第2話 カールの哀しみ

 ヨハンとフィルの旅立つ日が来ました。街はずれまで見送る間に、大勢集まってきて、ヨハンは上機嫌です。近くに住む楽団員や勤め先のお城のお役人、ご近所の人々。そして私たち家族。

「お土産を買ってくるから、後のことをよろしく頼む」

 そういって、ヨハンは出発するつもりだったはず。しかし、フィルが、たったひとり同行の栄誉を許された長男が、その余裕たっぷりな気持ちから弟を気遣ってたずねました。

「カール、お土産何がいい?」

 少し変な間が空いた後、カールは応えました。

「死んだ母さん」

 カールが応えると、ヨハンは怒りました。

「バカ! 何てこと言うんだ」

「それは言わない約束よ」

「お兄ちゃん、新しい母さんが可哀想じゃない」

 姉と妹からも、非難の言葉が浴びせられます。

 カールはうつむいて、ひとりその場から駆け出して行ってしまいました。

 旅立ちの日に、何てことでしょう。一同困惑するばかりです。ヨハンは顔をひきつらせたまま、長男を促し出発しました。

 私は集まってくださった皆さんへのお礼もそこそこに、カールの後を追いました。

 

 カールは、まっすぐ家に戻ってくれました。自分のベッドに突っ伏して、身を震わせている姿に胸が痛くなりました。部屋に入ろうか迷っていると、涙声でぶつぶつ言うのが聞こえます。

「母さん、母さん。兄さんばかりずるいよ。兄さんはぼくよりずっと長い時間母さんと一緒だった。先に生まれたかったよ、悔しい……」

「すごく良い子にしていたら、新しい母さんが来てくれたけど、ぼくはやっぱり本当の母さんじゃないとダメなんだ……」

 旅に連れて行ってもらえないことを、悲しんでいたのではなかったのです。

 前のお母さんが天に召されたとき、たった6才だったカール。その悲しみはまだまだ大きくのしかかっていたのでした。カールだけでなく、他の子どももそうなのかもしれない。新しく来た私に、遠慮して何も言えずにいたのでしょう。きっとそうです。ああ、何と可哀想なカール。


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