存在証明

 私は私の存在を此処に刻むべく、夜の鬼どもを描き始めた。夢の底で現れた、貌の無い悪魔の群れが私を抱き、谷底へと連行して往く。罪を償う為か。否。食材と成る為か。否。其処等で嗤う闇どもが遊戯に耽る程度だ。母親の如く温かな地獄の釜を開き、私は数多を投げ棄てる。父親の如く頼もしい、存在証明を投げ棄てる。謝罪の言葉も在らず、私は微笑みを浮かべ、鬼の囁く儘に文字列を投棄するのだ。血は黒の一色で成り立ち、黄色の印すらも赦されぬ。真実だけだ。私が所有するのは此処で得た『真』だけなのだ。詩を垂れ流す気分でも在らず、妙な赤色の三日月を視た。呑まれる。呑み込まれて終う――私の心身が闇も忘れ、赤に堕ちて往く。沈む。沈む。手を伸ばす。足を伸ばす。されど地面も宙も無い。回る。廻る。嘔気に囚われ眩み続ける。私は何処に在るのだ。私の血肉も赤に融け、脳味噌を嘲る。残酷なものだ。混ざり尽きた方が心地良いのに、私は酔っ払う事を拒絶した人間。畜生。胎が膨らむ。赤の流動が内臓を膨張させる。撹拌させる。沸騰させる。されど痛みは無く、永続的な『真』が哄笑するのみ。此処が私の終着点だ。此処が証明の最終地点だ。此処が存在証明可能な最期の未曾有だ。私はもう、疲れて終った。無意識に戻ろう。普遍的に回帰しよう。私の尖った時代は幕を閉じ――生活が始まった。

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