幼稚園編

手汗の目覚め

「ママ~!」

 やった! ママがむかえにきてくれた。

「うふふ、ママが来たの嬉しくて踊ってるの? ママも新一に会えて嬉しい。今日も幼稚園楽しかった?」

「うん。楽しかった」

「じゃあおうち帰ろっか」

「いやだ~。公園行く~」

「いいけどちょっとだけよ。ママごはん作らなくちゃいけないの」


「新一、こっちおいで。うんていあるよ」

「うんてい?」

「そう、うんてい。そこの棒に両手でつかまって」

 わ~、足がういてる。ぶらぶら~。

「上手だね。じゃあもう一個先の棒につかまって」

「うん」

 よおし、先の棒をつかむぞ。……つるっ。ドスン!

「うわ~ん。痛い~」

「新一! 大丈夫? お顔打ったの? 痛かったね。ごめんね。痛いの痛いの飛んでけ~」

 ママがぼくの体をギュッてした。

「うえ~ん! ひっく、ひっく。うんていさん、つかんだら、すべった」

「すべったの? どれ、おてて見せて」

 ママがぼくの手のひらをじっと見てる。

「うわあ、水ぶくれがいっぱい!」

「みずぶくれ?」

「病院行った方がいいね。皮膚科まだやってるかな? とりあえず行ってみよう」

 ママどうしたの? そんなに急いで。ぼくどこも具合悪くないよ。


 お医者さんのじいちゃんが、ぼくの顔をのぞいてる。ママが心配そう。

「息子の手のひらに、小さな水ぶくれがたくさん出てて」

「新一くん、ちょっとごめんよ。手を見せてね」

 そう言ってじいちゃんが、ぼくの手のひらをじいっと見てる。

「これは水泡だね」

 すいほう?

「お母さん、新一くんの手のひらをさわると、汗で濡れてるでしょ。この水泡の原因は、汗だね」

「汗っかきってことですか?」

「そう、ごくまれにいるんですよ。手のひらにだけたくさん汗をかくっていう。水泡はつぶすとかゆくなりますから、つぶさないように見てあげてください。一応かゆみ止めの薬を出しときます。あと、よく手洗いをして清潔にしてね」

 ママのまゆげがへの字になってる。困ってるときの顔。手のぷくぷくふくらんでるのがバイキンなのかな?

「原因はなんでしょうか?」

「はっきりとは分からないんだけど、手の汗は交感神経が働くと出るんですね。ふつうは緊張したり興奮した時に働くんだけど、手の汗が多い人はいつでも交感神経が働いてる状態なわけ。それで常に手のひらから汗が出ちゃう」

「治るんですか?」

「大人になると汗が減る人もいるみたいだけど、新一くんはまだ分からないね」

 じいちゃんがにこっとした。

「大丈夫。おててをきれいに洗ってれば、よくなるからね。このプツプツは潰しちゃダメだよ。かゆくなるから。分かった?」

「うん、分かった」

「いい子だ。じゃあシールあげよう」

 やったー。てんとう虫のシール。でもさ、ぼくの手って汗っかきなんだって。


 病院からお外に出たら、まっくら。

「ママ、お月さま見えない。お月さまこんばんはってできないね」

「あら、雲で隠れちゃってるね。早く帰って晩ごはん食べよう」


 洗面所でママが呼んでる。

「これからおうちに帰ってきたら、必ずおてて洗うんだよ。見てて、せっけんつけて、こうやって手と手を合わせて、ゴシゴシ、ゴシゴシって」

「ゴシゴシ、ゴシゴシ」

「そう、上手よ」

 最後に水でじゃーって流して、手がさっぱりして気持ちいい。バイキン、バイバ~イ。


「ママ~、ごはんは?」

「新一の好きな、ホットケーキだよ」

 やったー! ホットケーキ大好き。はやく焼いて焼いて。

「ママ、手のひらのぷくぷくってさ、ホットケーキのぷくぷくと同じだよ」

「そうね、似てるね。ホットケーキを焼くと空気が入ってぷく~ってなるの」

「あはは」

 ママがほっぺふくらましてる。

「できたよ~」

 お~、おいしそう。いただきます! モグモグ、モグモグ。

「おいしい! あま~い」


「新一、そろそろママとお風呂入ろう。おいで」

 わ~い、お風呂。ザブーン。バシャバシャ!

「ママ~かゆい」

「手が? 見せて。あっ、水泡つぶれてる!」

「うえ~ん!!」

「お湯バシャバシャしないで。よけい潰れちゃうから」

 ガラガラガラ。お風呂のとびらが開いた。

「すごい泣いてるけど、どうした?」

「ほら、パパ帰ってきたよ」

「パ~パア~」

「どうしたの?」

 手のひらをパパに見せる。

「うわ、皮がめくれてる」

「手のひらに水泡が出来てて。病院行ったら、手のひらの汗が原因だって」

「手の汗?」

「新一、手の汗が多い体質なんだって」

「そっか……。俺の……」

 パパがぼくの手をじいっと見て、さわってる。どうしたの?

「うえ~ん。いたい!」

「あっ、ごめん。皮がめくれてるから、お湯がしみて痛いんだろ。風呂からあげた方がいいんじゃない」

「新一、あがるよ。はい体ふきましょうね~。ふきふき、ふきふき。そうだ、手に薬ぬらなきゃ」

「いたい~。しみるう!」

「ごめんね、でもお薬ぬらないと良くならないの」

「びえーーーーーーーん!!!」

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