第8話

あそこからどうやって逃げたかは覚えていない。


気づけば私は土砂降りの中1人地べたに座り込んでいた。周りには人の姿はなくて、ただ雨が地面を打つ音だけが響いていた。



雨は嫌いだ。


あの日も酷く雨が降っていた。




『おねえちゃん!早く!』


弟がいた。2歳年下の弟は、雨が大好きだった。無邪気な笑顔で何かあるとすぐにおねえちゃん!と駆け寄ってくるような弟だった。


雨が降る度外に出て、2人で雨の音を聞いたり、水滴を眺めたり、水たまりを蹴飛ばして遊ぶ。そんなことが日常で。


その日も、小学校帰りの私たちは色違いの傘をさして外で遊んでいた。


『ねえ!あっちに行こうよ。』


弟が、しゃがんで水溜まりを眺めていた私の手を引っ張る。

少しだけ知的障害の傾向があると言われていた彼は、集中すると周りが見えなくなってしまう事が多々あった。だから、だから。


『お姉ちゃんがしっかり見ていてね。』


そう、いわれていたのに。


足が疲れてしまったのだ、少しだけ。

遊び疲れて、少しだけ、休みたくて。


『向こうにおっきな水たまりあるよ。』


少し先に見える水たまりを指さす。

私の指につられようにその方向を見た彼は、目を輝かせて。ほんとうだ、と水たまりだけを目指して走り出す。


深く考えていなかったのだ、全然。少しだけ休んで、弟の後を追おう。一緒に大きな水たまりで遊んで、夜ご飯の匂いがするおうちに帰ろう。


深く考えていなかった。

・・・その水たまりが、道路の反対側にあった事なんて。


キキーッと大きな音がして、誰かの悲鳴が聞こえて、小さな青い傘が、飛んだ。


ああ、そうだ。

雨の中、座り込んで泣いているのは、

ピンクの傘を差した、小さなわたし。



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