夕焼小焼の赤とんぼ

@kozeni05

第1話 未知との遭遇

         ※本作品は小説家になろうにも投稿されています 

今日は部活が長引いたせいで、職員室へ更衣室のカギを届けに行くのがだいぶ遅れた。男子部員の悪行が顧問に見つかり、部員全員がとてつもなく長い説教を受けたのだ。

鍵を返し終わり職員室から退室して、速やかに下校するべく長い廊下を歩いていて、この階には誰もおらず私だけなのに気がついた。なにせ進行方向とは逆側の廊下の端は薄暗くなっていて余りよく見えず、窓から差し込む夕日の光で見渡すものすべてがオレンジに染まって見える、そんな時間帯だからだ。もしかしたらこの階どころか、この学校の中で生徒として居残っているのは私だけではないかという疑問も浮かんできた。そう思うと変な優越感というか、高揚が生まれた。

 この学校は四階建ての校舎が本棟と学習棟の二棟がある、職員室は本棟二階の西端で下駄箱は学習棟一階の東端だ、先ほど自分は本棟の東端まで歩き、渡り廊下を渡ったから学習棟二階東端の階段に差し掛かっている。そこでふと、誰もいない教室はどうなっているのだろう、と思った。

 私には関係ない事で説教を受けてイライラしていた私は憂さ晴らしにちょうどいいだろうと、教室のある三階への階段をのぼりはじめ、二段飛ばしで駆け上がると教室をのぞいた、心を弾ませてきた割には大した感慨もわかない、一望して踵を返し、下駄箱へ行こうと廊下に出た時、

「ギシ、ギシ、ギシ、」

 と何かがきしむ音が聞こえてきた。音は廊下全体に響き渡りどこから聞こえてくるのか判別するのは困難で、辛うじてこの階のどこかの部屋が音源ではないかと推測できた。

 確かこの階には六部屋あったはずだ、今自分のクラスを覗いたから、残りは五部屋、恐らく教室、教室、教室、社会科準備室、教室、の順番だろう、一つ一つ覗いてゆこう、私は元来勇敢な気質ではないが好奇心だけは人一倍強いのだ。

 私が思案に暮れている間にもきしむ音は鳴り響いていて、時折弱まったり、止まったかと思うと又鳴り出したりと、不気味さを増していた。忍び足をしながら二つ目の教室をのぞく、机や部屋の構造は一つ目の教室と全く変わらない、異常なし、二つ目の教室に行こう、歩みを進めるごとにきしむ音が少しずつ、僅かにだけれども大きくなっているのが分かった、音源が近づいているのだ。

 二つ目の教室をのぞくと窓の前で大きな影が揺らめいでいるのが見えた。驚いて叫びそうになる声を抑えて、じっと目を凝らすと単にカーテンが混ぜに揺らめいでいるだけっだった。安心して次の教室を見に行く。

 音が次第に大きくなるのが分かった、今では一体何がきしんでいる音なのか判断できる、これは椅子だ、生徒用の木製だとかプラスチックの奴ではなく、教師用の使い古されたデスクチェアだろう。三つ目の教室のドアは閉まっていた、音をたてないように開けようとするが、立て付けが悪いのかびくともしない、そういえばこの学校ができて今年で九十年らしい、だから今年の文化祭は九十周年記念で少し豪華になるそうだ。どうでもいいことを思い出しながら、廊下に面している曇りガラスの隙間から教室をのぞく、異常はなかったが夕日はすでに半分は山の向こうに沈んでいてる、今は八月の上旬だから日没は遅いはずだ、今はかなりまずい時間だろう、のんびりしているうちに下駄箱の出入り口にはカギが掛けられるかもしれない。

