蛆蟲

 俺は人間が嫌いだ。奴等の貌は如何にも気味が悪い。感情を殺す貌も感情を晒す貌も感情を装う貌も、総ての凹凸が嫌いだ。奴等の輪郭は如何にも嘔気を催させ、胃袋の底を締めて嗤う。俺は兎に角人間が嫌いだ。勿論、俺自身も嫌いだ。感情で己を束縛する姿など――しずくが地面を濡らす――不愉快滑稽の窮極だ。忌々しい。清々しく現状を無くせば好い。必ずや新の道が開かれる。されど俺は人間だ。臆病者だ。歯車の一部以外に安堵可能な空白は在り得ない。地獄よ。如何か俺の精神を阿鼻叫喚で抱擁し給え! 怒りに身を任せ、奴等を撲り続ける勇気を。不可能だ。俺に如何なる蛮勇が似合う。俺に如何なる暴虐が似合う。俺に如何なる罪が似合う。誰もが想像する筈だ――そんなことはありえない――糞が。限界など数箇月前に越えて在る。殺したいのだ。俺は俺自身を殺して嘲笑い他いのだ。堕ちて。墜ちて。他の生命体に成り……方法は解らぬ。脳味噌も人間だ。業が煮える。滾る。俺に如何なる憤慨が成せた。悲しみか。拳を握りながらしずくを呑んだ現。救済の蜘蛛糸は潰えた。終を得る為には神頼み以外に思考不可能。ああ。神よ。愚かな人間に悪魔の宝物を。闇への囁きを……俺は縋った。一心不乱に。頭蓋が変形するほどに激突した。畜生……畜生……奴畜生が……俺など。俺など。


 彼は良い人間でした。

 きっと。イゴーロナクが差したのでしょう。

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