殺人犯と探偵と

@shirayukiderera

殺人犯と探偵と




クロサワフミコ氏殺害、犯人の男自殺、名推理の探偵行方不明



サクスケ君には恋人が一人あった。フミコさんである。大変な美貌で、フミコさんと幾度もデートしているサクスケ君であってもはっとする事があるほどである。時折見せびらかしたいと思うこともある。恋愛は順調である。映画の好みもピタリとあった。「面白かったねえ」とサクスケ君が言うと、「面白かったわねえ」とフミコさんも答えた。二人の心中に存在する愛は次第に増大し、最高潮に達し、その日に集約された。

二人ははからずして暗い路地裏に入って行ったところでばったりと会った。

サクスケ君はワナワナと震えた。ピークに達した恋愛感情に運命的要素が加わって風船のように割れた。

サクスケ君はフミコさんの手を引っ張って近くの空き家に連れ込んだ。フミコさんも拒む風でなかった。何となく同意の上で空き家に入って行ったのである。

空き家にサクスケ君が入ると、ギシギシギシギシと床が鳴った。サクスケ君はギシギシが何か促しているように思えた。

フミコさんは美しい。美しい、美しい!


サクスケ君はフミコさんに飛びかかった。その手はフミコさんの美しいしなやかな首を絞めていた。フミコさんは美しい。美しい、美しい!

フミコさんの美しい軀を壊したくなった。滑らかな光る肌を絞め上げたくなった。めちゃめちゃに、グシャグシャに………。

サクスケ君が手を離すと、フミコさんは地面に崩れ落ちた。頭がきしむ床に当たってゴトンと鳴った。フミコさんの眼は見開かれたままサクスケ君を睨んでいた。サクスケ君は酷く落ち着いた様子で悠々と自宅へ帰った。


それからしばらく、サクスケ君は新聞をくまなく読んだ。若い女性遺体発見といったような記事を期待しながら。しかしながら毎日ガサガサとクタクタになるまで新聞を読んでもその手の記事は見つからないのだった。

一ヶ月と十日が経過した。新聞に記事は出ないままだった。


サクスケ君は何か非常に腹立たしくなっていた。

あんなに綺麗な女性を、俺は殺した。なぜ皆あれほど美しい女が殺されたのを気づかない!あの人を、俺が、俺が、殺したのだ!なぜ気づかない!


サクスケ君は少しばかり狂っていたのである。その始まりはいつなのかは分からない。或いは初めからだったかも知れない。

その些かおかしな頭でサクスケ君は奇妙な計画をたてたのだ。


ぼさぼさ頭の巡査部長がサクスケ君の話を聞いていた。

「そいつはもう確かなんですね」

「はい、私は探偵をやっておるのですがね、私の推理によれば未だ未発見の縊死体がこの近くの空き家にある筈なのですよ」

「どういった推理によって左様に解るのですか」巡査部長がぼさぼさの髪をますます引っ掻き回した。

「第一に私の家から異様に腐乱臭がすること、」無論出鱈目である。

「第二に近頃の空き家は殺人にうってつけな所ばかりであること」サクスケ君の頭から考え出しうる最高の最もらしい言葉であった。

巡査部長は、うむ、と呻って、

「とりあえず、あなたの言う空き家に行ってみましょうか」と苦々しく言った。

サクスケ君は内心で雀躍せんばかりに喜んだ。これで俺の極悪な殺人事件が大勢に知れ渡るぞ。新聞にも載るだろう。アハハハハ…


「この空き家でしょうな」サクスケ君はさも苦難の推理のうえといった口調で言ったが、本当は自分が殺した現場を示しているのだから、訳はない。ぼさぼさ頭の巡査部長は用心深く扉を開けると、短く叫んだ。その空き家にはサクスケ君が殺したフミコさんの白骨死体がゴロリと転がっていた。サクスケ君はしきりにニヤリニヤリしていた。巡査部長はそんなことには目もくれずに、死体の観察をしている。

暫くして、

「犯人ですがね、」と探偵サクスケ君は口を開いた。 

巡査部長はずりあげようとした眼鏡を落っことしそうになって、

「犯人の目星がおつきなので!」

とまた叫んだ。

「勿論ですとも。こんな空き家で女を縊り殺すやつは私の事前調査によれば一人しかおりません。そいつはキキツといって明日の午後三時頃、あすこのマタカサホテルの十二階に泊まる筈ですよ」

「本当ですかね」

「本当ですとも。信用してくださいよ。現にここに私の言った通り縊死体があったのですよ」

「ふむ。解りました。明日あすこに行ってみましょう。十二階ですな」


翌朝、サクスケ君は眼鏡を掛け、髪型を変えて出かけた。服は昨日買っておいたシャツである。靴音をコツコツ鳴らしながらマタサカホテルに向かった。暫く料理屋で時間を潰して、ホテルに着くとキキツの名前でチェックインした。

「十二階で頼む」

「十二階でないとお困りになると? 」

「そうだ。部屋は開いているんだろう? 頼むよ。あまり時間も無くてな」キキツ氏ことサクスケ君は焦りつつ十二階に部屋をとった。

午後三時である。巡査部長が数人の部下を連れて十二階にやって来た。探偵サクスケ君の言ったことは余り信用していないようだ。

「やってられねえよな。変な探偵の言いなりだよ。そいつは肝心の今日急にいなくなりやがるしよ。嫌な役回りだな。キキツってやつが泊まってるらしい」なんて言ってる。

キキツ氏ことサクスケ君は巡査部長に見えるように慌てふためいて見せて走り出した。

間もなく巡査部長の屈強な警部補がサクスケ君を捕まえた。サクスケ君は笑いながら大暴れしはじめた。

キキツ氏ことサクスケ君は暴れながらポケットに忍ばせた小刀で警部補一人を突いた。警部補は呻きながら後ろに倒れ、巡査部長が介抱した。同時に他の警部補がキキツ氏ことサクスケ君を押さえつけた。

「アハハハハ。俺がフミコさんを殺したのだ。美しい女を殺したんだぞ!見たか、御前ら。アハハハハ」

サクスケ君は小刀で自分を突いた。笑いながら何度も突いた。

この時、サクスケ君の計画と殺人事件は見事に成功したのであった!


クロサワフミコ氏殺害、犯人の男自殺、名推理の探偵行方不明

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