脳科学的・心理学的犯罪欲求抑制法案『デラシオ』

たっく

採決


「――……えーでは、この脳科学的・心理学的犯罪欲求抑制法を…」

「ちょっと待ってください!強行採決するつもりですか!?」

「そうだ!いくらなんでもその法案は危険すぎる!」

「今すぐ取り消せ!」


議員たちの怒号とヤジが飛び交う。

私はじっとその言葉を聞き、うるせぇ黙ってろと心の中で呟いていた。

周りの議員たちは私を見つめながら、不安げな表情を浮かべていた。

…全く、どいつもこいつも。

この法案は絶対に国の為になる。そして私は今の社会に心底うんざりしている。

インターネットが普及し、人々はその電子世界で様々な欲求を満たす。性欲、食欲、欲求……

社会は邪悪な欲求をインターネットで見たし、それすら満たされなくなった者は、殺戮を起こす。

インターネットでは殺人動画が子供でも見られ、その子供はトラウマになるか、殺人に興味を持つ。

そしてその子供は殺戮を起こすか、はたまたその欲求を持ちながら人々を見つめるのだ。


…それは言いすぎか。だが、本当に起こるかもしれない。


だが、この国、いや、世界全体が邪悪な考えで満ちている。もはや戦争が起こるのは時間の問題だろう。

もし第三次世界大戦が起こってしまえば、この国はすぐに亡びる。この国、日本の命運を握っているのが総理大臣…つまり私だ。

だから、この法案を可決しなければならない。

この法案を作り、デラシオを世の中に広め、社会に邪悪な考えを少なくする。デラシオはその為にあるのに、こいつらは全く分かっていない…


「――総理!何とか言ってください!」


私はやれやれと席を立ち、言葉を発した。


「――皆さんにはまだこの法案に恐怖感を持っていらっしゃいます。ですが安心してください。これは恐怖政治の一種でも、昔の治安維持法でもありません。新たな法律。日本国憲法に基づいた、新たな法案です」

「何を言ってるんですか!?この法案は、国民を塔で24時間監視するんですよ!?昔の治安維持法よりもたちが悪い!貴方はこの国を本当に良くしようと思っていらっしゃるのですか!?」


その一言に、私はカチンとくる。何言ってんだこいつ。私はこの国をしようと思ってこの法案を許可したんだ。野党の一議員が何言ってんだ。

だが私は総理大臣、落ち着いた表情で、まぁまぁと言い、


「はい、思っています。ですからこの法案が必要なんです」

「だから、この法案は危険なんです!なぜ許可した貴方が分からない!!?」

「わかっています。この法案は確かに危険かもしれない。ですが安全性は設計者のお墨付きです。この法案の危険性は少しも残していません」

「いや、この法案は――」

「この法案の塔はスーパーコンピューターで管理される、いくら高性能だからって、ハッキングされたらどうするんですか!?」

「この法案に使われるスーパーコンピューターは最新鋭のコンピューターです。そしてセキュリティーも強力です。安心してください」

「安心なんかできるわけないだろ!!!」


議員たちの罵倒やヤジが強まる。私はブチ切れそうになりながら、採決を強行させた。いわゆる批判の的となる強行採決だ。

だが、これでいい。

この法案は可決される。

いくら野党が何を言おうが、この法案は可決される。


…そして、私のも、飛ぶ。


――翌日。ニュースは大々的に総理大臣の失態を批判した。

インターネットでは総理大臣を中傷、皮肉る言葉が広がった。

総理大臣、並びに内閣はすぐに崩壊した。




デラシオ法案は、賛成多数で可決された。




『…いやぁ、本当にあの総理は馬鹿としか言いようがない。総理無きこの国で、あの総理が残したのは栄光ではなく絶望のデラシオ法案とかいうものだけ……私はね、一言いいたい。あの総理は”馬鹿”だ――』

『この法案は東京に『デラシオ』と呼ばれる塔を作り――』

『あの総理は辞任してよかったと思う人が、アンケートで――』

『スマイルビーム!グアァァアアァ!!!』


…豪邸のリビングには、次々とチャンネルが変わるテレビと、一人の男がる。

その男は才能がある男だった。

だが、何かを知り、何かが変わった。

そして、その才能も無くなり、果てには己を信じ自ら破滅した。

馬鹿な男、と言われている。

だが、この男は確かに才能があった。

彼を賞賛した者は馬鹿にされ、彼を賞賛した者は、彼を心底恨んだ。

だが、確かに彼は賞賛に値する男だった。


…すべてが変わったのは、どこからだろうか。


――今は、もう誰もこの男を賞賛しない。

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