蒸気屋すずさんと壊れた蒸気自転車 #終わった世界のイリオモテ
デバスズメ
本文
よく晴れた秋の日、雲は高く、遠くにあります。数日間続いた雨がやんで、久しぶりのいい天気です。太陽の光が、海のずうっと向こうまで、優しく照らしています。
ここはイリオモテ、遠い遠い昔は、西表島と呼ばれていた島です。
遠い遠い昔、空からとても強い光が降り注ぎ、世界は終わりました。衛星砲というとても恐ろしい兵器が、たった一度動いただけで、世界は終わってしまったのです。
それから長い長い時間がたちました。生き残った人間たちは、ほそぼそと命をつなげ、今となっては、それなりに平和な世界ができました。
すずさんは、そんな終わった世界のイリオモテに暮らす15歳の女の子です。すずさんは、自分の部屋で、お出かけ用の服に着替えています。お出かけ用と言っても、蒸気自転車に乗るための丈夫な服に、です。
蒸気自転車は、蒸気で動く自転車です。普通の自転車よりも早く走れますし、坂で
も楽に登ることができます。少し運転にコツがいりますが、すずさんは十分に運転できる腕前です。そして、すずさんは、蒸気自転車に乗るのが好きでした。
長い雨が終わって、久しぶりに蒸気自転車に乗ることができる日です。すずさんは準備をしているだけで、もうワクワクしています。転んでしまった時でも怪我をしないように、丈夫な服を着て、頑丈なヘルメットと、風よけのゴーグルを用意します。そして、いつものカバンを背負います。
準備万端のすずさんは、2階の自分の部屋を出て、階段を降ります。1階には、いろいろな蒸気機関が並べられ、値札がついているものもあります。
「すず、出かけるのかい?」
お父さんが、お客さんから預かった蒸気鍋を修理しながら言いました。すずさんのお父さんは、腕利きの蒸気屋さんです。
蒸気屋さんは、蒸気機関を扱うお店です。この終わった世界では、蒸気機関がとても大切な技術です。料理に使う蒸気鍋や、すずさんの好きな蒸気自転車など、たくさんのものが、蒸気機関で動いています。
「おばさんの本屋に行ってくる」
すずさんは答えます。島の反対側にあるおばさんの本屋は、イリオモテで一番大きな本屋です。
「じゃあ、これ。ついでに姉さんに届けてくれないか。昨日修理が終わったんだ」
すずさんのお父さんは、蒸気機関の部品が入った紙袋を手渡します。
「うん、わかった」
すずさんは紙袋を受け取って、カバンの中に詰め込みます。そして、家から出ようとした時です。
「ああ、それから」
すずさんのお父さんが、今にも飛び出しそうなすずさんに声をかけます。
「なに?」
すずさんは立ち止まります。
「姉さんによろしくな」
すずさんのお父さんは、笑顔でそう言いました。
「うん、わかった」
すずさんも、笑顔で返事をします。
家を出たすずさんは、いよいよ蒸気自転車に乗ります。ヘルメットを被り、ゴーグルをはめて、手袋を付けます。蒸気自転車にまたがり、スイッチを入れると、静かな音で蒸気機関が動き出します。すずさんがハンドルをひねると、上記自転車はスイスイと進んでいきます。
「今日は山の方から行ってみよう」
誰に言うでもなく、すずさんは独り言ちます。そして、しばらく進んだ後の分かれ道を、山の方に向かって進んでいきました。
島の真ん中には、小さな山があります。山には畑があって、収穫を待つ野菜が沢山育っています。その畑の間を、すずさんの蒸気自転車が進んでいきます。峠まで登ると、島の反対側の街が見えてきました。
点々とある畑、本屋さんのある大きな街、遠くまで見える海、どこかで鳴いている島鳥の声、海から吹き上げてくる穏やかな風、真上に登った太陽の暖かい日差し。すずさんは、そんな景色を感じながら、どんどんと進んでいきます。
そして、気がつけば、目的に到着です。
おばさんの本屋には、遠くの大陸からやって来る船が運んできた本が、とてもたくさんあります。建物も大きいので、すぐにわかります。
