源氏蛍と平家蟹

阿井上夫

第一話 「実名報道」

 はいどうもー、源氏蛍げんじぼたるですー。(源)


 どうもー、平家蟹へいけがにですー。(平)


 今回が初登場ということで、私たちも張り切っていきたいと思うんですけれども。(源)


 はいな。気張らんと二回目がありまへん。(平)


 それにしても、最近は凶悪な少年犯罪が多発しておりますね。(源)


 この間の、多摩川に下級生呼び出してカッターナイフでめった刺しした事件なんか、犯人の素行があまりにもひどかったもんやから実名から自宅住所までネットでさらされて、大変なことになっておりますが。(平)


 そこで、まずは「少年法」の内容と論点についておさらいしておきたいと思います。(源)


 つまり、ウィキペディアの焼き直しでんな。(平)


 分かっていても言わないのがお約束です。(源)


 えろうすんません。(平)


 日本で最初に少年に関する法律が制定されたのは、大正十一年の「旧少年法」です。この時の「少年」は十八歳未満、死刑にできる年齢は十六歳以上となっていました。(源)


 今よりも二歳年齢が低くなってますな。(平)


 現在の少年法ができたのは昭和二十三年七月十五日、つまり戦後です。GHQの指導により、アメリカの少年法を模範として制定されました。(源)


 ほー、輸入物でっか。(平)


 戦後の混乱期、深刻な食料不足の中で孤児による窃盗、いわゆる『カッパライ』が増加していましたし、大人による犯罪の手下に使われる例も多く見られました。そのため「刑事責任の追及や、刑罰による処分」ではなく「家庭裁判所による保護と更生」を目的として、条文が作られています。(源)


 まあ、戦後やったらしゃあないところがありますわな。(平)


 保護内容には年齢による若干の違いがあります。「十一歳以下」は そもそも刑事責任年齢に達していないために処罰されません。「十二歳から十三歳まで」は、刑事責任は問えませんが少年院に送致される可能性があります。「十四歳から十五歳まで」は、刑事裁判の対象外ですが少年法によって処罰されます。「十六歳から十八歳まで」は、家庭裁判所が「刑事処分が相当」と判断した場合は検察に送致することができますが、死刑は無期に、無期は二十年以下の有期に減刑されます。「十八歳から十九歳まで」は、家庭裁判所が「刑事処分が相当」と判断した場合は、検察に送致することができます。十八歳以上の場合、刑罰は成人と同じです。(源)


 ありゃ、「二十歳未満は罪に問われない」もんと、ざっくり思っておりましたが、随分と細かく分かれてますな。(平)


 最大のポイントは報道規制、つまり実名報道の禁止でしょう。少年法の第六十一条に「記事等の掲載の禁止」という項目があり、「氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人であることを推知することができるような記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載してはならない」とされています。(源)


 「記事」とか「出版物」とかありますやんか、個人がインターネットの掲示板で書くのは、この条文に抵触ていしょくしていないように見えまんな。(平)


 そちらはむしろ、「犯人だと特定して書き込んだ人物が、実は間違いだった」場合の名誉棄損めいよきそんや損害賠償の問題があるでしょうね。さらに、犯人が自殺した事件を「更生の可能性がない」として実名報道した報道機関に対して、当時の法務大臣は「死亡後も保護対象から除外されない」という判断を示したことがあります。一方で、事件の重大性を鑑みて実名報道された例外的な事件もあります。(源)


 えっ、死んでても実名はあかんのですか!? 何を守っているのか分かりませんやん。(平)


 さてさて、少年犯罪の凶悪化や低年齢化に伴って、法律の見直しは行われていますが、現在もさまざまな問題点が指摘されています。主な論点は以下の四つです。(源)


 はいな。(平)


 その一、昭和二十三年制定の法律であり、混乱期に戦争孤児を保護することが原点であることから、現在の安定した社会の中で凶悪化、低年齢化する未成年や、いじめ問題までを同法の対象とするのは不適切である、という論点。(源)


「近頃の甘やかされたガキをどうして守らなあかんねん」という意味でんな。(平)


 その二、戦後と現在を比較すると、むしろ少年の凶悪犯罪は四分の一まで減少しており、現行の少年法は十分に機能しているのだから改正する必要性はない、という論点。(源)


「なんで上手くいってるもんをわざわざ変えなあかんねん」というヤツでんな。(平)


