吟遊詩人の眠り
フィアが起きだす頃、吟遊詩人は少しだけ眠りにつくことにした。
「水は汲んである。それを使いなさい。あと、この石で囲った枠の中から出なければ何をしてもいい」
手水を済ませたフィアにそう告げた。
「どれくらいで起きますか?」
「何故?」
「吟遊詩人様が起きたときにちょうどいい頃合いで食事を出したいんです」
「気にすることはない。私はほんのひと時眠れば、それで大丈夫な身体だ。食事が出来上がった頃合いで起こしてくれれば問題ない」
「そんなっ!」
それが吟遊詩人の代償なのだと、言えればどれくらい楽なのか。言えるのは「気にするな」という言葉のみ。
眠りにつく吟遊詩人をフィアは確認した後、少しばかり文字の練習をした。
そして朝日が少し高くなる頃、食事ができたと起こした。
吟遊詩人は気づいていた。動く気配があるのだから。だが、少しでも休ませようとするフィアの心遣いをありがたく貰った。
「さて、動こうか。足元が悪いから気をつけなさい」
「はいっ」
フィアの荷物の一部を吟遊詩人は肩代わりして歩く。その間にも、様々なことを教えていく。
おそらくフィアは故郷には戻れない。上手く旅先で落ち着ける土地があればいいが、今のご時世余所者が落ち着ける土地などそうそうない。つまり、吟遊詩人と同じように旅をして歩くことになる。
だからこそ、必要な知識は教えていく。
「君の父上は、行商人か何かをしていたのか?」
「うーん。そんな話は聞いたことないです。ただ、母ちゃんは余所者だったってみんなに囃し立てられました」
「なるほど。だからか」
不思議そうな顔をするフィアに、親父が渡してきた金のことを話した。親父が寄越した金は、ただの護衛としては多すぎた。そして袋の中には、走り書きの文字で「娘に必要な知識を」と書いてあったのだ。
つまり、宿屋の親父は旅をしてあの地に流れ着いたのだと解釈した。ところが、だ。
「あの地を君の父上が出たことがないとしたら、外から来た君の母上の知識か……それともあれ以上進めなかったための教訓なのかは分からない。だが、持たされた金子はその知識の、入門部分を教えるには十分なのだよ」
「多分、あたしの着替えとかそのあたりも入っていたんだと思いますけど」
宿代だって馬鹿にならない。それがフィアの言い分だった。
「いや、最初のうちは野宿になる。逃げるように出てきたからね。それが分からないほど、君の父上は愚かじゃない。それに、適正な金というものをよく知っている」
「……はぁ」
よく分からない、そんな顔をしていたが、そのあたりも分かるようになるまでは面倒を見るくらい、暇ではある。
物語の中なら、フィアの母親は高位貴族のお嬢様か、王族で。政変や、悪者から逃げてきて、宿屋の親父に匿われて。そして、
そんな事はそう起きない。
誰よりも吟遊詩人がそれを知っていた。
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