパイダーを倒した洞窟、覚えているか?」

「そんな近くに?!」


 アケミさん、なんてタイミングで帰ったんだ……。


「というか、誰が魔王って判断したんだ?」

「わからねえ」

「わからない?依頼主は」

「国からの依頼だ」


 国……。国王に聞けば詳しいこともわかるだろうか?

 アケミさんなしで謁見を申し込むのは厳しいか……。


「で、どうする?受けるか?」

「受けないっていう選択肢、あるのか?」

「お前さんが受けねえと、うちのギルドのメンバーは動けねえ」

「その言い方だと他も動くのか?」

「国が発見しているんだ。騎士団が動く」

「それで十分なんじゃ……」


 いや、魔物相手の防衛をほとんど冒険者に丸投げしている状態だったわけだ。騎士団はお飾りに近い可能性が高い。


「後は他の冒険者ギルドにも話はいってるかもしれねえが、まあどっちにせよ、行かねえならこの行く気満々の連中の説得も頼むぞ?」

「そんな理不尽な……」


 依頼を受けるのはAランクの冒険者に限られるが、同行と言う形でなら参加できるということだった。これまで俺がアケミさんと二人で依頼をこなしていたときは、どちらもAランクだから問題はなかったが、ランク差があっても実質パーティーのように動けるようなシステムもあったようだ。

 実際にはパーティーのように協力体制があるわけでもないので、一旦依頼を受けた後はばらばらに行動したりと何のためのシステムだと言いたくなる部分もあったが……。


「誰が倒しても報酬はお前さんのもんだ。とりあえず受けておいたらいいじゃねえか」

「そんな無責任な……というか、なんで誰もAランクの冒険者がいないんだよ」

「さあなあ?アケミのやつはどうしたんだ?」

「また味方を増やしに故郷に帰ったよ、昨日な」

「なんてタイミングの悪いやつだ」


 本当にその通りである。

 とはいえもう、受けないという答えを許してくれるような雰囲気でもない。それに魔王というのに興味があるのも事実だ。


「わかった。受けるよ」

「信じてたぜ兄弟!!!魔王倒して帰ってきたら飯も酒も今日はただにしてやらぁ!」


 国からの報酬で一生遊べそうな金額の報酬が出ているのに比べれば大したことはないが、心意気は受け取っておこう。




 準備を整え、魔物がいると言われる洞窟までやってきた。懐かしい。

 ちなみにあのとき苦戦したクリスタルスパイダーは、今となっては力づくで脚をすべて凪払うこともできる。

 アケミさんの無茶ぶりに対応しているうちに、自分でも驚くような成長をしていた。自分にとって一番成長を実感させてくれる魔物がクリスタルスパイダーであり、ここには度々訪れていた。魔物はしばらくすれば復活するからな。


「ヒナタ殿でよろしいですかな?」


 洞窟の前にいた騎士団は五十人ほど、洞窟に入りきるわけもなく、そもそも誰も入る気がないのか入口で待機していた。

 俺が来るなり一番立派な鎧に身を包んだ初老の男が声をかけてくる。


「そうだけど、あなたが団長か?」

「そうなります。歳ばかり食っただけの老人ですが……」


 朗らかに笑う老人に、戦う力は感じられない。想像通り、騎士団はお飾りと思ったほうが良いだろう。


「さて、着いたがどうする?あんたの指示がない限り俺たちは待機だと決めた。普段ならそんなもん無視してやりたいようにやるが、今回はちと話が変わるだろう?」


 騎士団よりは頼りになりそうな、というか、油断すれば俺のことを無視して突っ込んでいきそうな猛者たちが騎士団の老人と入れ替わるように話しかけてくる。

 彼らの冒険者ランクがBまでで止まっているのは、それ以上伸ばす必要がなかったからだ。BランクでもCランクでも、Aランク向けの依頼がこなせるわけだ。生活のために割のいい依頼を毎日こなす必要のある彼らにとって、わざわざ割の合わない大物を倒そうと思わなかったのだろう。

 今回に限ってこの大物に食いついたのは、報酬がなくとも活躍が認められれば国の英雄として扱われ、結果的に大きな利益を期待できるという考えに基づいたものだ。


「まずは俺が行くよ。様子を見て戻るつもりだけど、しばらく経って戻ってこないようなら様子を見に来てくれ」

「では、その時は我々が」


 騎士団長の初老の男が申し出る。


「いいのか?じいさん。こいつが戻らないってことは、それ相応の惨状が待ってるぞ」


 怖いこと言わないでくれ……。一人で行くなんて言うべきではなかったかもしれない。

 だが、冒険者も騎士団も一度に洞窟にはいるのは無茶な人数だ。誰を連れていくかで揉めないために、まず中に入って様子をみる。その様子を伝えたうえで、それでも行くというのなら後は自由にやってもらうつもりだ。