 少し歩調を速めてで社会科資料室へ向かう、自分は社会科係を務めているからあの部屋には何度も出入りしている、部屋の奥行きは教室のドアから壁までとは大して変わらないが、横幅は狭く窓一つ分だ、一番奥には教師用のデスクトップとデスクチェアがあり、その後ろには窓がある、両方の壁には木の板で棚が作られていて手前から奥まで三段分あり地球儀や城のペーパークラフトにビデオと資料が敷き詰めてあった、窓が一つ分しかないためか、晴れの日でも薄暗く、不気味だった。ドアの閉じられた社会科資料室の前に立つと、ドア越しに椅子のきしむ音がはっきりと聞こえた、ここに間違いない、音をたてないように細心の注意を払い、ドアのガラスから部屋を覗く。

 ただでさえ薄暗い部屋に斜陽のせいもあって棚どのような資料が置いてあるかは判別できず、部屋全体が夕日に染まり暗闇すらも夕焼けの色が混じっているように見えた、棚からデスクトップに目を移すと、デスクチェアが左に半分回り、右に半分り、その動きを繰り返しているのが分かった。その椅子の上には影になってよくわからないが、少なくとも人が座っている。そいつが窓枠に足をかけて支点にして、椅子を半転させているのだ、そいつの動く影がデスクトップからまっすぐに伸びて、こちらまで届いているのが今更分かった。

 椅子の上の人物はシルエットしかわからないが、そこから華奢な体格だということが察せられた、さてどうしたものか、ここで満足して立ち去るか、それともドアを開けて話しかけてみるか、前述したとおり好奇心が人一倍旺盛な私もさすがにこの時ばかりは、恐怖で足が震えて立つのが精一杯だった。

 ここまで来るのに散々私を怖がらせてきたのだから、ここで正体を暴いて、懲らしめてやる、まったっく理の通らない理不尽な理屈で勇気を奮い立たせ、ゆっくりとドアを開けると、ずかずかとそいつまで近寄る、緊張で乾いて張り付いた口を大きく開きか細い声を必死で出しながら

「こんな時間に、一人で何やってるの」

 と、質問すると例のシルエットは窓枠を足で押し、その反動で椅子を回転させて体を私の向きにすると

「そっちこそ何してるのさ」

 と、可愛いい声を出した。

 驚いた、まさか怪奇現象の正体がこんな少女だったとは。

 僅かな夕日の光量でその少女を観察すると、何故か男性用の制服を身に着け、髪型は後ろの髪を三つ編みに束ねて右肩にかけていてそれが胸の上あたりにまで届いている、顔はよく見えない。

とりあえず

「こんな時間に一人で、危ないじゃない、どこから来たの?名前は?」

 と聞くと

 「相手に自己紹介して欲しいときにはまず自分からでしょう」

 と中々生意気な返事をするものだから少しムッとしながら

 「私の名前は室伏涼子、この高校の二年生で、水泳部に所属してる。」

「お姉ちゃん、室伏涼子って言うんだね。」

「どう?満足した?」

 私がそういうのを無視して小女はデスクトップの左足を押して椅子を半転させ、今度は右足を押して半転させ、その動作を繰り返している、満足したのだろうか?

私は立ち続けるのに疲れたので思い切ってデスクトップに座ると体だけ小女に向けて、手を伸ばせば触れられるほどに近づいた。だから小女の顔を見ることができた、少女、と言ったが顔つきを見る限りでは中学二年生ぐらいで、美形だった、何というかその気になれば何時間でも、いや何日でも見とれられるような、吸い込まれる魅力があった、しかしそれよりも気になる点が一つ、彼女の顔の右半分、頬の上から上に、ケロイドがあったのだ。

 私がその部分を見つめていると、彼女がそれに気づいたのか

「気になるの?怖い?」

 と、猫なで声で訪ねてきた、気になりはするが、怖い?とは愚問だ、白と黒、相対色とでもいおうか、彼女の引き込まれる容姿に、その反対の要素となるケロイドがあることによって、より一層彼女の美しい部分が際立っているように見える、その影響を一番受けているのが彼女の瞳だ、彼女の瞳の奥底は輝き、少女には不相応な憂いがあった、そんな瞳に夕日は最高のスポットライトだろう、少女の瞳を覗くと胸が高ぶるのがわかる。

