裏切りのかわいい

 進学校ならではの方針なのか、それとも先生たちが俺に情けをかけてくれているのか、幸か不幸か留年は避けられる運びとなった。いや、やっぱり進学校ならではなのか。

 とにもかくにも、この学校は今まで留年者というものを出したことがないらしく、自分たちの受け持ちする学年でそんな名誉ある第一号を出すわけにはいかないという先生たちの奮起によって、俺は補習の嵐を黙って耐え忍ぶことで留年を免れた。


「……武本」

「はい」

「おまえ、やりゃあできんだな?」

「えっ、そうなんですか?」


 補習中、何度も先生たちにそう言われた。受験期に漬物になってここに受かったのは伊達ではないらしく、俺はマンツーマンで丁寧に補習を受けて、ちょっぴりその頭角を現した。

 とはいえもちろん、この学校で国公立や有名私立の大学を目指す一群たちとは全然頭の出来が違うので、ちょっぴりはちょっぴりだ。人並み、という感じ。

 数学は繰り下がりの引き算の時点で若干のつまずきがあるものの、ほかの教科に関してはそこまでの苦手意識がないことが幸いし、するすると点数を上げることが可能だった。むしろ、英語とかは文法の仕組みが分かってくると単語などを覚えるのが楽しい。

 というわけで期末試験の時期である。


「おい待て彰吾」

「ん? なに?」

「いや、なに? じゃねーよ、なにあっさり裏切ってくれちゃってんの?」

「え?」


 続々と返ってくるテストの点数を見て、トシがぷるぷると震えている。今しがた返ってきた英語の点数、トシは赤点ギリギリだった。


「え? じゃねーよ! なんで平均点以上取れてんの? おかしいでしょ?」

「んー……なんか取れちゃった」

「取れちゃった、で取れるもんじゃねえんだよ!」


 俺の点数がちょっとよかったからと言ってなぜトシがキレるのかはよく分からないが、点数がよかったことはうれしいので、とりあえず笑っておく。


「これでトシと三年になれる。よかった」

「……っおまえはもう! かわいいかよ!」

「は?」


 いきなり机に突っ伏したトシの頭をつんつんしていると、ふと頭上に影が差す。顔を上げると、三ヶ月ほど前に俺がぼこぼこにした中原くんが能面のような顔で立っていた。


「……なに?」

「武本、試験俺のとなりの席だったよな」


 そうだっけ、と思い返す。試験のときだけ、席は出席簿順になる。俺が武本でタ行、中原くんはナ行の最初なので、まあそうなることもあるかもしれない。正直なところ、前後の席とは用紙をやり取りするので誰が座っていたか記憶があるが、となりはいまいち覚えていない。


「そうだったかもね」

「しらばっくれんなよ、カンニングしただろ」


 俺たちのそばで固まってしゃべっていた女子たちの注意がこちらに向いて、ゆらりとトシが頭を上げる。


「おい、中原」


 トシが地鳴りよりも低いうなり声のようなものを発した。


「彰吾はたしかに馬鹿だし、こんな点数取りやがってって俺も思ってるけどさ、カンニングとかそういうせこいその場しのぎのことするような奴じゃねえんだわ。やっかみなら他当たれ」


 いつも眠たげなやわらかい印象を放つ一重まぶたの下の瞳が、刃物のように鋭く光る。

 カンニングという発想自体なかった俺も、いらっとして口角が下がる。あれ以来、中原は何かと俺に突っかかってくる。そりゃあ、殴られた恨みはあるかもしれないし俺もあれに関しては悪かったと思っているけど、カンニングは完全に濡れ衣だ。


「証拠あんの?」

「俺、おまえと点数ほぼ同じなんだよな」

「それが?」

「間違えたところも似通ってるみたいなんだよな」


 机の上に広げていた自分の解答用紙を見る。ところどころ失点のチェックが入っているその解答用紙を、中原くんは今見たのだろう。


「別に、難易度が高いとこはみんな間違えがちだし、そんなのなんの証拠にもならねーだろ」

「問六、一の文章」

「は?」


 目が、大問六の一問目に飛ぶ。英語を日本語に直す設問で、間違えている。


「間違え方が同じなんだよ」

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