義に逆らうことなかれ 石田三成の戦いー関ヶ原ー

木村長門

第1話 朝霧の中に

 朝霧にけむる中、関が原の山中に馬のいななきがこだまして響き渡っていた。この地は、若狭わかさから抜けてくる風が吹き荒れることが多く、伊吹山は晴れて全容を現す日が極端にすくない場所でもあり、朝晩の冷え込みは格別なものがある。少しの嘶きでも山々にこだまし、反響音として響き渡るのに、大軍の馬匹の嘶は、それだけでも、もやに包まれた世界では怒涛どとうのように耳に突き刺さってくる。伊吹山山麓と養老山脈に挟まれた狭量きょうりょうな山間地が間もなく激戦の時を迎えようとしていた。そこには雌雄しゆうを決せんとする東西十五万にも及ぶ軍勢がひしめきあっていた。にもかかわらず、視界が利かない霧の中では、その旗印も見えず、見えたにしても、霧が薄くなった時だけだった。ただひしめきあう音だけがこだまして耳奥に響いていた。見えないことへの不安と不気味な情景だった。霧が薄らいで視界が開けてきた時には、目の前に敵がいた!のである。


 石田三成の陣営からは何も見えず、ただ緊迫している空気を冷ややかな朝霧がおおっていた。少し風が吹き始めているようだった。間もなく霧は晴れるであろうと予測していた。三成は佐和山城主であり、琵琶湖から垂井たるいにかけての地理や気象には通じていた。それが、我に味方するかどうかは、天のみぞ知るということだと思った。尾張での徳川の進軍は阻止できなかった。予想外の結果に終わっていた。岐阜城の崩壊も大垣城での阻止を狂わせていた。それに比べ、西軍の諸将の進軍は遅れ遅れとなっていた。それも大誤算だった。

 

 だが、今日は違う。ただこの一戦に掛けるのみ!

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