最終話 ぱーぱ<異→現>

「あなたのせいよ」


 ドン!


 滅多に声を荒げない玲が黒い魔方陣を叩いて立ち上がった。


「俺は、何も悪い事していない……!」


「うわああああ……。またしてもかあ?」


 玲は、自分の運転する車でも酔うタイプなのだ。

 すると、玲達の頭がぐるんぐるんとマーブルになった。

 皆、大きな地震に襲われたと思う程、立ちあ上がれなくなり、地に這う。


 グアララララララ……。

 ドドーン……。


「……ここはどこだ?」


 眩しい光の中、第一声は、玲だった。

 見慣れたベビーベッドのある寝室で、玲が横たわっている。


「むくちゃん……! 何処を遊び歩いているんだ、全く」


 辺りを探しに立ち上がった。

 そのときだ。

 何かの気配を感じて振り返る。

 倒れていて気が付かなかったが、ベビーベッドの中で、ハルミ=ムクが丸くなっている。

 いや、それだけではない。

 その胸に抱かれているのは、我が娘、むくちゃんだった――!


「おやおや。二人してねんねこですか?」


 ハルミ=ムクが静かにしているので、むくちゃんの寝息まで聞こえた。


「よしよし、これじゃあ、ハルミ=ムクが疲れちゃうからね。むくちゃんよ、ぱーぱが抱っこしよう。そして、ベビーベッドにねんこんするんだぞ」

「あら、玲!」

「ん? 美舞か」


 もうおかんむりは直ったのかな?

 玲は、びくつくことなく思った。


「どうした? むくちゃんも疲れたのか、大人しくしているよ」

「いや……。違うの、ハルミ=ムクを見て」

「こ、これは……! すまない、過労だったか」


 ◇◇◇


「星の囁きβへ転生すると、むくちゃんもハルミ=ムクも本音を出すんだな」


 玲は、ハルミ=ムクにしがみ付きたい気持ちで、顔じゅうを涙で濡らしていた。

 彼女は、もう、ボロボロになっていた。

 誰にもどうしようもなかったのだ。

 ハルミ=ムクは、そのままピクリともしなかった。

 だが、急に瞳が瞬いた。


 カッ! カッ! カッ!


「ハルミ=ムクよ! 目を覚ましてくれたのか?」


 玲は堪らなくなって体に覆い被さった。


「玲、何か聞こえるわ。耳を澄まして」

「ああ、俺にもよく聴こえるよ。とても……」


<♪ ワタシハ・メイド・アンドロイドデス>

<♪ ワタシヲ・ツレテイッテクダサイ>

<♪ ワタシハ・オキャクサマノ・オヤクニタチタイ>

<♪ ワタシハ・カラダガジョウブデス>

<♪ ワタシハ・ユメヲミル>

<♪ ワタシハ・ニンゲン二ナリタイ>

<♪ ワタシハ・モット・オキャクサマノ・オヤクニタチタイ>

<♪ ワタシハ・ユメミル・アンドロイド>


 ハルミ=ムクは歌わなくなった。


「最後まで歌ったの?」


<ワタシハ……。ニンゲンニ……。ナリリー……。リリー……>


 回路が切れたかの様に話し始めたが、切れた。

 目が血の様になり、間もなく、黒くなった――。


「ハルミ……! ハルミ=ムク――!」

「玲、アンドロイドだから仕方がないのよ」

「美舞だって分かるだろう? 彼女は、夢見るアンドロイドなんだ」


 玲は彼女をベビーベッドの横に寝かせて布団を掛けた。


 一晩休んだら、また目覚めてくれる気がして……。


 ◇◇◇


 後日、玲がハルミ=ムクの回路を直し始めた。

 それはもう、必死だ。


「お、起動した。成功かな?」


 最初は首をぐるぐると回して、目覚めの体操をしていた。

 その内に、ギクシャクしているが、立ち上がって歩行する。


<オヤスミシテ・モウシワケゴザイマセン>

「よし、できたな。無理はしなくてもいい。家で笑っていてくれ」

<リョウカイイタシマシタ>


 数日、玲は様子を見ていた。

 しかし、いよいよ美舞に相談しようと思い立つ。


「いつも通りに働いてくれるが、ハルミ=ムクの独特な人間臭さ、美舞やむくちゃんに似ている感じがしなくなったな」

「あら、私に似ていると思っていたの?」

「何となくな」


 異世界に行くこともなく、むくちゃんはお喋りをしなくなった。


 小さな団地の小さな家庭は、極普通に育児に追われていた。



<オメザメデスカ・オジョウサマ>


「ばぶう」


<イイユメヲ……>











Fin.

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ハルミ=ムクは夢みるアンドロイド いすみ 静江 @uhi_cna

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