吟遊詩人、旅する

誰のための歌


 山奥にある廃坑。

 閉鎖されて既に久しいが、街道が近かったため山賊の拠点となっていた。冒険者に討伐を依頼するものの、一度として成功したためしがない。いつの間にやら、その街道は寂れ、近くにあった集落も廃墟と化していた。


 かつては賑わっていたであろう、その道を吟遊詩人はのんびりと歩く。


 現在この道を通るのは、よほどのお馬鹿か、次の集落へ急ぐ時くらいなもの。つまり、山賊からしてみれば、吟遊詩人は前者となる。


 久しぶりの獲物に、山賊たちは浮足立った。身なりのいいカモが、拠点の近くに来たのだから。


 吟遊詩人を囲んだ山賊たちは、下卑た笑いを浮かべていた。

「おや、あなたは賞金首のアズラルか。こんなところにいたとは」

「そういうお前こそ賞金首だろう、吟遊詩人」

は何もしていないはずだが」

「隣の領主さまを呪い殺したともっぱらの噂だ」

「やましい者は、勝手に罪を作る。そのようなふざけた呪いは、この世に存在しない」

「それには同意するが、俺らも金が欲しいんでね」

 アズラルの言葉に、吟遊詩人は微笑み、リュートに手をかけた。


 ぽろん。

 それを皮切りに、音楽が奏でられた。


 次の瞬間、山賊の一味が倒れだした。

「睡魔の奏か。……いやこれは……」

 倒れたはずの一味が、アズラルに向かって動き出した。

「悪趣味だ」

「あなたほどでは。それに俺は非力なのでね」

「どこがだよ」

 吟遊詩人はふわりと浮いた。

「存分に殺しあえばいい」


 ぽろん、ぽろん、ぽろろん。

 岩の上に座って音に合わせて吟遊詩人は歌いだした。

「山におわすは、山の神。

 大地を守る地母神の子。山に住む命の守り神。

 山の神は人を嫌う。生きとし生けるものを奪う。

 神の隠した宝を奪う。

 それゆえ、山の神は人を嫌う」


 その瞬間、ズンという地鳴りがした。

 そこで正気に戻った山賊たちは、見るも無残なアズラルに驚いた。己たちが殺めたのだと、気づくまで時間はかからなかった。

 その原因が、吟遊詩人であると疑いもしなかった。

「俺は何もしていない。曲を奏で、歌っただけだ」

 そんな言葉は山賊たちに通用しない。

「山の神のお許しもいただいたことだし、遊ぼうか」

 にたりと吟遊詩人がらう。


 死したアズラルの傍に行き、剣を奪う。


 ぐちゃり、何かを踏み潰す音がしたが、吟遊詩人は気にしない。

「よくもお頭をっ!!」

「あなたたちとて、無関係な旅人を殺めた」


 ひゅん、という音と共に、山賊の一人の首を斬る。次の山賊の首は突き刺して。

 手足を斬って。

 腹を裂いて。


 それは山賊たちが旅人にしてきたこと。

「さすがに私はあなたたちに興味がないから、犯せないけど」

 それ以外の方法なら、吟遊詩人は同じことが出来る。

「ゆ……許してくれぇぇぇ!!」

 一人が叫ぶと、残っていた山賊たちは逃げ出した。

「あなたたちに狙われた方々も同じことを言ったはず。『許してくれ、見逃してくれ』と。それを無視したあなたたちに、未来はない」

 吟遊詩人が先ほど殺めた山賊たちが起き上がり、生きている山賊たちを食いちらかしていく。

 なんとも滑稽な風景だ。


 吟遊詩人は再度岩の上に座り、曲を奏でながら、それが終わるのを待つことにした。

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