4話 今が変わる瞬間かもしれない
大学の一年前期の授業が全て終わり、暑さも全開となって、夏休みが始まった。
そんな休暇の一日、僕と先輩はデートをした。
前回の海とは違って、天気もよく、絶好のお出かけ日和で、
結果から言うと、散々な一日だった。
朝早く集合していたわけでもなかったから大学近くの駅前に集まった時には、既にそれなりの人がいて、その時点で白い目で見られた。電車に乗って中心街のほうへ向かおうとするけれど、電車の中では僕たちに向けられた悪口が慎まずに囁かれ、数駅ごとに乗る電車を変えて、最後の二駅分は炎天下の中歩いた。そんな中歩いたから、どこか涼める場所で休もうとしたけれど、全ての店で入店を拒否され、結局コンビニで水とサンドイッチと少しのお菓子を買って、公園のミストが噴出されているパーゴラの下で休んだ。その後は、店に入ることができずに店先だけを眺め歩いてた。先輩は”あ、あれ可愛い”とか言って、ガラス越しに店内のぬいぐるみを見ていたりしたから、僕が代わりに店に入って買ったりもした。
そんな時間も過ぎ去って、陽が落ちて結局僕たちはいつものあの場所に戻ってきていた。
「今日はありがとね。わざわざ、付き合ってもらっちゃって」
「いえいえ、約束したことですから。でも、よかったんですか? 結局いつもとあんまり変わらなかった様な気がしたんですけど」
「いいの。それでも知りたかったことは、分かったから」
「そうですか。それなら良かったんですけど。それじゃあ……」
そう僕は踵を返して、そろそろ家に帰ろうかなとか思って、
「ねぇ、最後にひとつ、いいかな」
でも、先輩が僕の背中に言葉を投げかける。僕は振り向き先輩の方を向いて、
「ずっと前から聞いてみたかったんだ。そんな風にして、私と一緒にいてくれる理由」
「………………それは言わなきゃダメですか?」
「ううん。これはお願いだから。どうしても言いたくないなら別にいいけど。でも、私は聞きたい」
おそらく、それが春に僕と先輩が会って、それで僕が、先輩がずっと思っていたことなんだろう。
それはいつか訪れるときで、だから
「一言でいうと、先輩の笑顔が嫌いだったんです」
「……ッ」
「初めて会った時、先輩は”ここは息苦しい場所でしょ”って言って、そのあと困ったみたいに、どこか無理して笑ったんです。その表情が嫌いで、何がそんな表情を先輩にさせているんだろうって。僕のできることで、そんな困った表情じゃなくて、心から笑えるようになればいいのにって思って。理由としてはその程度です。先輩のことをもっと知って、それがそんなに簡単な事じゃないのも分かったので、しばらくはここに来てみようと思って、それで今に至る感じになりますね」
ずっと溜め込んでいた割には言葉にすると数十秒で言い切れてしまうくらいの量だ。
僕の言葉を聞いて、先輩はしばらく何か考え込むように口を噤んで、それで僅かに口角を上げて、
「ほんと嫌いになれない理由だったね。これが、私に一目ぼれとかだったら、簡単に突き放せていたのに……」
僕には聞き取れないような声の大きさで、何か呟いて、
「わたしね、今日一日過ごして分かったの。君と一緒にいれば、普通の場所でちょっと傷つくこと言われて、お店に入ることができなくても、そこそこ楽しく過ごせるんじゃないかって。君に頼って、君と一緒にいれば。だからね、わたし……この場所に来ることやめる」
「…………え?」
「今まで君に甘えて前を見てこようとしてこなかった。このままじゃいけないのに、今のままでも傍にいてくれる人がいるならいいかなってそういう風に思ってたの。前にも、そういう人がいたんだけど、今は喧嘩してて全然話してなくて。だから、立ち止まっていた足を進めようって思うの。勇気を出して自分の体と向き合おうと思うの。だから、君に甘えるのはやめる」
それは先輩の決心の言葉。
どこにも進めないけど、心地よい場所から進んでいくための決心。そこまで考えて、先輩が僕をデートに誘った理由がなんとなく分かった。自分を追い詰めて、ここままじゃいけないって思うためのデートだったんだ。
「それは……少し寂しい気もしますね」
「うん。わたしもそう思う。だけど君に頼らずに、この病気と向き合って克服することができたら、その時また君とお話したい。だから待ってて」
「……分かりました。また先輩と会える日を楽しみにしています。その時には、是非心からの笑顔も見せてください」
「うん、がんばる!!」
そして先輩は無理して笑顔を作って、それが僕と先輩の最後のやり取りになると僕は心の底で思った。
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