第2話



「・・・・・・チッ、また依頼か? いくら親友だとは言え、こちらも暇じゃねえのはお前だってわかる話だよな? そう安易に俺を頼るなっつってんだ!」


アシェルの予想通り依頼は一瞬にして拒否された。


「お前が暇じゃないのは誰だって知ってるしお前の腰が重いのも重々承知の上でのお願いだ。こればかりは私だけじゃどうにも対処のできない事案だ。頼む。」


「勝ち組のご令嬢様を助けろなんてクソみてぇな依頼を受ける殺し屋がこの町のどこにいるって言うんだ!?どんなに大金積まれてもやらねえぞそんなクソ案件!」


「これはお前にしかできない話なんだ!30人以上もいるギャング集団に太刀打ちできるやつはお前しかいない。やるとなれば私も手伝おう。私からも報酬は払う。」


「嫌だね。たとえお前からの頼みだとしてもそんな依頼は御免だ!」


一向に立ち上がろうとしないカケルに対して、アシェルは最後の切り札を出す。


「・・・・・・それがたとえ室谷組からのお願いだとしても・・・・・・か?」


「室谷組!?」


カケルは椅子から立ち上がるようにそう叫んだ。そうしてアシェルに事情を尋ねていく。


「どういうことだよ!その事件に室谷組が関与しているってのか!?」


「まあまあ落ち着いて話を聞け。俺も夢島港のコンテナ裏で司から話を聞いただけだからあまりはっきりとした話ではないが、ここ数年前から今回事件の被害者となっている黒崎グループは室谷組との関係が深いそうだ。現に会長である黒崎敏郎と組長の室谷哲司は盃を交わしている。ならば黒崎グループの事件は室谷組の事件も同然だ。お前にこの世界で生きる上で一番の恩恵を与えた室谷組だ。それでもやらないのか?」


「・・・・・・」


カケルはしばしの間黙り込んだ。そうしてついにその重い腰を上げた。


「室谷組のお願いとなればそりゃあ断れねえ。だがな、アシェル。やるからにはでっかくやるぞ!アイツらには鬼のような悪夢を見させるぞ!お前も一緒に来い!」


「そうだな!」


そうして二人は立ち上がり、アシェルの愛車に乗り、興南城を出た。



アシェルが車を走らせている中、カケルはこう訊いた。


「なあ、アシェル。車で現場に向かうのはいいんだがそのお嬢様を誘拐したとかいう馬鹿共のアジトは何処にあるんだって言うんだ!?」


「それについてなんだが・・・・・・」


アシェルはハンドルをにグッと握りしめながらこう言った。


「日下部警部にも話を聞いてみたが、どうにもこうにも分からない。犯行グループがどこのストリートギャングに属しているのか、首謀者が誰なのかも見当がつかない。夢島署は完全にお手上げだそうだ。」


「それじゅあ何の手掛かりもなしにアジトを見つけろってのか!?そんなクソ案件聞いてねえぞ!」


「激昂するのはまだだ、カケル。」


アシェルはそう言って暴れようとしているカケルを抑えるように左手を彼の頭にやる。


「まだ何も手掛かりがないわけではない。」


「ないわけではないだと!?そんなノーヒント状態でアジトを見つける方法があるってのか!?」


「あんたはとことん短絡的だな。まだ『ビデオ』ってもんが残ってんじゃねえか。」


「!?」


カケルの眼が点になった。そんな中でもアシェルは話を続ける。


「残念なことにビデオの位置情報解析をしても位置情報はさっぱり消されていた。だがあの背景、どこかで見たとのあるような倉庫のようだった・・・・・・」


「はあ!?そんな背景の情報だけで位置を調べようってのか? いくら頭のいいアシェルとはいえそんなことは無茶だ!」


「確かに・・・・・・無茶かもしれない・・・・・・でも今はこれに頼るほかに術がない・・・・・・」


アシェルがそう語るとカケルはしばしの間黙り込んだ。そうしてこう答えた。


「そうだな。今はアシェルに頼ろう。」


「ありがとう。感謝する。」


そんなやり取りの中でアシェルの愛車は二人を乗せてレインボーカラーの無機質な街並みを越えてアシェルの言う『目的地』へと向かう。


二人がついたところは夢島区の端にある小さな港、庵治山港であった。車から降りたのち、アシェルは愛用の銃コルトM1911を持って、お気に入りのベージュのスーツに袖を通し、カケルは暑苦しい上着を車へと脱ぎ捨て、その『左腕』を露わにした。


