第45話 解決と思ったか

目が、覚める。

そして、僕は目が覚めたこと自体に驚いた。

だって僕は、あそこで終わるはずだったのだから。


すべての可能性がシャドウに集約され、僕という存在は転生前までしか存在しなくなるはずだった。


けれど僕はここにいる。

自宅のリビングで目が覚めた。


周囲を見回しても、誰もいない。

シャドウも、”僕”も、母さんも、父さんも、マミも、祖父も。


誰もいない。


僕の体を汗が伝う。


夏の夜は、暑い。


でもひいひいと言い合う相手は、いない。


混乱した僕は、とにかく誰かに会いたくて、街に繰り出す。

コンビニ。

僕の魂を持たない、誰かがいるはずだ。

灯りが見えて営業していることにほっとする。


耳慣れた音楽が僕を迎えてくれた。

でも、何かが足りなくて、僕は店の中をきょろきょろとする。

そしてそれがなんであるかに気付く、店員のいらっしゃいませの声だ。

店内にもお客さんはおらず、店員も見当たらない。


僕はある可能性に気付いて、戦慄する。


怒られることも覚悟で、カウンターを乗り越え、バックヤードに侵入。

そこにも人はいなかった。


駅前の、普段いかないネットカフェに駆け込んで、検索する。

SNSの書き込みを。

サーバーは動いてる。

でも、誰も書き込んでいない。

書き込んだ形跡もない。

誰のアカウントも存在しない。

SNSの殻だけが、そこにはあった。


つまりは、そういうことだ。

僕の周りの小さい範囲だけではない。

全世界の人が、いない。

そもそもいなかったことになっている。


そこから考えられる結論は。

この世界の人間全員が、僕の魂がもとになっていたということ。


僕はネカフェのソファにばたんと倒れこむ。

そして大声で叫ぶ。


「はてしなすぎるだろ! どういう規模だよ!!」


こんなことをしても、責めてくれる相手もいない。


いろんな人の顔を思い出す。

学校の先生、友人、テレビの出演者。

みんなみんな僕だった。


僕が初めて恋をしたあの女性。

彼女も僕だったに違いない。


自分を愛する、歪んだ愛。


僕はどうしてまだ生きているんだろう。


その日はそのままそこで眠った。




朝が来て、かすかな希望を抱いてもう一度ネットの海をチェックする。

けれどそこには、人がいた形跡はやっぱりなくて。


僕は近くのホームセンターで道具を用意した。

太い縄とか、練炭とか。

そういうのをいろいろ。


でも何を試しても、うまくいかない。

強制的に世界が巻き戻り、僕はそれをする前に戻ってしまう。

運命の拘束力。

僕はそれが定めたときまで、次の生には移れないらしい。


死ぬことも出来なくて、時間を持て余した僕は思考にふける。


過去の転生に僕の魂が集約されるのなら。

僕は消えてしかるべきはずなのに。

どうしてこういう状況になっているのだろう。


そして思い出す。


僕にそう吹き込んだのは、テンだったということを。


そもそも騙されていたのだ。

でも、恨む気にはなれない。

これはオリジナルである僕の、務めみたいなものでしかない。


気付いた僕はただ、時間を自堕落に過ごした。

人もいないんだ、そのうち電気も止まるだろうと思っていたが、一向にそんな気配はない。

そもそもが、僕と僕の魂たちを保管しておくための世界。

見せかけだけで、人の手がなくてもインフラが壊れないように設計されていた世界だったんだろう。

いつ行ってもコンビニには物があったし、水道だって、ガスだって使えた。


一人になった世界で、僕は、テンが最後に言ったあの言葉を思い出す。

ごめんなさいとは、どちらのことを言っていたのだろうか。


僕が消えるとだましたことか。


それとも、僕がただ、無為に過ごすしかないこの時間を思ってか。


わからない。


そして今度は、なぜパラドックスが起こっていないのかということを考えたりする。


でもそれにはすぐに答えが出てしまった。


それは僕がここにいて、運命に縛られているということ。

僕の記憶がまだあるということ。


神の世界には過去も未来もないと。

神様も、そしてテンも言っていた。

だからすべてを記憶した僕という存在が残ることで、パラドックスは抑制される。

僕は小さな神様みたいなものなのだ。


僕の次の生、未来の可能性はシャドウという一つに集約された。

決められたのは僕が終わったのちの行き場所に過ぎない。

僕はすべてから取り残されて、ここに居るだけ。それだけだ。


一か月か、それくらいか。

もっと、たったかな。

わからない。

死ぬのを試したり、情報を収集したり、思索にふけったり、ただただぼーっとしたり。

そんなことももう疲れて、僕が思ったのは、家に帰って課題をやろう、ということだった。

あの山のような課題にげんなりしていたのが、もう何十年も前のように思える。


「ああ、おばさん、こんにちは。元気ですか?」


『元気よー。買い物行ってたの、偉いじゃない』


「いえいえ。僕なんか偉くないですよ。でもありがとうございます」


ずっと一人でいるうちに生み出した幻覚の人々。

そうして会話しながら、帰宅する。


もともとが全員僕という、自作自演の世の中だった。

それがこの世界で見える形で繰り広げられているか、僕の頭の中だけなのかでそこにはあまり違いがない。


だから僕は幻覚の人々に暖かく見守られながら、自宅に戻る。


『おかえり』


「ただいま、母さん。今ご飯作るからね」


『いいわよ、私が作るわ』


「ううん。親孝行させてよ」


幻覚の父さん母さんは、とても優しい。

こっちの方がずっといいじゃないか。

僕は冷蔵庫に買ってきたものをしまい、部屋に戻った。

そこで、人影を、見る。


「やっと帰ってきた。探したのよ?」


声が、した。

久しぶりに鼓膜を通して他人の声が。

そしてそれは僕の恋したあの女性だった。


今度はこんなリアルな幻覚まで生み出したのかと、何度も何度も目をこすり、頭を叩いたが、彼女は消えない。

そして、僕が彼女に手を伸ばすと、彼女はやさしくその手をつかんでくれる。


幻覚にはない、ぬくもりを、感じる。

脱力して、目から涙があふれてくるのを感じた。


僕はあられもない姿で、彼女に泣きついた。

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