第12話 詰問状

 しかし、家康としては何らかの策を巡らさなければならなかった。

「殿、この際会津中納言の元に誰かを遣わし、お尋ね申すがよろしいかと」

「そうじゃな。ならば、上杉に詰問状を届け、その意思を確認いたすこととしよう」

「その書状は承兌しょうたいに頼みましょう。かの僧は、兼続と交誼こうぎがあると聞及びますれば、応じなければなりますまい」

 井伊直政が助言していた。

「うん、直ちに頼み入り、伊奈に届けさせよ」

「はっ」


 家康は、京都相国寺承兌しょうたいに命じて書状をかかせ、使者は伊奈図書助昭綱が命じられ、増田長盛の臣河内長門を伴い、二人は会津若松に向った。用向きは、景勝の誓詞をとることと、上京を促すよう命ずることであった。


 伊奈図書助らは4月13日に会津に到着し、直江に書状を手渡した。その書状には、長々と書き記してあった。



わざわざ飛札を以て申し達し候、然れば景勝御上洛遅帯付て、内府様御不審候儀少からず候、上方雑説穏便これなく候に付き、伊奈図書、河内長門差し降され候、此段使者口上申し達すべく候えども、多年申す通りの上は、愚僧笑止存じかくの如き候、香指原新地取立られ、越後河口道橋作られ何篇もしかるべからず候、中納言殿分別相違候共、貴殿御異見油断に存じ候、内府御不審よんどころなきかと存じ候事


一、景勝卿御別心ごべっしんこれなく候はゞ、霊社の起請文を以て、おん申し開きなさるべき旨、内府公御内存にて候事


一、景勝卿御律儀の御心入おんこころいれは、太閤様以来内府公御存知の事に候えば、仰せ分けらるるのしな相立ち候はゞ、異儀これあるべからざる事


一、近国堀監物一々いちいち申し上げ候間、御陳謝堅くこれなくば、御申し分け相達あいたっし申すまじくや、何篇なんべんも御心中あるべき事


一、当春北国肥前守利長、異儀の処、内府公順路なる思召しにて、別儀なく思いのまま静謐せいひつ仕り候、是皆前車これみなぜんしゃいましめにて候間、其元そのもと兼て御覚悟もっともたるべきかの事


一、京都にて増右、大刑少、万事内府公へ申し含められ候間、御申し分候はゞ、御申し越しこれあるべく、榊式太への仰せ越され候て然るべきかの事

(増右は増田右衛門尉長盛をさし、大刑少は大谷刑部少輔吉継をさす)


一、千万も入らず、中納言殿御上洛遅引ちいん候に付き、かくの如くに候間、一刻も早く御上洛候様に、貴殿相計らわるべき事


一、上方に於て専ら取沙汰の事は、会津にて武具集められ候と、道橋作られ候の事にて候、内府公一入ひとしお中納言殿上洛御待ちなされ候事は、高麗こまへ使者遣わされ候間、若し降参仕らず候はゞ、来年か来々年御人数遣わさるべく候、其の後相談なさるべき由に候間、御入洛ごじゅらく近々然るべく候、其の上にて疎意なく仰せ分けられ候様、少しも早く御上洛もっともに候事


一、愚僧と貴殿数個年等閑なおざりなく申し通じ候えば、何事も笑止に存じかくの如くに候、其の地の存亡、上杉の興廃の境に候條、思案をめぐらさるるの外、他事あるまじく候、万端使者に口上を申し含め候、頓首。

  卯月朔日 

                         豊光寺 承 兌

   直江山城守 殿

 

 大要を示すと以下のような内容である。

 急ぎ書面にて伝えることは、上杉景勝様の上洛がなかなかおこなわれないので、家康公が非常に不審に思っておいでです。洛中ではいろいろ穏やかでない噂が流布しておりますが、このへんの実情は残念ながらよくわかりません。新しくお城を造営なさるのは、景勝公が何か考え違いをしているのではないかと思われ、おそらくあなたのご本意ではないでしょう。そこで、景勝公が家康公に対し謀反の意がないのなら、神に捧げる起請文を書いて申し開きをすべきだと思います。景勝公が律儀な方であることは秀吉公の時から、家康公もよくご存知なので、起請文さえ出れば、お疑いが消えるでしょう。

 越後国に入った堀殿が、しきりに景勝公が家康公に謀反の心を持っていると告げてきておりますが、これは本当でしょうか。

 前田家では、家康公に反応がないことを示すために、人質を出しました。上杉家でもそうしたらどうでしょう。

 会津では、武器を集め、道や橋を造って防備を固めているという噂がしきりです。本当のことでしょうか。

 いずれにせよ、景勝公が起請文を差し出し、ご本人が上洛されて申し開きをなさることが肝要かと思います。よしなにお取り計らいください。


 つまりは、人質を差し出すなり、起請文を捧げるかして、上洛して釈明をせよということである。景勝、兼続にとって、言いがかりもいいところであった。いくら三成と懇意の関係にあったことをネタに、脅しのような言いがかりは、全く家康のやり方がなおさら気に入らなかった。

 前田家の成りようを聞いていた景勝、兼続にとって見れば、我が上杉にも首を垂れよと

脅してきたようなものである。もともと、豊臣家に対しては恭順の意を示し、誓詞を差し出して、臣下の礼を取ってきたのであるが、家康に対しては何らその礼を尽くす所存はなかった。

 故に、兼続は長々と釈明を述べる訳ではなく、挑戦的な返書を認めて返したのである。

伝っている書は本物か後世の創作か、専門家の意見は分かれるところであるが、だが売られた喧嘩は買うような返書を書いたのは事実だろう。


 伊奈は景勝と兼続の前に座すると、家康の言上通りに伝えた。景勝は平然と座って、伊奈を見据えていた。


「中納言殿におかれては、今春御上洛あるべきなるを、今に其のご沙汰なく、あまつさえ新たに城を築き、諸国へ通ずる道を開き、領内の支城には糧食を運び入れ、数多の浪人を召しかかえ、武具鉄砲を整えらるること、いかにも心得難き有りよう、若し異心なきにおかれるならば、誓書を出だし、即刻上洛すべし」

 景勝は答えた。

「某、何のお恨みがあって秀頼公に叛くべきや、仰せ聞けらるる武具などは皆国の仕置の為にこそ集めておる。それが御不審と申すべきは、この畢竟の件を讒者の進言により信ずるとは、ゆめゆめたわごとと思われる。この上は讒者を連れられ実否ご糺明あられよ。さもなき間は上洛致すこと能わず、またたとえ上洛したとしても、いささか仔細あらば、内府のご末座に列し天下の仕置を論ずるは御免あるべし」


 伊奈たちは、景勝の強硬な態度に圧倒され、すごすごと退散した。


「兼続、ちと言いすぎたか」

「いやいや、殿、尻尾を振ってばかりではないということを知らしめることが大事。今頃宿所にて、どう内府に釈明するか談じておりましょう。こちらは何も異心など全くないのが事実。ご普請、武具を整えるのは武門の成せる仕置にございます」

「書状は読んだか」

「はい、さすがは承兌しょうたい殿の書は立派にござる。感心いたしましたが、応じるわけにはまいりませぬ」

「して、返書はいかがする」

「某が、きちんと理を述べて返します」

「うむ。頼んだぞ」


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