3.感想徒然

 たくさんの力作を寄せていただいたので、一つ一つの作品について、今回の企画の主旨に沿った感想を書き添えます。最初に申し上げておきますが、評論ではありません。わたしがそう感じたという単なる印象なので、思い切り的外れであってもどうかご容赦ください。ネタとしての可能性を探るのが目的の企画ですから、ネガティブなことは書きません。思いついた提言などはそれぞれの作品のコメント欄に差し上げましたので、ここでは触れないことにいたします。あくまでも、ここがよかったよというまとめになります。

 それと、がっつりネタばれが含まれてしまいますので、それは……という方は、ここでおしまいにしてください。著者さんの方で、ネタばれは困るからコメントしないでおくれということであれば、取り下げますのでお申し出ください。誤読防止のためにしばらくスペーサーを挟みます。



百万回世界を滅ぼした勇者  (真楠ヨウさん)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054880509496

 本企画にエントリーされた作品群の中で唯一の長篇です。とにかく、ずっしり読み応えがありました。家族愛と勇者による魔王討伐という一見全く噛み合いそうにない組み合わせに、リボーン(再生)ループをはめ込んでぐりぐり回す。良否というレベルを超えて、凄まじいアイデアだなと思いました。コンセプトもよく練られているんですが、転生の目的やループの機序を背景説明も含めてきっちり書き込んであり、非常に緻密です。

 失踪した娘を取り戻すために、自死して勇者に転生する。それなのに娘がアンデッドの魔王になっていて、討伐を繰り返すうちに目的がどんどんぼやけ、主人公の狂気だけがむき出しになっていく。ばかばかしいように思える前半が見事なトラップになっていて、読み進むうちに主人公と読者に疑念を植え付け、それが後半の展開をがんがん加速させます。

 既存のループ概念を長編に使うなら、ここまで徹底的に調理にこだわらないとおいしく仕上がらない。それをじっくり実感させられました。ループものの優れた進化系だと思います。読者さんの完読率の高さも納得、の傑作でした。



キューブ  (十一さん)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054880440639

 典型的なタイムループなんですが、今回読ませていただいた中でもっとも『やられた』感が強かった、非常に印象的な作品でした。オチは最初からタイトルで暗示されてるんです。でも、読者にはそれが何を意味するか分からない。タイトルと内容とが全くマッチしませんから。あれー、どこが3Dなんだあ? そういう違和感を抱きながら、ループに関わるいろいろなイベントを読み進むんですが……。話の流れに不自然さがあって、どうにもすっきりしないんですよね。その印象が、最後の一話で全部ひっくり返ります。恐ろしいほどの破壊力でした。

 文の長さは真楠さんと全く異なりますが、この作品も十一さんが緻密に計算し、組み上げた傑作。そして、ループという素材をこれまでになかった視点から調理した、意欲作だと思います。しかも、まだまだ発展形を編めるんですよね。いや、恐れ入りました。



ボゴン (武論斗さん)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883788795

 シンプルなタイムループです。何か起こったことがきっかけで原点に戻ってしまうイベントループスタイルですが、調理法がものすごくとんがっていて非常に印象的でした。ホラーですからループが回ることで悲劇につながるんですが、それを因果の概念に押し込んでいないんです。不条理に近いですね。トーンがものすごく乾いていて、独特の空気感がありました。

 ちょっとした衝撃音がきっかけで、タイムループが発動してしまう。それを知った主人公がそのループをアホなことに利用しようとして失敗し、そのあとループの影響のヤバさに気付いて愕然とする……だけなら、まあそんなのもあるよねレベルなんですが。その現象がウイルスみたいにアウトブレークしてしまうんです。アホな男の話だったはずが、人類滅亡に至りかねない結末にまんまと引きずり込まれてしまう。ラフな奇想に見えて、読者への印象づけがきちんと計算されてます。見事に一本取られました。



シュレディンガーの妹箱 (田中百歳さん)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883847104

 今回エントリーされた作品群の中では群を抜いて斬新でしたが、シュレディンガーの猫という概念を知っていないと、おもしろさを減じてしまうというのが難点でした。

 ある閉鎖実験系で、理論的には生きている猫と死んでいる猫が重なりあって存在する状態になるんですが、現実にはそんなことはありえない。実験観測値はすでに変化した結果であり、本当に知りたい観測の影響を受ける前の状態ではないので検証のしようがないというパラドックスを示したのがシュレディンガーの猫、だそうです。でも、理論的にありうるなら実際に起こしてしまえ……わたしはこのお話をそのように解釈しました。ループをぐるぐる回して結果を並べていくのはまるでモンテカルロプロセスみたいだなあと、にやにやしながら拝読しました。

