3話 夏の始まり、土曜の朝

 そして予定通りに、土曜日の朝5時。

 僕はいつもの場所に行き、そして先輩も既にその場所にいた。

「おはよう、マモルくん」

「はい、おはようございます。先輩」

 緑生い茂る木々の中、僕たち二人はいつもと同じように集まって、でもいつもと違って、

「雨だね、見事なくらいに」

 降りしきる雨音が葉と差している傘に当たり響いていた。

「そう……ですね。少し天気が悪いですけど、行きますか」

「え……行くってどこに?」

「どこにって、海ですよ。今日はそのために集まったんじゃないですか」

「雨、降ってるけど」

 曇天の空を指差して先輩は指摘する。

「確かに、海には入れないかもしれないですけど、せっかく集まったので。それにライフデバイスがあったら、今日僕たちには何もなかったはずですから。そもそも今日は雨が降るから外に行くのはやめた方がいいですよってAIは言うだろうし、そうでなくても朝起きてチャットでやり取りして、今日はやめとこうかってなるはずだったの今です。そういうのをしないで、雨降っていても行くのが、きっと僕たちです」

「ふふっ、なにそれ。頭おかしいよ、君」

「そうストレートに言われると、傷つきますね」

 そして僕たちは休日の朝早くに、誰もいない電車に乗って海へと向かった。

 先輩の周りでは、先輩の使用している器具を検知してライフデバイスの一部機能が制限されてしまう。一時的なもので多少不便になるだけだけれど、それを普通の人は嫌う。その原因が先輩だと分かってしまえば、きっと周りの人からは白い目で見られる。だから僕たちは誰もいない時間帯に行って、そして帰ってくるのだ。

「いやー、荒れてたね、海」

「荒れてましたね。最後のほうは、段々と風も強くなってきて、遠くにいても波しぶきが飛んでくるくらいでしたから」

「うん。もう天気悪すぎて、逆に笑っちゃうくらいだったよ」

「たまには、こういうのもいいと思いますよ」

「うん。そうだね……」

 そんな話を帰りの電車に乗りながら、僕たちはする。アナウンスが次の駅にまもなく到着しますと伝えて、ドアが開くと、何人かの乗客が乗ってくる。

 でも自分のライフデバイスを見つめて、そして僕たちのほうをちらっと見て、すぐ他の車両に向かう。

 こういうのを目の当たりにすると、心がズキズキと痛む。

「ちょっと、人が増えてきちゃったね。ごめんね、嫌な思いさせちゃって」

「いいえ、大丈夫ですよ。それにどうせ疎まれるなら、一人より二人の方が心強いと思いますし」

「そういうところだよ……君は優しいから、困る」

「…………」

「ねぇ、いま思ったんだ。海行く代わりに、わたしのお願い聞いてくれるってやつあったでしょ」

「そんなのも、ありましたね」

「それ、今度わたしとデートして。普通の人がするみたいな、そんなデート」

 一瞬、言っている意味が分からなかった。

 だってそれは今まで先輩が避けていた事で、ついさっきみたいな対応をもっと多くの人にされるってことで、そんな自ら針山に突き進みたいなことを、進んでやるだなんて

「……」

 すぐに返事は出なかった。

 それだけ先輩の言葉の意味を考えてしまって、でもその表情はふざけているわけでも、からかっているわけでも、自暴自棄になってるわけでもなくて、真剣そのものだった。

「いいですよ。じゃあ、しましょうか、デート」

 そして夏休みに入ったら、僕たちは普通の恋人がするみたいな、でも少し違うデートをすることになった。

 

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