「おばさーん!」
本屋さんに入ったすずさんは、大きな声で、おばさんを呼びました。
「あら、すずちゃん?いらっしゃい」
店の奥からおばさんが出てきました。すずさんのお父さんにどことなくそっくりな顔立ちです。
「今日も蒸気の本?すずちゃんは勉強熱心だねえ」
「うん。あ、あと、これ、お父さんから」
すずさんは、お父さんから預かった紙袋を渡します。
「ああ、修理を頼んでおいたアレだね」
紙袋を受け取ったおばさんは、中身を取り出します。中身は、手のひらに乗るくらいのとても小さな部品です。
「これでまた蒸気鍋が使えるよ。ああ、でも……」
おばさんは少し困り顔です。
「どうしたの?」
すずさんが聞きます。
「私はこういうのってのが苦手で……。そうだ、すずちゃん、これ、取り付けてくれない?本の代金、サービスするから、ね?」
「え、いいの?」
すずさんは、いきなりのお願いに少しびっくりしてしまいました。
「いいのいいの。すずちゃんの腕は信用してるから!」
おばさんは、笑って答えます。
すずさんは、その言葉を聞いて、少しうれしくなりました。
「うん、わかった。鍋はどこ?」
「こっちだよ」
おばさんは、すずさんを店の奥の台所に案内します。
台所には、備え付けの蒸気鍋がありました。すずさんは、カバンの中から工具を取り出して、さっそく作業にとりかかります。
すずさんのカバンには、どんな時でも簡単な工具が入っています。色々なサイズのボルトを締められるモンキーレンチに、よく使われるネジに合わせたドライバーをいくつか、他にも少しのオイルなどなど。これさえあれば、いつでも蒸気機関をいじることができます。
「よおし、やるぞ!」
すずさんは、はりきって作業に取り掛かりました。
……しばらくして、すずさんは、蒸気鍋に部品を付け終わりました。すずさんにとっては、軽いお仕事でした。
「おばさーん、終わったよー」
その声を聞いて、おばさんがやってきます。
「どれどれ、さあ、動くかしら?」
おばさんが、からかうように言いながら、蒸気鍋のスイッチを入れました。
火が灯り、少しして、蒸気鍋の上の方から、静かに蒸気が噴き出してきました。どうやら、無事に動いているようです。
「さすが、すずちゃんね!これ、あげるわ」
おばさんは、一冊の本を差し出します。
「え、サービスって……」
すずさんは、差し出された本『蒸気圧縮機入門』を見て言います。
「そう、これがサービスよ」
「でも、これってけっこう高いんじゃ」
「いいのよ。そのかわり、これ読んで、もっと勉強して、一人前の蒸気屋さんになってね」
おばさんは笑いながら言いました。
「うん、ありがとう!」
すずさんは本を受け取り、カバンにしまいました。
おばさんのところでお昼ごはんを食べたあと、すずさんは蒸気自転車で家に向かって出発しました。早く帰って本を読みたい気持ちでいっぱいです。でも、峠に差し掛かったあたりで、ちょっと困ったことになりました。
蒸気自転車が蒸気を噴き出して止まってしまったのです。上り坂はもう少しだけ続きます。登りきればあとは下るだけですから、ちょっとがんばれば、押していくこともできました。でも、すずさんは、そうはしませんでした。とりあえず、蒸気自転車を道の脇まで押していきます。
すずさんは道の脇によると、カバンの中から工具を取り出しました。モンキーレンチにドライバー、いくつかのカップのような入れ物、それらを並べます。そして、さっきの本を取り出して読み始めました。今はまだ、蒸気機関が熱いのです。冷めるまで本を読んで待ちます。秋晴れの下、ゆっくりと読書の時間です。
しばらく本を読んでから、すずさんは、蒸気自転車の温度を確かめます。手をかざして、熱くないことを確認しました。いよいよ、修理の始まりです。
