小麦粉ヤクザ、異世界へ行く

芳川見浪

第1話 小麦粉ヤクザ、推して参る


 兵庫県神戸市、稲山組事務所。

 未南雲優みなぐもまさるは来客用のソファに座ると、向かいにいる若頭の郷田に尋ねた。

 

若頭アニキ、自分に頼みたい事とはなんでしょう?」


「おう、まあ楽にしろや」

 

 言われて優は少し股を開いた。郷田は頬についた傷(かつての抗争で負傷した時のもの)を撫でてから呼び出した要件を伝える。

 

「おめぇにちょっとやってもらいてえ仕事もんがあんだがよ、ちとばかし危ねぇ橋を渡る事になんだ」

 

「水臭せぇですよ若頭アニキ若頭アニキの命令ならなんだってやりまさぁ、こないだだってポン刀一本で組一つ潰したばっかですぜ」


「ハッハッハ、そいやそうだったな。なら遠慮なくいくぜ、おめえに運んで貰いてえブツがある」

 

「そいつは一体なんです?」

 

「物資だ。小麦粉とか色々な」

 

「小麦粉すか」


 小麦粉、使い古された麻薬の隠喩だ。

 今回郷田が口にした麻薬の種類が気になった優は口を挟む。

 

「差し支えなければその小麦粉について教えてもらえますか?」

 

「んな事聞いてどうする。まあいいが用途の一つとして、まず小麦粉を水に溶かし、塩と酵母を混ぜる」

 

「んんっ!?」


「出来た生地を焼いたらパンができる」

 

「いやそれ小麦粉じゃないっすか!!」

 

「最初っからそう言ってんだろうが!!」

 

「なんでヤクザ俺等が小麦粉運ぶんすか! そんなのク〇ネコヤマトにでもやらせればいいでしょうに!」

 

「こないだ展開した事業が失敗したからその埋め合わせに色々手を出さなきゃいけねえんだよ!」

 

「世知辛いっすね」

 

 少し落ち着いたところで、二人揃ってお茶を一杯飲んで更に気分を沈める。

 

「ふぅ……しかしただの小麦粉なら逮捕さパクられることも無さそうじゃないですか、何が危ないんです?」


「危ねぇのは届ける場所だ」

 

「そいつは一体」

 

「最近出現した……異世界だ」










 

 日本から東南東へ約三千キロ、ある日、太平洋のど真ん中に世界中を震撼させる島が現れた。

 形は綺麗な真円、直径五キロの小さな島だ。

 後に、ムーラ島と名付けられた。

 専門家は海底火山の活動が原因で沈んでいた島が浮上したと結論づけた。

 

 しかし浮上しただけじゃ世界は驚かない。世界を震撼させたのは、そのムーラ島に存在する人工物だ。おそらく元は神殿、朽ちた柱と不思議なアーチだけが残っている。

 直ぐに調査隊が結成され島に上陸する。

 調査隊の調べによると、その神殿に使われていたとされる石はこの世界には存在しない元素が含まれていた。では一体どこの世界にあるのか、その答えは意外と早く知ることになった。『神様』が教えてくれたのだ。

 

 そう『神様』が。










 

 数日後、ムーラ島港湾部。

 いかにも急ごしらえで作ったというようなお粗末な木製の船着き場を歩き進める。

 若頭の話では、必要な道具と武器は現地に輸送しておいたとの事、また異世界から呼び寄せた案内人ガイドがつくとも言っていた。

 更に、今の優は異世界を調査する科学者という事になっていた。一体どうやって手回ししたのだろうか。

 

 優はワックスで整えた髪を弄る。異世界をよく知らないため服装は登山用のアウトドアファッションにしていた。

 

「お、おーいオッサーン! こっちやー」

 

「あん?」

 

 声がする方へ顔を向ける。そこには青みがかった透き通る髪をボブカットにして、スッキリとまとめた小柄な少女が優へと手を振っている。

 ガーリーな雰囲気のあるシャツにデニムのショートパンツ、ふんわりとした青のノーカラーコートを身に纏った快活な印象を与える服装だった。

 

 この島は国連が管理しており、調査隊関係者か軍属、マスコミと何処からかやってきた野次馬と、世界各国から集められた美女達しかいない。

 その少女も野次馬か、マスコミの家族だろうか。

 

「おいクソガキ、おれはまだ二十五だ。慣れなれしくオッサンとか呼ぶんじゃねえ」

 

「それはすまんかったわ、堪忍な」

 

(何だ、いい子じゃないか)

 

「それでオッサン」

 

「おい!」

 

「オッサンが未南雲優やねんな」

 

「聞けよ! つか何で俺の名前を知ってやがる」

 

「そらウチがあんたを異世界へ案内するからや」

 

「じゃあおめえが、小娘じゃねえかよ」

 

「小娘やて? 言っとくけどウチの種族は二十歳を過ぎると歳をとらない不老の一族や、見た目で判断せんといて」

 

「そ、それは悪いな」

 

 という事はこう見えてかなり歳を召しているという事だ。

 

「わかればええんや。名乗り忘れてたな、ウチの事はリーヤと呼んでや、因みに今度十五歳になる」

 

「やっぱ小娘じゃねえか!」

 

 思わず優は頭を抱えて唸った。この先の仕事に不安をおぼえてしまう。

 

「えっと、リーヤだっけ。何で関西弁なんだよ」

 

「そらオッサンを案内するために日本語を覚えたからや……大阪関西弁塾で」

 

「何故そこで覚えた!?」










 

 ソレは『神様』と名乗った。

 不思議なアーチから声だけを発したその存在は、ムーラ島が異世界にあったものだと説明した。

 異世界、地球とは別の位相に存在するもう一つの世界。研究者達は湧いた、この異世界という新天地に未知の物質があるからだ、それはつまり新たな資源も見つかる可能性もある。

 人類の更なる発展のため研究者達は神様に願った。異世界に連れていってくれと。

 

 しかし神様はそれを拒否した。研究者は何故かと問うた。

 答えは。

 

「美少女じゃなきゃ嫌だ」

 

 こうしてムーラ島に美少女が集められる事になった。

 

 

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