 タイムループでもフェイトループでもない、プロセスループ(理論が存在しない場合はブラックボックスループ)。これはいろいろ応用が利きそうですね。とてもおもしろかったです。



中谷秀樹と郡山春奈の平々凡々な従兄妹関係  (どくどくさん)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054880851093

 生まれ変わり(リボーン)ループ、いわゆるフェイトループになります。何かを変えようとして生まれ変わる。だけど、その動機ってありなの? うーん、あるかあ。でもなあ……と、読者の意識にいろいろなもやもやを乗っけるとてもユニークな切り口です。

 シンプルな記述なんですが、調理がぴしっと決まっています。秀樹と春奈の視点が切り替わった途端に日常と非日常がぐるりと入れ替わり、救いようのないループに象徴される狂気がこれでもかとえぐり出されます。絶妙なコントラスティングですね。春奈の粘着性狂気、怖いよう……。



死相讀み (窓井巡さん)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883602443

 タイムループの応用型。主人公、主人公と仲良しの女の子、そしてその女の子に死相を読まれているクラスメートの女の子。短時間に、その三人の行動と言動が錯綜します。ループの存在が最初から明示されているわけではないので、そこが伏線になりますね。若干のサスペンス要素で彩りながら、ラストでループの正体が明かされるまで一気に読み切らせます。読後に主人公のやりきれない思いが心に残る趣向は、とても洗練されていると感じました。



欄干の女  (めらめらさん)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054881239111

 タイムループの応用型。武論斗さんのと同じでイベントループスタイルですね。何か破滅的な出来事が起こることで、原点に戻ってしまうというパターンです。絶望的なループの上を延々回り続ける男と、それをシニカルに見ている絶対者。絶対者は、男にチャンスを与えていると言いながら実は男をループから下ろすつもりはない……という辺りで、読者の背筋ぞわぞわ感を誘います。



ループボタン  (youさん)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883781720

 タイムループ(デイループ)を多売商品にするというアイデアは、とても斬新でした。タイムループをネタとして使うとどうしても重くなってしまうきらいがあるんですが、現実にありそうなぎりぎりのところに位置付けることで、軽妙さと微苦笑が生まれました。

 商品化した社は販売前に製品の功罪をチェックしなかったのかとがっつり突っ込みたくなりますが、オチがそれを見事に逆用しているので、まんまとしてやられた感が。書きぶりも過不足なしで、すっきりスマートでした。



繰り返す時の中で  (星成和貴さん)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054881337711

 最初からタイムループであることを明示してのスタートです。一日が繰り返されるデイループですね。よくあるパターンと思いきや、ループの虚実が最後まで明らかにされていないんです。そこに読者の想像やミスリードが入り込むことで、限られた長さの文章が何倍にも膨らむんですよね。シリアスになりがちなタイムループネタを爽やかな読後感につなげる手腕も、実にお見事です。



時間犯罪と親殺しのフーガ (壺中天さん)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883683984

 タイムループですが、この作品に関してはループそのものの新奇性を問う意味はあまりないと思います。話の軸としてループをどう組み込むか。それをテクニックではなくテーマでずばっと割り切っている点が新しいんです。テーマはタイトルが全て物語っていますよね。悪用です。徹底してループを悪用する。これでもかと悪用されたまま話が終わる。どこまで悪用しきれるかを、とことん追求しています。壺中天さん自ら背徳の美学と書かれていますが、徹することで見える地平がある……そんな感じがしました。



ただ主のためにこのループを捧ぐ (@tanukidsさん)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883788094

 タイムループもの。ですが、本来のメインキャラが発話時にサブキャラとして置かれているというところにミソがあります。これも、調理の妙ですね。

 表面上のメインキャラが望む結末になるまでループを回している主人公が、もう脇役はいやだと自我を出せたところでループが切れる。そこで主従が逆転してハッピーエンド。そして、実はそれを周囲がサポートしていたという舞台裏の披露が、快い読後感を支えます。



ループする少女はいつも年上の男を好きになる (近藤近道さん)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883811773

 変則のタイムループですね。主人公はループに乗れないんです。ループの外にいた少年が、成長に伴って少女の求める条件を満たし、恋人になる。でも、やがて少女の求めるレンジを外れて別れを告げられる。閉じた輪の中に入るとそこから出られなくなるというイメージがありますが、そこに出入りの概念を組み入れたことで、停滞ではなく流れのイメージが生まれました。何もかもループの中に入れ込まない……そういう不完全性がうまく使われていて、心理描写をとても深めているように感じました。