まずは、外側のカバーを外します。大きなボルトをモンキーレンチで外して、『1番』と書かれた入れ物に入れていきます。外側のカバーが外れると、色々な太さのパイプが出てきます。
すずさんは、モンキーレンチのダイヤルを調整して、パイプを止めるボルトを外していきます。外したボルトは、大きさに分けて『2番』『3番』と書かれた入れ物に入れられます。
取り外されたパイプが破れていないか、すずさんはじっくりと確かめます。調べたパイプは、取り外した順番に、綺麗に地面に並べられていきます。すずさんは黙々と、ですが、とても楽しそうに分解を続けていきます。すずさんが蒸気機関をいじっている時、それはとても楽しい時間なのです。
全てのパイプが大丈夫だとわかると、次は、いよいよ中心部です。ドライバーを使って次々とネジを外しては、大きさごとに『4番』『5番』『6番』と書かれた入れ物に入れていきます。ここの作業は慎重です。とても小さなネジもあるので、どこかに転がっていってしまったら、大変なのです。
慎重に作業を進めていくすずさんの顔は、真剣そのものです。そして、ついに最後の部品まで分解しました。分解した部品は、すずさんの後ろの地面に、綺麗に並べられています。
「うん……」
すずさんは、並べた部品を満足そうな顔で眺めました。そして、故障の原因もわかりました。どうやら、蒸気圧縮機が壊れているようです。蒸気圧縮機は、手のひらに乗る小さな部品ですが、とても大切な部品です。
「うーん……これは、だめだ」
残念ですが、これにはすずさんもお手上げです。蒸気圧縮機のことはまだあまり知らないのです。
「うーん……」
すずさんは、どうしようかと悩みましたが、どうしようもありません。
「ううーん……」
もっと悩んでみましたが、それでもやっぱりどうしようもありません。
「ううーん……ん?いや、ダメだ……」
なにか思いついたようですが、それでもやっぱりだめなようです。
「……よし、帰ろう」
散々悩んだ結果、すずさんは、とりあえず帰ることにしました。蒸気自転車を分解したのと逆の手順で、どんどん組み立てなおしていきます。ですが、蒸気圧縮機は、取り外したまま、カバンにしまいました。
蒸気自転車の組み立てなおしが終わった頃には、すっかり空は夕焼け色でした。すずさんは、蒸気自転車を押して峠まで上り、そのまま坂を下ってゆっくりと家に帰りました。
「ずいぶんと遅かったじゃないか。姉さんのところでゆっくりしてきたのかい?」
お父さんが、家で待っていました。
「あー、帰りに蒸気自転車が壊れちゃって、それで、修理しようとしてた」
「おお、そうか。で、どうだった?」
お父さんは、帰りが遅くなったことを怒りませんでした。それよりも、すずさんが蒸気自転車を修理しようとした話が気になっていました。
「全部分解したよ。それで、蒸気圧縮機が壊れてて、どうにもできなくて帰ってきた」
すずさんは、カバンの中から、さっき取り外した蒸気圧縮機をお父さんに見せます。
「どれ、見せてみなさい」
お父さんは、ポケットからルーペを取り出して、じっくりと観察しました。
「なるほど、これは修理が必要だ。それも、ちょっと本格的なやつだ」
お父さんはそう言うと、すずさんの方を見ました。
「どれ、少し、教えてあげよう。すずも、そろそろ蒸気圧縮機の仕組みを知りたいだろうからね」
おとうさんの言葉を聞いて、すずさんはとても嬉しそうです。
「うん、教えて!」
すずさんは、今日一番のワクワクした顔で、お父さんと一緒に作業場へと向かって行きました。今日、すずさんは、一人前の蒸気屋さんへ、また一歩、近づくことができました。
おしまい
蒸気屋すずさんと壊れた蒸気自転車 #終わった世界のイリオモテ デバスズメ @debasuzume
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