遅効性エゴイスティック
@waritomu
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「やっぱり、別れよう」
二人分の熱気が篭った、暗い部屋。長身の女が窓を開けると、夏の夜の風が通り抜ける。僕はベッドに腰掛け、その風を一身に受ける。僕の身に纏った彼女の熱が、ゆっくりと鎮まっていくのを感じた。
「こんなことを続けても、悲しくなるだけだ」
続けて言う。女は開いた窓から外を覗いている。ここからでは住宅街が見えるだけだ。それでも、こちらを振り向かない。
「すまないって思ってるよ」
「私では、ダメだったの?」
女は、文緒は、振り返らずに質問した。違う。決して彼女が悪いのではない。だが、ここで何を答えても、文緒の心には届かないだろう。
僕にすべての責任があると言っても、自分を省みてしまう。文緒のそんな性格は、僕がよく知っている。
「そんなことはないよ。僕が、すべて悪い」
それでも、僕は文緒に謝った。それ以外の感情が、言葉が、湧いてこないからだ。
初めて僕なんて人間を好きだと言ってくれた彼女に、なんて言いようがあろうか。
「私は、待ってるよ。吉成」
文緒が振り向く。彼女の肩口で揃えられた髪が、夜の風に揺れた。夏の月明かりに彼女の顔が照らされる。取り繕った穏やかな表情が、より痛々しく見えた。
僕はなぜ、彼女にこんな表情をさせているのだ。
「待っていてくれ」
思わず、言葉が口をついて出ていた。僕は、文緒と別れるつもりだったのだ。そして、僕はもう、誰かを愛する努力をやめようと誓ったのだ。
なのに何故、僕はこんなことを言っている?
文緒はゆっくりと僕の側に歩みより、そして、僕の頭を柔らかく抱きしめた。彼女の匂いがする。懐かしさと爽やかさの混じった、彼女だけの匂いが。
「待ってる」
そしてまた、文緒は小さな声で繰り返す。僕はその声に答えるように、文緒に口づけをした。
すぐに答えを見つけて帰ってくるよ。ちょっと待っていてくれ。
明日から夏休みが始まる。そんな夜。僕と文緒は別れた。
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