「お前の言うところによれば、ここに奴らのアジトがあるんだな?」


「ああ、私の記憶が正しければ。だかな。」


「今は時間がねえ。ここはいっちょお前さんの言う記憶に賭けてみるしかねえな!?」


「ああ、そうだな。」


「行くぞ!」


「おう!」


アシェルがそう受け答えした後、すぐさまカケルはその左腕の『鉤爪』で重量のある扉を勢いよく引き裂いた。裂かれた扉の向こうには少女を誘拐したとみられるギャンググループの構成員が30名ほどいた。その誰もが陳腐な私服を身にまとい、その武装と言えば俗に言うサタデーナイトスペシャルやジャンクガン等々、安物の粗製銃のみを手に持っているだけであった。その出で立ちは身代金誘拐というでかい賭けをするにはあまりにも頼りない装備であることは確かだった。


アシェルの予想、そしてカケルの賭けは正解であった。そしてついにカケルはこう叫んだ。


「ショータイムの始まりだアアアアアアアァァァァァァ!!!!!」


その雄叫びと同時にアシェルはM1911をグッとつかみ敵の方向へと狙いを定め、カケルは空中へと空高くジャンプした。カケルは悠々と鉄骨と鉄骨、コンテナとコンテナの間をジャンプして敵たちを一網打尽にして殺戮してゆく。彼が通る道には必ずと言っていいほど首と胴体の離れた、血濡れの通り道ができるほどの瞬殺能力であった。彼の武器はその鉤爪のみであるにもかかわらず、その殺戮方法には八百万の数ほどに多様であった。今回のような30対2の圧倒的不利な状況でも、むしろそのような時こその彼の技巧は光輝くのである。一人は彼に首をもぎ取られ、一人は体全体を三、四分割にされ、次の一人は体全体をその鉤爪によって串刺しにされて、彼にそのまま振り回された挙句に、ドラム缶の方向へと投げられた。彼が敵一人一人を確実に惨殺していく姿は、敵にとってまさに地獄絵図といえたであろう。彼はすぐさま敵の息の根を止めるのではなく、迅速に敵を起動不能にしつつもじわじわと苦しむように死に至らせる、そんな殺しのスタイルが一番好きなのであった。カケルを端的に表すとしたら、実力を伴った恐怖の快楽殺人家ともいえただろう。その一方でアシェルは銃を持っているにも関わらず、銃の扱いに関してはこの街では人一倍苦手であったし、殺しもそこまで得意ではない。しかし敵はそんなことも否応なしに彼へと撃って来る。彼がそれを避けつつ引き金を引こうとしたその時であった。


撃とうとした相手、その近くの敵たちの首がどんどんと飛んでいった。


「このヘタクソがアア!どこ見て撃とうとしてんだよこの馬鹿野郎!」


そんな罵声とともに次々と敵たちはその鉤爪によって引き裂かれるように殺されていく。最早そこはカケルの独壇場であった。アシェルは早々に自分のすべきことを把握し、誘拐されている黒崎敏郎の娘、黒崎裕子の元へと向かった。幸いにも彼のもとに向かっていく銃弾は時間の経過と共に減少していき、彼女の救出は容易なものとなっていた。狂乱したカケルの血潮の吹き飛ぶ演舞を尻目に、アシェルは倉庫の地下へと進む。役目を終え、もう太陽の眼を見ることもない物々たちが無秩序に散乱する中で彼女、黒崎裕子の枯れた悲鳴が微かに聞こえた。アシェルは物陰からひっそりとその光景を見た。それは物陰から見えたのは確実に縄で縛られた彼女の姿であった。額にはいくつかの傷が出来ており、さっきから痛々しい音が彼の骨の隅々にまで聞こえてきている。もう一人見えたのはその『傷跡』を作り上げている敵の一人であった。アシェルがその光景を緊迫とした表情でとらえた中でも、彼女の顔を執拗にそのこぶしで殴り続ける彼を、アシェルは恐怖の面持ちで見ていた。その男の彼女に対する暴力は続く。その男は鞭を取り出しては彼女の体全体に鞭を打ち始めた。彼女が感じている苦痛をまるであざ笑うかのように、むしろまるで楽しんでいるように。


「やめて!お願い!痛いっ!」


彼女の悲鳴が地下倉庫全体に響き渡る。男はもはやそんな声も聞こえていないのか、それともその悲鳴を楽しんでいるのかは分からないが、皮膚という皮膚が爛れ尽きても鞭打ちをし続けた。アシェルはそのおぞましい光景に恐怖を感じ、一歩も踏み出すことはできない状態であった。


