螺旋階段

 此れを君に渡す。其処の毛布に包まれて夢の世界へ――僕の脳に残った言葉だ。誰だったのか。輪郭も理解し難い、彼でも彼女でも無い霧記憶。想像上だが人間とは言えず、僕の世界現実を嘲笑う邪悪だった。されど邪とは人間の勝手な妄想。真に邪悪な存在など在り得ず、如何なる物体でも理は在る筈。ああ。何故か。僕の思考を捻じ曲げた所以は景色に在る。呑み込まれる悦に有る。廻るのだ。岩が。山が。虚空が。闇黒が――人間の顔面が廻り続けるのだ。双眸に映るのは僕の双眸。耳朶を擽るのは僕の発声。ぐるりぐるり。堕ちて往く。螺旋階段僕の無限に堕ちて往く。終を得る事は無く、飽きるほどに狂うのだ。幾分だ。幾時間だ。幾日だ。幾年だ。長いのか。永劫なのか。されど僕の限界は死んだ。誰かに殺された。奴に屠られた。渡された『もの』は永続的な正気だった。無限楽園ヨグ=ソトホウトを楽しもう。此処では苦痛も塵芥。帰還は不要だ。違う。断じて。僕は人間だ。地球に棲む知的生命体だ。全知の球体に【個】だと認識されても僕は僕だ。脱出口を探さねば。破壊可能な戸口を探さねば――誰かの声は無音でも判る。嘲笑だ。忌々しい都合主義ナイアルラトホテップだ。機械仕掛けの道化師ナイアルラトホテップだ。夢見人ランドルフの足跡を追え。銀の鍵は塵匣だが問題皆無。ああ。思い憑いた。僕の逃走劇は終幕だ。此処は曲線の牢獄。善の領域。文字通りの楽園。地獄の仔は何だった。無間地獄の仔は何だった。猟犬だ。鋭角の解放。悪の領域。階段を外れて輪郭を失くそう。さあ。僕が餓える。僕が融ける。膿が溢れる。如何だ。糞の如き混沌よ。今直……餓えた。渇いた……俺が……貌を喰らいに階段時空を駆ける!

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