「残念でした。」 (りんさん)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883819115

 タイムループなんですが、これも切り口がとてもユニークでした。悲劇的な結末を迎える少女の運命を変えようと必死にループの改変に挑む主人公。どうしてもうまく行かずに、どんどん絶望的な気持ちになっていくんですが……。その致死ループの輪の外にいたはずの主人公が、いつの間にかその中に。悲劇の主従が入れ替わってしまうんです。同じ絶望であっても、転換の前後でトーンが全く違ってくるんですよね。

 主従の転換ということでは、@tanukidsさんの作品とオーバーラップするんですが、テーマや筆致が異なると全く違った作品になるなあと。本当に調理法次第なんですね。



I have (not) Future  (七竈 廉さん)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883779327

 タイムループとリープを区別し、未来の自分からの干渉が今の自分の記憶に残ってデイループ感を生み出しているという設定ですね。星成さんのお話の設定に少し似ていますが、七竈さんのお話はまだプロット段階ですから、これからオリジナルの肉付けができます。相互に干渉しうる二種類のループの組み合わせは、アイデアとしてはとてもおもしろいかと。

 転落死する女の子の運命をリープで戻って変える。それをラブストーリーにするか、ヒューマンドラマにするか、サスペンスやホラーにするかで、ループの調理法ががらりと変わるだろうなと思いました。



自主企画【ループの新しい可能性を探ろう!】用。 (かえるさん)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883796460

 かえるさんは、タイムループの調理例を考えてくださいました。既知の結果が主人公の想定以下の場合は、ループで戻すことによって結果を向上させることが出来る。でも人間には欲があるので、期待値にわずかに届かないことをすごく悔やんだり、当初の目標をクリアしているにもかかわらず物足りなさを覚えたり。ベストエフォート(最良の努力)はあってもベストリザルト(最良の結果)というのはないんですよね。その試行錯誤を繰り返させることで、綾を作ってみてはどうかという提案でした。特にコメディとの相性がよさそうですね。楽しそうです。



夢見がちの欲しがりさん  (新吉さん)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883777625

 ループの形が明示されていません。そこは君らで考えてというスタイル。とても新鮮です。ループという概念を外しても支障なく読めてしまうので、ループものとしての評価は人によって割れるかもしれませんが、何かと理屈が前に出やすいループ素材をふわりと想像の衣で包んで見せるやり方は、とても素敵だなと思いました。



そして桃太郎はいなくなった (長月マシさん)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883791224

 このお話には、明示的なループが登場しません。250字しかありませんから、どこにループが埋め込まれているかはすぐに分かるはずなんですが、中身はおじいさんが桃だけでなく桃太郎まで切っちゃったという、お定まりのギャグ。それだけなんです。そのどこにループがあるの? でも、長月さんはちゃんとループというタグを使い、近況ノートでも作品の発展系を考えておられました。長月さんの狙いが、ループの形を読者に探させるという点にあるとすれば。わたしはまんまとその罠にはまったことになりますね。

 桃太郎が桃から誕生しないと昔話が成立しない。話を成立させるためには、おじいさんが桃太郎を惨殺しないように桃を切るまで、延々とループを回さないとならない……そういうイメージかなと。もちろん、それはわたしの独自解釈です。



或る作家の構想  (甲乙 丙さん)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883776646

 思考ループ。考えることが同じところで堂々巡りってやつですね。現実によくあることなんですが、ほとんどの方がタイムループやフェイトループを使われる中、あえて非日常要素を排除したループにチャレンジしてくださったのは、すっごく嬉しいです。

 ループの斬新なアイデアをひねり出す。思いつけば思考ループが打破できるんですが、どうしてもいいアイデアが思いつかずに現実とあっち側との間でぐるぐるループになってしまってる。料理としてはオーソドックスなんですが、うんあるあるっていうシンクロ感で、くすっと笑いを誘います。



ループを使おう  (陽月さん)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054882252611/episodes/1177354054883862574

 画像ファイル自動処理のためのループスクリプト。そうそう、こういうのもあり……っていうか、こういう発想の転換が欲しかったわけで。わたし的にはずっぽりツボでした。特に、プログラミングやスクリプトってなんぞやという背景が分かっている人には、うんわかるわーという感じかと。技術的な記述が多くて硬い印象のお話を、最後の一文が見事に丸めています。



届かない声 (ココロサテライトさん)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883852013

 広義のフェイトループに当たるのでしょう。でも、わたしはむしろライフサイクルの方の輪(ループ)をイメージしました。転生していく間にそれぞれの生物が叫んで主張していることは、本来まちまちのはずです。でも、出発点になった主人公の一貫した自己主張がその輪を歪めていきます。じゃあ、複数のループを貫通した主人公の主張がループの始点に戻った時にちゃんと出せたか? 最後の投げかけがとても重いですね。



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