ブロークンコンピュータ

日々ひなた

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 現代社会において普通とは大多数の人間が占める特徴を持った人間の集団である。ゆえにそのルールから外れた者は有名人、もしくはボッチと呼ばれる。

 その現代社会の中でこの男子高校生―――星野真也はいわゆる普通の人ではなかった。

 といってもルックスや運動神経が特別良い訳ではなく、かといって頭も悪くはないが優れているというには不十分であった。しかし彼はボッチという訳でも無かった。

 学校ではスクールカーストという見えない壁があり、基本的に運動部やチャラい人間は上位に、文化部やヲタクは「陰キャラ」と名付けられ下位に位置づけられる。

 学校生活ではこの制度は大きな力を持っており上位は纏まってカラオケやスポーツで青春を謳歌し、下位は集団でゲームや部活、勉強に勤しむ。

 このピラミットはほとんど卒業まで変わることはない(例外的に運動部が受験のためにあえて下に落ちたり、文化部が上位の人間と趣味が合うなどで引き上げられることはあるが)。

 このくくりで言えば真也は「陰キャラ」に籍を置く人間だ。しかし真也の交流関係は謎であった。

 先輩や後輩、運動部に文化部、男女関係無く交流があり、しかも一方的に利用される立場ではなく対等な関係としてである。どのような人間であろうと人間関係が成立するのだ。

 これだけだと人間関係が上手な人に見えるだけだ。しかしこれは普通の人ではないと排除する要因にではない。


 ただ一点、普通の人とは異なる所があった。星野真也は感情や心というものを持っていない。例え感動の物語を見ても涙は出ても悲しいとは思わない。

 男子高校生特有のR18の話を聞いても興奮したことがない。面白いものを見ても顔は笑顔になるものの心から笑ったことはない。残酷な話を聞いても心が動くことはない。

 同情も良心も一切存在していなかった。

 これを聞くと人間関係が上手いようには思えないだろう。しかし感情がないということは欠点ではない。工夫次第ではどうにでもなるのだ。


 それが自分の心を作るということだ。これは見せかけのフリとは根本的に異なっていた。

 もちろん相手に合わせてフリをするのは大人の社会では社交辞令として行われることは良くある。

「フリ」というのは本心でもないことをあたかも心から話すよう見せかけたり、興味の無いことでも楽しそうに相槌を打つというような一過性の行為だ。

 だから目的が終われば元の自分に帰ることが出来る。


 真也にはこの帰る元の自分が存在していなかった。だから全ての行動はその場においては「フリ」では無く「本心」なのだ。

 相手が望む態度、会話、表情を織り交ぜた心をその場で作り上げそれが星野真也であると思い込む。

 そこに辻褄合わせの嘘と場合に応じた乱数を練りこめば完成する。これを利用することで人間関係は一時的にだが欠けがなくフリ以上に上手く成立する。

 どの様な相手であってもどうにかなるので人間関係を重要視していなかった真也にとってはある種便利な技術であった。

 この合理的な人間関係の構築は高校を踏み台程度にしか思っていなかった真也にとってみれば何ら不満はなかった(そもそも不満という感情すらあったか怪しいが)。


 といってもこの怪物は元から狂っていたとは言えない。

 昔は人の心を持った人間だった。綺麗なものに心躍らせ、人と居ることに楽しみを覚え、大切なモノを失えば涙を流す。時に気に食わなければ怒り、心を奪われたモノに恋をした。

 それがふと気が付いた時にはそのような感情は存在していなかった。周りの人間、環境、友達、思い出。これは真也にとっては感情ではなく単なるデータの一部として変化していた。

 必要なものは保存、不必要なものは削除。いつしか真也の日常は計算と合理性からしか紡がれなくなっていた。


 この合理的な人間関係で平和な高校生活を終わらせるつもりだった。だがある人間によって彼の計画は破綻する事となる。


 つまりこの同じ学校の女子高校生―――亀井加奈は真也から見て異様な存在であった。

 加奈は彼の計算から外れまくっている「バグ」であった。この人間と触れ合うと真也の計算はことごとくエラーが起こる。

 そもそも偶然出会う事が多い人間ではあったが趣味、性格、人柄等はまるっきり異なっていた。一言で言い表すなら「博愛主義」そのもの。

 自己犠牲を厭わない聖女のごとき人間であった。真也と180度異なる慈悲深いこの女は文化系なので下位のグループに位置しているがやはり人柄なのか人望は厚かった。

 男女問わず交流があり、友達というよりかは半ば魅了という形で周囲を取り込んでいった。

 この人間と話すと会話が進まないためあえて遠ざけるも上手くいかない。つまり彼のデータにない理解不能な人間だった。


 一般的なテンプレートに則りつつがなく終わるはずの会話が何故か途切れない。その場に応じて態度を変化させても謎に受け入れられる。

 予期せぬカミングアウトに対する返答の仕方。


 このような繰り返しが続きついに真也の思考回路は異常をきたし始めた。何もないはずの真也の日常に亀井加奈という存在が組み込まれ始めたのだ。

 そこで真也はある手段を思いついた。新しい情報を追加したのだ。

 それは昔真人間であった頃に受けた屈辱という感情データを憎しみに書き換えて保存した。それが「人間嫌い」という感情データであった。

 くしくも加奈は昔の真也と接点があった(らしい)ので効果的な対策となるに違いないと。これを加奈に伝えればこの「バグ」を消せるのではないかと。

 しかし結果は惨敗だった。何故か関係が切れない。この時点で真也の敗北は九割九分決まったようなものだった。


 そこで真也は最終手段に出た。人間関係が切れないなら自分の根幹からから壊してしまおうと。

 そこで持っている悪逆のデータを使い尽くし人間として破壊するあと一歩まで迫っていた。

 温厚な加奈に嫌われるのは大変な手間ではあったが概ね計画通りであった。もうこれで星野真也という人間を侵す敵は消えるはずだと。

 しかし自分では既に壊せなくなっていた。最後に日常生活に組み込まれた「バグ」は星野真也の空っぽの心を侵食していた。

 結局真也はこの「バグ」によって壊されていたのだ。


 その後この二人は特にこれ以上でもこれ以下の交流があるわけでもなく卒業した。

 亀井加奈からして星野真也との交流はおそらく他の人間となんら変わりないいつも通りの行動をしたつもりなのだろう。もしかしたら彼女にとってはどうでもいい存在だったのかもしれないし興味が無かったのかもしれない。

 だが星野真也からすれば亀井加奈は異常であり、また大きな影響を与えた人間なのだ。

 これから先この加奈という人間と真也が合うことは無い。だがこの学生の間の短くも複雑な経験はデータとして、いや感情として心に刻まれることだろう。

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