手汗が止まらない! 地獄の自動車教習所

 車の教習所で初めての授業。教室で勉強するのは眠いのを我慢すればいい。問題は実技。一体何をやらされるんだろう? めっちゃ不安。教官に案内された部屋には、ゲーセンにあるような車の運転シュミレーションができるマシンが置いてある。

「ハンドルがあるじゃないか」

 これを握ったら他の人に手汗がバレる。手汗がじわっと出た。見ず知らずの生徒たちに見られながら、ハンドルを握って運転しなければならない。しかも他の生徒は10代の若者ばかり。僕の後にハンドルを握った若者は、間違いなく手汗に気づくだろう。手汗のことを心配するたび、さらに手汗が増えるという悪循環。魔の手汗ループ。

 ついに僕の番が来てしまった。なるべく指先でソフトにハンドルを触り、汗をつけないように心掛ける。だがうまく運転しなくてはというプレッシャーで頭は真っ白。

 キキキーッ!

 横から急に車が飛び出してきて、思わずハンドルをグッと握りしめる。しまった! 運転が終わりハンドルを見ると、玉のような汗が残っている。まずい。でもどうしようもできない……。やめてくれ、ハンドルを握らないでくれ! 僕が使ったあとのハンドルを握った若者は、汗で濡れていることに気づいた。そしてハンドルをハンカチでゴシゴシ拭いている。ショックで固まる。とても見ていられない。授業が終わると、逃げるように部屋を出た。


 教習所でのショックが尾を引き、行くのがおっくうになってきた。とくに実技は全く進んでいない。教官のとなりで汗びっしょりの素手で運転するなんて拷問。汗が気になってまともに運転できない。でも大金を払っているので免許は欲しい。絶対に欲しい。家で何か方法はないかと悩んでいたら、登山用の手袋が目に入った。これだ。ハンドルを握る時に、手袋をすればいいじゃないか。

 手袋をズボンのポケットにしのばせ、教習所に向かう。ついに教官のとなりで車のハンドルをにぎる時がきた。教官が助手席にのりこんだ瞬間、意を決して告白する。

「手に汗かいちゃうんで、手袋してもいいですか?」

「……ああ、いいですよ」

 教官はあっさり言った。教官にとってはどうでもいいことだろうが、僕にとっては大きな一歩。手袋のおかげで手汗のことは気にせずに済む。

 これで免許取得は楽勝だぜイエーイと思っていたが、違った。なぜなら教官は毎回変わるので、毎度違う人に手汗のことをカミングアウトしなければならないのだ。手汗が他人にバレるのは死に値するレベルだというのに……。ただでさえ難しい縦列駐車やS字カーブに加えて「毎回手汗カミングアウト」という地獄。手汗持ちにとって教習所は精神的にかなりしんどい。教習所は初めから、手袋オッケーとアナウンスして欲しい。そうすれば毎回聞かなくて済むのに。


 教習所でひいひい言いながらも、香月さんとのメールは続けている。会いたい。もうメールだけじゃ我慢できない。ごはんに誘うメールを作っては消し、書いては消す。ごはんに誘うくらいいいじゃないか、いやいやご飯を断られたら脈無し確定だよ? と脳内会議が終わらない。緊張で手の平からぶわっと汗が。ケータイもびちょびちょ。どうなるか分からないけど、えいやとメールを送信した。

 送ったはいいが、生きた心地がしない。うんうん唸っていると、まさかの「ご飯いいですよ~」という返事が。思わずガッツポーツした。

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