貧乏冒険者と魔剣の願い

マギウス

第一部

一章

第1話 困窮

 テーブルの中央に置かれた大皿から、ディランは恐る恐るパンを取った。そろそろ前髪を切ろうと思っている金髪の奥に、半分隠れた碧眼へきがんが揺れている。

 そのままでは硬くてとても食べられないそのパンを、スープに浸す。スープが澄み切っているのは、決してディランたちが薄味を好んでいるからというわけではない。単に、作ったセリアが材料を限界までケチっているというだけだ。野菜の切れ端が浮かんでいるのが、せめてもの情けだろうか。

 そのセリアはというと、向かい側の席に座ってぶすっとしていた。美少女と言ってもどこからも文句は出ないであろうその顔を、不機嫌そうに歪めていた。が、よほど腹に据えかねているようだ。しばらく黙っていようと、ディランは心に決めた。

 だがセリアの隣に座るウォードが、不意に、今初めて気づいたかのように言った。

「なあ、セリア」

 名前を呼ばれ、セリアはぴくりと頬を動かした。あ、これは下手なことを言うと爆発するな、とディランは警戒した。だが、ウォードにそんな人の機微を察することなど、到底期待できない。

 案の状、彼は致命的な一言を発した。

「これ、ちょっと薄くないか?」

「誰のせいだと思ってるのよ!」

 セリアは、ばん、とテーブルを叩いた。ディランとは違い、綺麗に整え肩まで伸ばした栗色の髪が、ふわりと揺れる。

 びくりと体を震わせるディランとは対照的に、ウォードは特に驚いた様子もなく、少し首を傾げた。

「誰のせいなんだ?」

「あなたが勝手にパーティのお金を使うからでしょ!」

「仕方ないだろう」

 背の高いウォードは、セリアを見下ろしながら眉を寄せた。

「俺の剣はもうぼろぼろだったんだ。武器は冒険者の命だぞ」

「だからって、相談もしないで全員分買い替えるやつがどこに居るのよ……」

「備えあれば憂いなしだ」

 自分の言葉に自分で頷くウォードを見て、セリアはがくりと肩を落とした。

(せめて部屋でやってくれないかな……)

 ディランはそう思いつつ、こっそりと周りに視線を送った。食事中、もしくは調理中の冒険者がたくさんいたが、幸いにも自分たちに注目している者はいないようだった。おおらかな人が多いのか、もしくは毎日のように喧嘩するセリアたちに慣れてしまったのか。単に関わらないようにしているだけかもしれない。

 この宿では、食事は客が自分で作ることになっていた。だから、メニューは皆ばらばらだ。肉の塊を豪快に焼いたステーキを食べているパーティを見つけて、ディランはごくりと唾を飲み込んだ。

 もうこの際、魔物の肉でもいいから食べたい。運が悪いと魔素中毒で地獄の苦しみを味わうと聞くが、飢え死にするよりはまだましだろう。さすがにそこまで困窮するのはまだ先とは言え、覚悟しておいた方がいいかもしれない。

 それなりに頑張ってるつもりなんだけどな、とディランは心の中でぼやいた。せめて食事ぐらい満足に取りたいというのは、贅沢な願いだろうか。

「とにかく、早くお金を稼がないと……ディランも何か考えてよ」

「え、俺?」

「ウォードに聞いても仕方ないでしょ」

 その意見には全くもって同意だった。彼の頭の中にあるのは、新しい装備のことと、日々の鍛錬のことだけだ。とは言え、さすがにそれを本人の前で言う度胸は無い。もっとも、彼はそんなこと気にもしないのかもしれないが……。

「……やっぱり、ギルドの依頼を受けるのがいいんじゃないかな?」

「それが無いから困ってるんでしょ」

 無難に答えてみたのだったが、セリアにぎろりと睨まれただけだった。

 この町の冒険者ギルドでは、少し前から、冒険者の数に比べて依頼が足りなさすぎるという状況に陥っていた。理由は、町の北に新しく発見された地下迷宮ダンジョンが、広いだけで魔道具の一つも無い、どころか魔物すら居ないということが分かったからだ。ダンジョン目当てで集まってきた冒険者が、ギルドに殺到する事態になっている。

 森の中にあるこの町は、二本の街道が繋がっているということ以外、何も語ることがない町だった。特産品があるわけでもないし、周囲に山ほど生えている木は質が悪く、切る人もいない。要するに、ほぼ旅人の宿のためだけの町なのだ。

 それが、近くの森の中にダンジョンなど見つかってしまったものだから、一時的に冒険者が集まってしまっている。ディランたちのパーティもその一つだ。噂を聞いて早く来たためなんとか宿は取れたが、パーティによっては町のすぐそばで野宿しているらしい。

 しばらくすれば冒険者たちも元いた場所に帰るのだろうが、諦めきれずにダンジョンに通っている者たちがまだ残っていた。そもそも、ディランたちのように長期で宿を借りてしまったパーティは、期間が終わるまでは残らざるを得なかった。宿代を無駄にするなら別だが、それはそれで財布へのダメージがでかい。

「なら、南のダンジョンに行ってみる……とか?」

 ディランはおずおずと提案した。

 実はこの町の近くには、新しく発見されたもの以外に、ダンジョンがもう一つあった。古くから知られている場所で、実入りも悪くない。それなのに人気が無いのは、魔物の数が多く、危険度が高いからだ。

「それしかないかもね」

「え」

 物憂げな表情で言うセリアを見て、ディランは驚いて声をあげた。堅実派のセリアのことだ、絶対に反対すると思っていたのに。

「お、行ってみるか?」

「あなたは黙ってて」

 妙に嬉しそうなウォードに、セリアはぴしりと告げた。

(……ほんとに行く気なのか?)

 若干不安になりつつ、ディランはパンを口に運んだ。

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