彼女が悲鳴を上げている中、男はこう叫んだ。


「黙れA級犯罪者の小娘がああ!!」


その罵倒ともに男は彼女の腹を蹴り上げて椅子ごと倒した。その後、横たわる彼女の顔を足で踏みつけて男はこう言った。


「知ってるだろう? お前も10年前のあの事件を・・・・・・」


「知らないよ・・・・・・! 何の話のなの・・・・・・!?」


「シラを切るんじゃねえ!!!」


男はそう言うと彼女を再度3回殴った。


「いいか・・・・・・!? お前はあの事件を最前線で見てきたはずだ・・・・・・? そのはずのお前が何の情報も知らないわけがない! 情報を吐き出せ! さもないと・・・・・・」


男はそう言うと次にナイフを取り出し、彼女の顔へとそれを向かわせた。


「お前の顔がどうなってもいいのか・・・・・・?」


思わずアシェルはその光景を見て、恐怖感などの感情を度外視して遂に動き出した。


「やめろおおおおおおおおおお!!!!」


アシェルは思わずその男に向かって突進した。彼も訳が分からなくなっていた。彼女を助けるにはどうすればいいのか、どうしたらあの危機を回避できるか。そしてこんな状況下で銃は突発的には使えない。人を殺めることもできない。しかし、その行動は彼女を虐げた敵の一人とアシェルの間で戦いの火ぶたが切って落とされることになるとは彼自身も想像するよう余裕は無かった。彼が気付いた時には無効のドラム缶の方向にまで飛ばされていた。


「私の楽しい時間を邪魔するとはあんたもいい度胸だなぁ! ああ!?」


そう言って飛ばされたアシェルに近づいてきたその男はアシェルの胸ぐらをつかんで顔を殴り、腹を蹴り上げて、そうしたことを十回ほど繰り返した。アシェルは先のダメージで既に疲弊しており、殴り返せる余裕などなかった。その後、アシェルが大量の血を流して倒れこむと、男はアシェルの顔に足をのっけてそれをぐりぐりとさせながら、


「正義感は有るくせに喧嘩になると何もできなないってかァ? そんな奴があいつを助けようだなんてなんて滑稽な話なんだ。盛大に笑ってやるよ。アハハハハハハ!」


と高笑いし始めた。遂にアシェルは激昂した。残された力で彼は立ち上がった。


「おっとどうした!? ついに怒ったか? やれるもんならやってみな!!」


男はそう言ってアシェルをさらに挑発する。すると彼はポケットの中から『あるもの』を取り出す。


「何もできねぇ・・・・・・? そんなわけがあるかぁ!!!!」


アシェルはそう言って残された力で『あるもの』でその男の脇腹を殴った。すると男にはたちまち電流が流れ、そのまま意識を失うかの如く倒れていった。彼が取り出した『あるもの』、それはスタンガンであった。


アシェルは疲弊し、傷だらけの体で彼女のもとへと向かい。縛られた縄を解き始めた。その時であった。


「武器を使うなんてずるいぞ!!!! そうはさせるか!!!!」


その言葉とともに二発の銃弾が撃ち込まれた。意識を失ったはずの男が再び立ち上がり、彼らの方向に向けて銃を撃ったのであった。アシェルは彼女とともに避けようとするが、もう間に合わない。アシェルが目をつぶった瞬間であった。何かが跳ね返る音がした。アシェルは恐る恐る目を開いた。男はその男が撃ったはずの銃弾で倒れていた。アシェルはそれが何を意味するのか解らなかった。ただ確かにわかっていたのは目の前に、30人との相手をしていた筈の、返り血を浴びたカケルがそこに居たということだった。


「ふぅ、あぶねえぇ。もう少しでお前はお陀仏になるところだったぞ。」


アシェルは何が起きたのかを理解した。男が撃ったその銃弾を、30人を皆殺しにし終えて、地下倉庫に入ったカケルがアシェルが黒崎裕子の縄を解いていたところを、男が撃とうとしていた場面を見て、咄嗟にアシェルのところへと向かい。見事、鉤爪の甲でその銃弾を弾き飛ばして、その銃弾で男の頭部へと命中させていたのであった。


「また一つ借りが出来てしまったな。」


「そんなことはどうでもいい。それより、そのガキ、何故か知んねえけどすげー怯えてるぞ。」


カケルのその言葉を聞いてアシェルが後ろを振り返ると、裕子は椅子の上でうずくまって震えていた。


「大丈夫。君はもう解放された。安心していいんだよ。」


アシェルのその言葉にもかかわらず、彼女はずっと震えている彼女はアシェルから視線をさらして右のほうを見た。するとそこには、彼女を虐げていた男の無残な死に様。そして返り血を浴びまくったカケルがいた。そのうえ、その鉤爪には大量の血がぽたぽたと滴り続け、血が新たな川を作り上げている。


「キャアアアアアアアアアア!!!!!」


彼女は咄嗟に悲鳴を上げてしまった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る