Orange

ペンギン

いつもの日常

 辺りは夕焼けにより赤みがかっている。夕焼けをやわらかく受け止める建物群がとてもきれいだ。僕は日常とは少し異なる雰囲気を味うことのできるこの時間帯が一番好きだ。僕と祐樹はいつもの帰り道をいつものように無意識に、そして他愛もない会話をしながら、いつもの時間通りに歩いている。僕らが通っている小学校から僕または祐樹の家までは歩いておよそ15分程度だろう。その距離を何も意識せずに右に左にと歩いて家に着く。これが僕らの日常の一部であり、卒業するまではこれからも変わらない習慣だろう。その日常に小学生の僕らは(少なくとも僕は)何の疑問も持ち合わせていない。それが小学生であることの証拠でもある。意味を見出すこと自体に意味がないだろう。帰路の途中にある駄菓子屋で数分立ち止り、そこで買った駄菓子をほおばった後に帰路に着くこともあるが、その日常のパターンはせいぜいこの二通りである。今日も僕の目に映る景色は何も変わらない。いつもの帰り道、いつもの景色、いつもの友達、いつもの僕。そんなくだらないことを考えている僕を祐樹は見過ごさなかった。

「おい、シュウジ。なに考えてんだ。さっきから俺の話を全然聞いていねーじゃねぇか」

 怒りの満ちた言葉とは裏腹に祐樹は僕を試しているような、僕の考えていることを当ててやろうとも言わんばかりの表情をまっすぐ僕に向けた。祐樹の目は薄茶色でとても澄んでいる。純粋な目だ。僕は祐樹の宝物を探すような目に応えられるだけの考えごとはしていなかったし、話したところでふーんと一言で終わることは考えずとも想像ができる。

「いやなにも」

 祐樹の期待には応えたかったが、何もないことを伝えることが今の僕が祐樹にしてあげられる最善の言葉だった。そこから何も生まれない、何も失われない言葉だ。僕の回答を得た祐樹はすぐさまその好奇心を別の話題へと移した。

「田中先生が来週辞めるんだってさ。辞めるというか、他の学校に移るみたい。さびしいな」

 田中先生が辞める?そんなの初耳だった。田中先生は僕らが4年生のころからお世話になっている担任である。容姿端麗で優しく、僕ら生徒からとても好かれている先生だ。今どきあそこまで好かれている先生も珍しいのではないか。確かに田中先生が2組の遠藤先生とデキテいるという噂は何度か耳にしたことがあったが、やはりそれが原因か。

「なんで辞めるの?」

 僕はすでに分かっていることを祐樹にあえて質問した。

「ほら、2組の遠藤っちいるじゃん。前から付き合ってて、今度結婚するんだってさ。だからじゃねーか?」

 予想通りの答えだった。予想外だったのは確信を得ると同時に、いつもの帰り道、いつもの景色、いつもの祐樹がいつもとは違うように見えたことだった。どこかぼんやりと。

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