第12話 結婚して私は妻になりました

【6月26日(日)】

圭さんは結婚式を挙げる日曜日までに必要な書類をすべてそろえてくれた。当日は朝起きてから二人とも落ち着かない。表参道の結婚式場へ10時に到着しなければならない。


それから式後に婚姻届を提出する予定にしているので、圭さんは婚姻届と必要書類の確認、結婚指輪、支払いのお金の確認に余念がない。圭さんはスーツ、私はワンピースを着て、9時前に二人で出発した。


二人ともすごく緊張していて、何もかもがぎこちない。こんなに緊張するものとは思わなかった。二人だけだから、すべて自分たちで段取りをしなければならないこともあるけど。圭さんがガチガチに緊張しているのが分かる。途中、私が手を繋ぐと力一杯握ってくる。


10時少し前に結婚式場に無事到着してほっとした。すぐに事前の打ち合わせを済ませる。私はウエディングドレスに着替えるのに時間がかかったけど、鏡の中にウエディング姿の私を見つけてうれしくて涙が出そうになった。でもここで泣いてはせっかくお化粧してもらったのが台無しになると我慢して、式場へ向かう。


圭さんはウエディングドレスを着た私をジッと見つめて「とてもきれいで可愛い」と言ってくれた。この時、私はもうすっかり落ち着いていた。


神父さんの前で式が進んだが、圭さんは緊張で硬くなっている。いつものクールな圭さんとも思えない。緊張して指輪を落としそうになったし、キスがぎこちない。記念写真を撮り終えて着替えてからようやく落ち着いてきたみたい。


「圭さんがすごく緊張していて心配したわ」


「どういう訳か、すごく緊張して、式の内容を覚えていないんだ」


「私は全部覚えている」


「でも無事にすんだのでほっとしているよ」


「本当にありがとう。嬉しかった」


それから、近くのレストランでフランス料理のランチをゆっくり食べた。緊張して疲れたのと、感激してこれまでのことを思い出してか、お互いに言葉がでない。「よかったね」と「よかった」だけだが、気持ちは通じている。


食事を終えてしばらくすると二人元気が戻ってきた。それで区役所へ行って婚姻届を提出することにした。休日だけど婚姻届は受け付けてもらえるとのこと。


区役所に到着すると、先に1組、婚姻届を提出しに来ていた。二人とも30過ぎで圭さんと同じくらいの年齢に見えた。


しばらくして、私たちの番になった。準備した書類を提出して、圭さんは運転免許証、私は健康保険証と生徒手帳を提示した。私には戸籍謄本から両親がいないことが明らかなので、本人の意思を尊重することで、婚姻届は受理された。


そして、婚姻届受理証明書を発行してもらった。1週間くらいで戸籍ができるとのこと。これで正式に圭さんの妻になることができた。夢みたい。


新婚旅行については、事前に相談したけど、私が授業もあるから必要ないと言うので、別の機会にどこかへ行くことにしていた。帰りに家の近くのケーキ屋さんで小さなケーキ、スーパーで食材を買って、家へ戻った。


そして、二人で時間をかけて記念の夕食を作った。昼はフランス料理だったので、夕食は和風にした。そして今日一日を思いだしてその時の気持ちをお互いに話しながら食べた。こんなに二人笑いながらの夕食は初めてだった。


それから、ウエディングケーキに見たてた小さなケーキに二人で入刀した。その写真も記念に撮った。ケーキに入刀したら、嬉しくなって圭さんに抱きついてキスをした。圭さんも少し長めのキスを返してくれた。そしてケーキを食べながら何度も何度もキスをした。これこそ本当の甘いキス。


後片付けは、私がして、圭さんはお風呂の準備。圭さんが先に入ったのを見て、すぐに服を脱いで後から「お背中流します」と言って入った。圭さんは髪を洗っていたけど、驚いたように見上げた。そして裸の私に驚いてまた下を向いた。


「良いよ。もう上がるから」


「遠慮しないでください。今日から正式な妻になったのですから、夫の背中を流すのは妻の役目です。いや権利です」


圭さんは私の気持ちを察して「じゃあお願いします」と言ってくれた。タオルに石鹸をつけて丁寧に背中を洗う。そして「今度は私を洗って下さい」と背を向けた。


圭さんは丁寧に背中を洗ってくれた。途中で「胸も」といって向きを変えた。圭さんは真剣に洗ってくれている。ジッと私の身体を見ている。恥ずかしい。ひととおり洗ってくれると「じゃあお先に」と急いで先に上っていった。


身づくろいをして、寝室に入ると布団が隣り合わせに敷いてあった。明かりが落としてある。圭さんが座って私を待っていた。どうして良いか分からなかった。すぐに布団の上に座って「不束者ですが、よろしくお願いします」といって抱きついた。


抱きついた途端嬉しくて嬉しくて涙が止まらなくなった。そして本当に大声でわんわんと泣いてしまった。なぜ嬉しくて泣いてしまうのか分からなかったけど思いっきり泣いた。圭さんはただ、ただ、私を抱きしめてくれた。このまま泣いていてはだめだと気が付いて「抱いて下さい」と言った。


力一杯抱きついていた長くて短い時間が過ぎた。圭さんが抱きしめた腕の力を抜いていく。私はもうすっかり身体から力が抜けている。私は「ありがとう。うれしかった」と身体を寄せたけど、顔を見るのが恥ずかしかったので、圭さんの肩に顔を伏せた。圭さんは頭を撫でてくれた。


「美香ちゃんに今こういうことを言うと怒るかもしれないけど、プロの女性との経験は結構あったけど、素人の女性は美香ちゃんが初めてだった。心が通って愛し合うことがどれほど素敵なことか分かった。ありがとう。これから美香ちゃんをもっともっと大切に優しくすることを約束するよ」


「私も、好きな人と愛し合えることがどんなに素晴らしいことか分かりました。こちらこそよろしくお願いします」


急に雨音がする。かなり強い雨音。だんだん強くなる。


「雨が降り出したみたいだ。外で雨に降られるのはいやだけど、こうして夜に雨音を聞くのは好きだ。それから休みの日、朝から雨が降っているのも。なぜか心が落ち着く」


「私も雨音は好き、聞いていると悪い思い出をすべて洗い流してくれるようで」


それから、圭さんはいつものように、私を後ろから優しく抱いてくれた。すごく幸せで満ち足りた気持ちがする。雨音を聞いていると、すぐに二人眠りに落ちたみたい。

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