理解の早い部外者
トシがラスト一本のじゃがりこをいつまでもいつまでも食べずに指でもてあそんでいる。
「え、歩生ちゃんの家行ったの?」
「うん。みゃあちゃんに半殺しにされながら」
「ごめんな……」
「いや、いいよ。ちゃんと大坂さんのこと説明できたし」
「……ごめんな」
「なに?」
散々もてあそんだじゃがりこを俺の口元に差し出してきて、それを拒否しながら聞き返すと、トシはもごもごと口の中で何か言った。
「え?」
「だ、だからその、俺が、みゃあに聞かれたときに、まあ二股っすねとか返しちゃったもんだから……」
「おまえ」
ラスワンのじゃがりこで目潰ししたい気持ちになる。首を絞めんばかりの勢いで詰め寄ると、しかし奴はまったく反省していないふうに反撃してきた。
「悪いとは思ってるけど嘘は言ってねーだろ!」
「おまえ絶対悪いと思ってねーだろ!」
「思ってるよ! 心の底から反省してるわ!」
トシが「心の底から」そう思っているときは、だいたいそう思っていないときだ。付き合いも三年目に差し掛かるとだいたい分かる。
すごく責めたいけど、トシが百パーセントまるっと悪いわけでもないので責めきれずに唇を噛み締める結果となった。
むすっとしてトシを見つめると、彼は何の痛みも感じていないふうに朗らかに笑い、すごく自然な感じで話題を変えてきやがった。
「そうそう、彰吾さ、こないだ先週末警察沙汰になったって言ってたじゃん?」
「人聞きの悪い言い方はやめないか」
「わりぃ。でさ、大坂さんの、彰吾株上がったんでね?」
期待のこもった瞳を向けられて、俺は、大嫌いな理由をあんなに赤裸々に告げられたことを伝えるべきか、すごく悩んだ。
でも、トシはいつも俺の味方でいてくれるし、なにかいい案をくれるかもしれない。
昼休みの騒がしいいろんな人がいるこの教室内で、彼女の話をするのは避けたい。だから俺は、トシを連れ出すことにした。
「え、なに? どこ行くの?」
立ち上がって、ついてこいとジェスチャーした俺に素直についてくるトシは、途中から何か俺のただ事でない雰囲気を悟りでもしたのか静かになる。
「……俺」
めったに人の来ない、別棟の理科室の前に座り込む。ひんやりして、気持ちいい。四月、まだまだ朝晩は寒いけど、日中はほんのり汗ばむ日もある。
「あの日、大坂さん……」
大坂千寿が、俺を大嫌いだとあらためて宣言したこと。彼女が俺を嫌いなほんとうの理由。それを俺はいまだに信じきれないこと。でも、彼女に「あたしの言うこと信じないんだ」といじわるに言われたこと。それらがほんとうだったら俺はいったい誰を好きなのか、分からなくなってしまったこと。
それらを、つっかえながら、まったく順序や分かりやすさなど考慮せずに話す。
トシは、うん、うん、とときどき相槌を打ちながら、真剣に聞いていた。
すべて話し終えて頭を膝にうずめると、となりに座っていたトシは、小さな声で言う。
「……俺はなんか、納得したけどなあ」
「え?」
「いや、前に言ったじゃん。大坂さんがおまえに冷たいの見て広瀬がびびってたって話のとき。人ってそんな神様みたいになれるもんかー、って」
「あ、ああ……言ってたかも」
「あれ、ほんとは続きがあってさ。俺は実はおまえのほうが神様に近い性格してる気がするんだよね」
ん?
「あ、全然褒めてねーよ? 歩生ちゃんのこともあるし、わりといろんな人に素で八方美人できちゃうっていうかさ、天性の人たらしっつーか」
「……」
人たらし……なんか、いろんな人にその形容されてるけど、俺は自分で自分を人たらしだと思ったことは一度としてないのだが。
「そんなことないけど」
「あるよ。大坂さんは、たぶん、意識しないと人にやさしくできないんだろうな」
「……」
「でもおまえは、意識しなくても、いくらでもひとにやさしくできちゃう」
それがいいとか、悪いとかの話じゃねーんだよ。と言い、トシは顎を上向けて視線を天井のほうに投げかけた。
「だから、彰吾ってさ、大坂さんがなりたい人間そのもの、なのかもしんないよな」
「……そんなの」
「あー、それで中原、カンニングのとき、大坂さんはおまえのそういうとこが嫌いだっつったのか!」
おかしい。当事者の俺よりも、飲み込みが早くてパズルのピースを埋めるのが速い。
「……なんでおまえ俺より理解が早いの……」
がっくりきて、そう嘆くと、トシは首をかしげて唇を尖らせた。
「こういうのって、たぶん、部外者のほうが見えてるものが多いのかもなあ」
「そういうもの? 俺馬鹿じゃない? だいじょうぶ?」
「だいじょうぶだいじょうぶ、おまえ馬鹿だけどかわいいよ」
「ちくしょう!」
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