 その三、実名報道の禁止は憲法で規定されている「表現の自由」を侵害する可能性があり、国民の「知る権利」の観点から少年法の改正が必要である、とする論点。(源)


「教えてくれへんから、逆に気になってしゃあないやん」ということでんな。(平)


 最後に、被害者側のプライバシーの問題と比較して、著しくアンバランスであるという点。(源)


「なんで被害にあった私たちのほうがいろいろ暴露されなければいけないの」という話でんな。(平)


 その中でも、今回は実名報道の問題を取り上げる訳ですが。(源)


 私、いつも疑問に思っていたんですが、なんで二十歳未満の未成年だけが対象になるんでっか。(平)


 それは、未成年の『可塑性』、つまり再教育によって十分更生の余地があることを重視したものと言われています。(源)


 ということは「大人はどうしようもないから、自分でなんとかせい」と。(平)


 まあ、そうなりますね。(源)


 たまに居てはりますやん。どう考えても子供っぽい大人と、どう考えても大人っぽい子供。あれを年齢で区切って扱うのは、なんか実感にあいません。それやったら、家庭裁判所で「あんたは子供やから少年法」とか、振り分けてもらったら、なんぼかマシになりそうでんがな。(平)


 法律は「法の下の平等」を優先するから、主観的な判断は趣旨に反します。(源)


 そうでっか。じゃあ、大人でも更生可能なもんは実名報道不可で、再犯のようなしょうもないやつだけ実名報道にするのはどうでっか。未成年だけ実名不可、というほうが変ですやん。(平)


 そちらは被害者側の心情を考えると難しいですね。(源)


 だったら、被害者も実名報道不可にするのはどうでっか。別に知ってもしゃあない、個人の趣味趣向のところまで報道されるのは、ただの『出刃亀趣味』であって『国民の知る権利』とは違いますやん。(平)


 凶悪事件の場合には、実名報道で早期逮捕にこぎつけたい場合や、被害拡大を回避したい場合がありますから、それを制限する方向に法改正することは、現実問題として難しいと思います。(源)


 はいはーい。(平)


 どうしました平家蟹さん、急に手を上げて。(源)


 今、実名報道問題について、画期的な解決策を思いつきましてん。(平)


 ほほう、読者の興味をがっちりと引きつけそうな大胆なセリフですが、本当に大丈夫ですか。コケるとめちゃくちゃ叩かれますよ。(源)


 大丈夫、大丈夫。実名は報道しちゃあかんということでっしゃろ。(平)


 ええ、その通りですが。(源)


 ということは仮名は全然OKでんな。(平)


 まあ、『少年A』という一般的な表記もありますから、そうでしょうね。(源)


 それを、思いっきり中二病の悪化したようなやつか、下ネタ満載のやつか、なんかよう分からんような、ごっつう恥ずかしい名前にしますねん。例えば『暗黒騎士団の薔薇男爵』とか『肛門性愛野郎』とか、まあ、そんな感じ。それを、報道機関が流す訳ですな。朝のN○Kニュースで清楚なお姉さんが連呼すると。「川崎在住の『暗黒騎士団の薔薇男爵』が――」てな具合に。(平)


 それは――かなり恥ずかしいですね。(源)


 でっしゃろ。それを繰り返しますねん、執拗に。(平)


 執拗に、ですか。(源)


 そうそう、そして最後にはきっとこうなります。(平)


「もう我慢できないから、実名報道してちょうだい!!」(源、平)

 

 いや、思わず乗ってしまいましたが、あの……それだと犯人に対する名誉棄損で問題になりませんか。(源)


 へ? なんででっか? だって犯人が誰なのか分からんのでっしゃろ。それじゃあ人権になんか配慮できませんやん。まあ、大手の新聞やテレビでは放送コードに引っかかって無理があるにしても、インターネットの世界やったら別に問題ないのんと違いますか。実名やなくてあくまでも仮名ですし。(平)


 ほほう。(源)


 あの源氏蛍はん、大丈夫でっか。なんか目付きが変わってまんがな。(平)


 確かに仮名だから名誉棄損とか言われても困りますね。ふふふ。特定の個人を名指ししている訳ではありませんし。ふふふ。SNSやなんかで呼びかけて、今日から彼のことを語る時には『クソムシ以下の下等生物』にしましょうと扇動したりなんかして。ふふふ。確かに「何か問題でもありますか」ですわね。ふふふ。(源)


 源氏蛍はん、ほんまに大丈夫でっか。おかしな笑い方でんがな。おーい……(平)


(終わり)

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