「我々の役目は国民を守ること。ヒナタ殿が戻られない場合、最悪のことも考えられる。それ以上の被害を出さぬよう命を賭すことが、我々が今回するべきことでしょう」


 少し騎士団を見くびっていたかもしれない。彼らは彼らなりに覚悟を持ってここに来ていた。


「しばらくこのあたりの魔物で我慢はするが、あんまり気の長い連中ばっかりじゃねえ。さっさとしたほうが良いだろうな」


 一応彼らにとってラスボスと言える相手のはずなのに、この調子である。魔王討伐の待ち時間に当たりの魔物を倒して暇つぶしをするとは、緊張感に欠ける話である。


「行ってくる」

「とっとと帰ってこいよ」

「お気をつけて」


 何とも気合の入らない見送りをされ、俺は魔王の待つ洞窟に入っていった。




「相変わらずここは奥に行くまで魔物がいないな」

「そのほうが、都合が良いでしょう?」

「え?」


 魔王がいると言われたはずの洞窟の奥には、アケミさんがいた。


「なんで……?」

「あら、ここに誰がいると聞いてきたのかしら?」

「魔王だけど……」

「なら、答えはわかっているでしょう?」

「そうか。もうアケミさんが倒したのか」

「どこにも戦った形跡はないでしょう?」

「それは、アケミさんなら楽勝で……」

「冒険者なら、こういうときは最悪を想定するものよね?」

「……」


 考えうる最悪。俺の中で考える最悪は……。


「アケミさんが、魔王?」

「正解よ」


 答えと同時に背後で一瞬、光が漏れた。アケミさんが大規模の魔法を使う時に見る、魔法陣が光ったものだろう。


「のんびりしていいのかしら?」

「何をしたかもわからないのに、動けな……えっ!?」


 激しい揺れに襲われる。同時に激しい音。俺の入ってきた道は、完全にふさがれていた。


「私と二人の密室は、相変わらず嫌かしら?」

「毎度毎度喜べない状況だからなあ……」

「まあそう言わず、少し話をしましょう」

「いきなり襲いかかられるより話ができたほうがありがたいな」

「襲われたくはないのかしら?」


 こんな状況でも、これまでと同じように俺をからかって楽しむアケミさんに、悪意は感じられない。いや、悪意はいつもあるのか?ややこしいな。

 とにかく魔王と言うには、敵意が全く持って感じられなかった。


「まずは……そうね。魔物がどうやって生み出されているか、教えていなかったわよね?」


 この世界のことは、ほとんど全てアケミさんから習ってきた。今回もいつも通りだ。


「魔物はね、人の魔力よって生み出されるの」

「どういうことだ?」

「たとえばここにいたクリスタルスパイダー、徐々に強くなっていったのに気付いていたかしら?」


 気付いていない。むしろ毎回戦うたびに楽勝に……いや、言われてみればはぎ取った素材の硬度には差があったかもしれない。


「あなた自身の成長が大きくて気付けなかったのね。実際、さっき倒した時のクリスタルスパイダーは、あなたが最初に倒した時に比べれば倍以上の強さだったわ」

「そんなに?」

「あなたの使った魔力が大きくなればなるほど、次に生まれる魔物は強くなる」


 ギルドでの話を思い出す。最近魔物が強くなったという話、あれは……。


「あなたの魔法は、予定より強力になりすぎた」

「だから魔王として俺を倒すのか……?」

「それならもっと簡単に、たとえばあなたが寝ている間にでも元の世界に送り返せばよかっただけね」

「それもそうか……」


 俺を無理やりこの世界に連れてこれたのだから、逆も出来ると考えるのが妥当だろう。


「魔王を倒す目的は、覚えているかしら?」

「この森にいる魔物を扇動している存在を消せば、魔物の被害を抑えられるって理解していたけど」

「その通りね。魔物が魔力を元に生まれるなら、供給源を断てばいいと考えたの」


 それは確かにそうだが。


「今いる魔物は?」

「魔物は自らの生命を維持するために、魔力が必要なの」

「供給を断てば自然と消えるってことか?」

「そう考えているわ」

「魔力を求めて人里に来たりは……」

「その可能性も考えたのだけど、魔物たちにそこまでの知恵はなかったわね」


 すでにアケミさんは、この仮説に基づいた実験を繰り返していたそうだ。

