このつながれた世界の中で

風鈴花

プロローグ その日、僕は君と出会った

 それは桜の咲き乱れる季節だった。

 サークルの勧誘、学業情報、アルバイトの求人、そんな数々の情報が舞い散る桜の花びらのように身に降りかかってきて、ちょっとの平穏なときが欲しくて、雑木林を突き進むような思いで辿り着いた場所がそこだった。

 今まで手探りで進んでいると錯覚するほどに視界を埋め尽くしていた情報の山が、きれいに消えた。

 青々とした葉を豊かにつけたイチョウに囲まれた広場、その中にぽつんとひとつ、太陽の光を反射するほど磨かれた木製のベンチがあった。

 そんな最近では見ることのなくなってしまった暖かな木のベンチに、真っ白なワンピースで身を包む一人の女性が静かに佇んでいた。艶のある黒髪を肩下まで伸ばしていて、フランス人形のような肌の白さは木漏れ日を反射していて、まるで白昼夢でも見ているかのような感覚に陥った。

「…………」

 でも踏みしめる土の感触が、頬を撫でる柔らかな風が、揺れる木々のざわめきが、これは現実であるのだと僕に主張していて、

「こんな場所に来るなんて……物好きな人もいるんだね」

 とにかく澄んだ声で、彼女は言葉を発する。

「君にとって、ここは息苦しい場所でしょ?」

 そう僕に向けた彼女の目は深い碧色で、桃色の唇が言葉に合わせてそっと動き、そして全身を見渡しても一切のライフデバイスを身に付けていなくて、

「…………あなたは?」

 言ってしまえば、彼女は…………『社会的に死んでいる人間』

「わたし? わたしは上代大学社会学部2年、赤月結衣あかつきゆい。君は……?」

「僕は……上代大学一年社会学部、鯨乃守くじらのまもる……です」

 そんな、いたって普通の会話をするのは何年ぶりだろうか、なんて思いつつ、

「そう、マモルくんっていうのね。それじゃ……よろしくね、とか言うのは可笑しいかな?」

 そんな困ったように眉を寄せて笑った彼女の顔を見て、

 それが……

 そう、それが僕、鯨乃守と彼女、赤月結衣との出会いだった。

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