I love you 意訳コンテスト

ぽっか

I love you 意訳コンテスト 応募作


漱石そうせきはきっと、今の言葉で言うところの「コミュ障」だったのではあるまいか。人と話すのが苦手で、好きな人の目を見て話すなど論外で……。


夏の終わり、若しくは秋の始まりか中頃なかごろか。いずれにせよ、気持ちの良い夜のこと。

必死の思いで散歩に誘い出した思いびとの横で、彼は会話の糸口を全くもって見つけられないのだ。

気の効いた言葉一つ出てこないおのれに焦り、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう。


どうすべきか、と思い悩む。


何も出てこなくても、それでもきっと思いはあふれ、彼は偶然目に入った月を見て言う。


「つ、つきが……月が綺麗ですね」


声はかすれ、不自然に裏返る。

漱石は恐らく、そんな経験がある人なのではなかろうか。


夏目漱石が若かりし頃、つまり19世紀後半であるが、当時の日本人は恋人に面と向かって「愛している」と言うには奥手過ぎたに違いない。

を共に見ることができる間柄の相手に対しても、「愛している」とはなかなか言えなかったのだろう。


それは21世紀の私にも痛いほど理解できる感情だった。

真理に通じる言葉は時を経ても滅びない。名言として後世に受け継がれるからだ。

漱石のあの意訳はこの日本であまりにも有名だ。

だから私は言う。“I love you”の意味を込めて。


「あ、ほら……空見て」


月を見たときの反応なんて、大体たかが知れている。

他人に「罠だ」と言われても、知人に「事故だ」と笑われても結構だ。


好きな人に言わせたいから。


-月が綺麗ですね

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