 そのために魔物をあえて殺さずに捕らえたり、定期的に観察したり。何年もかけ、何度も確認し、仮説は確信へと変わった。


「森の奥深くに魔物が少ないのが、その証明ね」

「あそこには他の魔物もいたのか?」

「私がこの世界に来たころには、もう少しいたわね」


 あそこまで踏み込む人間が減った結果、魔物は数を減らした。


「魔王を倒したのだから、森の魔物は放っておけばいなくなる。こういってしばらく森への出入りを制限できれば、魔物はいなくなる。これが私の結論よ」

「冒険者として生きてる人間を説得できるのか?」

「そのために、このパフォーマンスをするの」

「パフォーマンス?」

「国から出してもらった依頼書の報酬、見たでしょう?」

「あの莫大な金か?」

「それだけじゃないわ。望みを一つ叶える、と書いてもらったはずだけれど?」


 そういえばそんなことが書いてあった気がする。ベタな話だと流したが……。


「ヒナタ、あなたは勇者として生きて、しばらくこの森への立ち入りを規制して」

「アケミさんは……」

「私の姿を見られれば、二人で仕組んだものと思われてしまう」

「俺は戻って倒したぞと言ってくればいいのか?」

「それでは誰も信じないでしょう」

「じゃあどうしろと……」


 嫌な予感が頭をよぎる。


「私を殺して、この女こそが魔王だったと伝えればいい」

「また無茶苦茶な……」


 何もそんなことしなくても……。いや待て、それじゃ都合が悪い部分がある。


「国には、アケミさんから依頼を出すように指示したとか言ってなかったっけ」

「そうね」

「じゃあアケミさんが黒幕なら、話があわなくなるだろ」

「すべて、王に話しているわ」

「それは……」


 この筋書きまで話しているというのなら、確かに……。


「悩んでいるところ悪いのだけど、そろそろ時間もないわ」

「悩むっていうか……本当にこんなことする必要が」

「あなたが私を殺さないなら、私があなたを殺すわ」

「なんで?!」

「私は国に依頼を出した時に、同時に依頼を受けているの」

「つまり……?」

「私が勇者で、あなたが魔王でも構わない。最近の魔物が強くなったのはあなたの責任も大きいのだから、あながち間違いでもないことだし」


 無茶苦茶に聞こえるが、アケミさんは本気だった。

 本気で俺を殺しに来るアケミさん……。止められる気はしないな。


「相談なんだけど」

「なにかしら?」

「アケミさんと俺で、同時に大魔法を使う。それこそ、この洞窟ごと吹き飛ぶくらいのを」

「それで、どうするのかしら?」

「そのどさくさで、アケミさんは元の世界に戻れないか……?」

「全員から姿を隠せるほどの魔法、まだヒナタには使えないわよね」

「そうだね」

「そうなると、必然的に私の魔力も消費する」

「帰れないほどに消耗しそうか?」

「帰れないことはないわ」

「なら」

「その代わりね、戻れなくなるの……」


 元の世界へ帰る魔法は、魔力のほとんど半分を消費する。そして戻る時にまた、同じだけの魔力を使う。

 ここで魔法を使ってから帰ることは、魔力を回復させることのできない向こうから戻れなくなることを意味する。


「死ぬくらいなら、そのほうが」

「ヒナタには話してなかったわね……私がここに来た理由を」

「理由?」

「ヒナタは、異世界に行くきっかけと聞いて、どんなことを思い浮かべるかしら?」

「物語でよくあるのは死んで転生したり、召喚されたり……」


 俺の場合は無理やり意識を刈り取られて……か。


「死がきっかけになりやすいことは、共通認識としてよさそうね」

「でもアケミさん、死人ってわけじゃなかったよな……?」


 あのとき俺に声をかけてきたアケミさんは、確かに実体を伴って、周りの人間にも認識される存在だったはずだ。


「そうね。でも、私はもう向こうの世界では死んだも同然なのよ」

「どういうことだ……?」

「自殺未遂、その後、行方不明。それが私の、向こうの世界の状況」

「自殺未遂で行方不明ってどういう……」

「あまりよく考えずに薬を大量に飲んで、意識を失った。朦朧とした意識で目を覚ました時には、この世界にいたの。向こうの世界に帰って確認したら、私は行方不明者として捜索された後、死亡判定を受けていたわ」


