ナハペトの王座

帆高亜希

第1話 王位継承権


…後歴51年…


2つの海に囲まれ肥沃な地を持つナハペト王国は、先王ウォーノン2世崩御後に王位継承権で揺れていた。




「絶対ディルダス様が継ぐべきだわさぁ、なんたって正式な王妃様が産んだ王子様なんだから!」



「いんや、ウォルガス様だべ!ウォーノン王が一番愛した妃・エレーニ様が先に産んだんだから」



「なーに言ってんだ、エレーニ様は愛妾であって、王妃ではないだろ!後から産まれようが、身分じゃティルダス様が上だべ」



「うんにゃ、ウォルガス様の賢さは、ウォーノン王も認めていたさ…」


庶民の間でもこう意見が分かれてしまうほどだから、宮廷内はティルダス派とウォルガス派とに分かれ、揺れていた。



ここは宮廷内。

一人の背の高い男が先を急いでいた。



——まさか、このようなことになるとは…——



この男、名をチグラスといい年は26、この国の王室お抱え魔導士兼占星術師、そして王の護衛でもあった。

長い黒髪を一つに束ね、切れ長の黒い目は眼光鋭く見る者を萎縮させる力を持っていた。

王からの信頼も厚く国の運営についての占術を一任されており、今回もほぼ跡継ぎと決まっているウォルガス王子について見立てたばかりだった。


話は3日ほど前に遡る。


チグラスはウォーノン王に呼び出されたため参じていた。

改めて第一王子であるウォルガス王子に王になる資質があるのかどうか、問われていた。



「で、そなたの見立てはなんと出た?忌憚なく申せよ」



王は齢62、老齢ではあったがその眼光には鋭さが宿っていた。

チグラスは跪いたまま少しばかり緊張しつつ自分が見立てた占術の結果を伝える。



「ウォルガス王子殿には王としての資質が備わっておりました」



「おお、そうか!やはり!」



王の表情は明るくなった、自分が一番愛した妃の産んだ子に王に相応しいと聞いて純粋に嬉しかった様子だった。

その王の表情を見たチグラスは緊張が走った。



——伝えねば、この国のためにも——



「ですが…恐れながら誠に申し上げにくいのですが、ウォルガス王子とこの国との相性は芳しくはなかったのでございます」



チグラスはそれだけ伝えると、さらにこうべを垂れた。

この王は自分にとって都合のよいことしか聞かないような愚王ではないとわかりきってはいたが、なにぶん愛妾であるエレーニ妃にのぼせあがっていたため、どういう反応が返ってくるのか想像がつかず、緊張が走った。



「なんと!それはまことか!?」



「はい、偽りはございません。ウォルガス王子殿がこの国の舵をとるのは、凶と出ております」



ここまではっきりと申してしまえば、下手な王だと首を刎ねられかねなかったが、チグラスはこの王に限ってそのようなことはないだろうと信じ切っていたため、思い切って伝えることができた。



「そうか…確かにウォルガスは文武両道でいうことないんじゃが、」



ウォーノン王はここで深いため息をついた。



「我が息子ウォルガスは、ファシムの言いなりになっとるのが気になってな…」



ファシムとはこの国の大臣で、エレーニ妃の兄であった。

元はアルサス王国の最西に位置するネオポリ帝国支配下にあるグレコ出身の奴隷剣士であったが、めきめきと頭角を現し妹である踊り子だったエレーニを妃として献上してからというもの、異例の出世を遂げた男であった。

優秀であったためすっかり国政を任せてしまったのだが、近頃は王であるウォーノンより権力を持ちつつあるのが気がかりであった。 



「このままウォルガスに国を任せても、実質ファシムに牛耳られてしまうのではと気になってな」



エレーニ妃の言いなりになっていた王にまだ理性が残っていて良かった…チグラスはそう思ったが、もちろん口にすることはなかった。



「ファシム殿の生年月日がわかれば良かったのですが…」



占星術師であるチグラスは生年月日をもとに人物を占う。

特性だけでなく弱点までわかるので、ファシムの生年月日がわからないのが残念で仕方なかった。



——あえて公表しなかった可能性あるな——



占術により弱点がわかってしまうのは、致命的。

それをわかった上で公表していないかもしれなかった。



「だが、次の王位をディルダスにしてよいものかどうか…あの子はあまりに幼すぎる」



「もう14です」



「そうであったな…儂はエレーニに遠慮して、正妃が産んだあれを冷遇してしまった。ウォルガスのようにきちんとした教育を受けさせておらんから、務まるかどうか…」



愛妾が産んだ19歳のウォルガス王子に、正妃が産んだディルダス王子…。

正妃は隣国コルトリ王国から嫁いできた王女だったが、ディルダスを産んですぐに亡くなっていた。

こうして後ろ盾がないのもあり、ディルダス王子は正殿ではなく城の北東にある館で暮らしていた。



「今からでも遅くはないです、きちんと教育を受けさせたら王にふさわしき資質もそなわると言えるでしょう」



チグラスは断言した。

冷遇されているティルダス王子とは月に一度剣の稽古をする程度しか接する機会がなかったが、彼の星図を見る限り愚鈍ではなさそうだった。

まともな教育を受けさせてもらっていない上におちゃらけていたため暗愚おバカと囁かれてはいたが、きっと大丈夫だとチグラスは自信を持って推せた。



「これで次なる王位はディルダスと決心できた、チグラスよ、礼を言う。明日にでも早速最高の家庭教師を手配するよう命ずる」



「御意」



こうしてウォーノン王とチグラスの密談は終わった、これが最期になってしまうとは知る由もなく…。
































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