 確かに向こうでは、一定期間行方不明が続けばそういう風に扱われることもあったはずだが。


「海も近い地域だったし、そういう風に解釈されたんじゃないかしら?」


 そこからアケミさんはこの世界に適応していった。

 自分が向こうの世界で死んだのは、ここで何かを為すためだと思いこむことにした。


「そこで魔王を倒し、森の魔物を追い払うという目的を見つけた」


 この目的のために、できることに全力で取り組んだ。このころにはもう、向こうの世界のことなど気にしていなかったが、自分の力と周りの力の差に気付き、元の世界の人間の力を借りることを思いつく。


「この世界の魔法、私が向こうで学んできたことに近かったの」


 魔法は科学の延長だった。俺にはよくわからないが、魔法陣は構造式と呼ばれるものと法則性が似ていたらしい。

 あらゆる魔法を調べあげ、自分のものにし、ついに元の世界と行き来する方法にたどりついた。


「そして、あなたを見つけた」

「初めての割に、余裕たっぷりだったけど」

「こちらに来てから失敗なんてなかったから、少し調子に乗っていたのでしょうね」


 いつもの笑みより、少し照れくさそうな表情を浮かべる。初めて見せてくれる表情だった。


「そういうわけだから、私は向こうから戻ってこられなくなるくらいなら、ここで死にたいの。あの世界は私にとって耐えがたい地獄があった。今となっては大したことではないかもしれないけれど、私はこの世界で最期を迎えたい」


 昨日話してくれたアケミさんは、「元の世界で生きていくこともできる」と言っていたが、あれはあくまで、できると言うだけの話だった。 アケミさんは向こうで生きていくことを望んでいない。この意思を、覆すことは難しそうだ。

 元の世界に戻りたくない気持ちは、俺だって理解できる。

 この世界に来て、初めて自分を認めてもらえたように感じた。今更あの生活に戻れと言われるのは、きつい。このままこの世界で、自分ができることをどんどんしていきたいと思う。そのほうが、満たされた人生を送れることは間違いないのだから。


「アケミさんが俺を元の世界に帰して、しばらくしたら迎えに来るって言うのは?」

「あなたはすでにここに来たことがわかっているのだから、今この場で姿を消せば、あなたが魔王だったと説明せざるを得ないわ」


 それも、かなり苦しい説明になるという。どちらにしても俺はもう魔王として認識されている以上、戻ってくるのも難しい。

 どうにかする方法はないのか……。アケミさんを殺さずに二人ともこの世界で生きていくための方法は……。


「逆であれば、まだ可能性はあるのだけどね」

「逆?」

「あなたが、私を迎えに来るの」


 それはつまり、あの異次元の魔法を俺が使いこなさなければいけないということだ……。


「俺が迎えに行く……」

「この魔法、使える当てがあるかしら?」


 簡単に頷けない。これは、アケミさんの人生をかけた問いかけだ。

 死ぬか、生きるかの選択ではない。幸せに生きたと言いきれるか、そうではないかの……。


「何とかする。絶対」


 だからこそ、俺は力強く返事をした。


「そう……。あなたを、信じるわ」


 俺の決意は、しっかり伝わったようだ。

 余裕を見せようと微笑んで見せているが、その表情は、出会ってから初めて見るものだった。

 祈るような、すがるような……。

 いつも余裕を崩さなかったアケミさんが、いっぱいいっぱいであることがよくわかる。


「絶対に応えないといけないな……」




 そこからの動きは早かった。

 二人で使う魔法を相談し、手順を確認する。洞窟ごと吹き飛ばし、光で目をくらまし、誰もに激しい戦闘の末、魔王が消滅したように演出する必要がある。


「ここまで話を詰めていれば万が一にも、演出のほうが失敗することはないわね」

「そう信じたいな」

「あら。こんな連携も出来ない相手を、信じて待つことなんてできないわよ?」


 いつもの悪戯気な微笑みではない、穏やかな表情だ。


「色々教えてきたけれど、よく見ておいて。直接見られるのは、これが最後」

「しっかり目に焼き付けるよ」


 二人で同時に魔法を発動する。

 後に魔王を一瞬で消滅させた伝説の魔法と言われる、俺一人では絶対に為し得ない大魔法だ。

 洞窟を吹き飛ばし、入り口で待つ騎士団と冒険者の前に姿を現す。同時に光でアケミさんの姿を覆い隠す。その姿を確認できるのは、俺だけだ。

 眩しくてとても見れたものではないが、必死にその姿を、その魔法を、目に焼き付ける。

 最期に一瞬、アケミさんがほほ笑んだ気がする。表情が読み取れるほど余裕はない。気のせいかもしれない。

 次の瞬間には光は収束し、そこにはもう、誰も立っていなかった。

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