 反応がないのを理由に私は本当に彼女を気味悪がっていると考えたのか、少女は突然立ち上がり私の右手をとると右頬のケロイドに私の手のひらを押し付けた、多分そうすれば私が驚き怖がって悲鳴を上げたり、手を引っこ抜いて逃げ出すとでも考えて、イタズラを仕掛けたのだろう、現に彼女の顔にはいたずらっ子の微笑みが浮かんでいる。

 多少驚きはしたが、私は何て自虐的なイタズラだろうと思った。そう思うとこの少女のがとてつもなく悲しく、哀れな人に思えてきた、私はこの感情をどうすればよいのかわからずにただ少女の右頬を撫でた、そうしている内に次第に彼女の口角は下がってゆき、私の右手を押さえつけていた手の力は弱まり、ただ私の手が頬を撫でるのを支えるだけとなった、小女は顔を私の手のほうに傾けると、私の手を見つめていた。

 撫で続けていた右手が痛くなったので手を止めて、そっと引き抜くと少女はこちらを向いて、私を見つめた、恥ずかしくなったので目をそらすと少女は突然駆け出した。次の瞬間には暗闇に中に消えてしまっていた、本当に消えてしまっていたのだ、社会科資料室をいくら見渡しても彼女は見つからなかった、そして私は次なる驚愕の事実に気がついた、もう夜だ、少女との交流でなぜ気づかなかったのか、日は完全に沈み、社会科資料室も真っ暗だった。急いで社会科資料室を出ると、一寸先も見えないほど真っ暗になった廊下を駆けて下駄箱に急いだ。

既に施錠されていることは明白だったので、外靴とスリッパを入れ替えた後、女子トイレの窓のカギを開けて外に出た、明日の朝一番に登校して鍵を閉めればバレないだろう。

 家に帰ると八時半だった、冷めた夕食掻き込んでお風呂に入り、勉強や読書などやる気になれなかったのと、明日は早めに起きなければいけないので早めに床に就いた。

 翌朝、一時間ほど早めに玄関を出ると私の影の横に、少女の影が佇んでいるように見えた、昨日の邂逅で私の中の、ある感覚がマヒしてしまったのか大した恐怖もなく、まぁそういうもんなんだろうなぁ、と私に歩調を合わせる少女の影を眺めながら思った。

 部活を終えて夕闇時、校門を出た時に

「こんにちはお姉ちゃん」

 背後から声がするので振り向くと、少女が後ろに手を組んで校門にもたれ掛っている。

「こんにちはお嬢ちゃん」

 と、返すとご機嫌になったのか手を後ろに組んだまま私の前に出て声をかけてくる

「さ、行こうよ」

「え?どこに?」

「決まってるじゃん、室伏涼子のお家だよ」

 私は思考を停止させ、この少女は自分に飽きたら勝手に消えてくれる天邪鬼だろう、と楽観論に身を任せ私は歩き始めた。少女は私より半歩先を歩きながら突然止まるとバッと振り返り

「そういえばさ、まだ自己紹介してなかったよね」

 そう言うと

「私の名前は夕焼小焼、今後ともよろしく」

 夕焼はそう言いながら後ろに組んでいて手から左手だけを前に出して握手を求めてきた。私が握手に答えてやると、手を握ったまま私の隣にきて歩き始めた。私の身長は170cmぐらいなので、私の顎あたりに頭の頂点がくる彼女の身長はおおよそ150cm後半といったところか。夕焼に歩調を合わせながら横顔を見てみると、社会科資料室で右頬を撫でているときと同じような表情をしていた。

 恐らく傍目から見れば夕暮れ時に手を繋ぎ、少し前後に揺らしながら肩をそろえて歩く女子二人の姿は、中慎ましい姉妹に見えなくもないがだろう。そう考えるてみると、ふと暖かさが心から湧いてくる。しかし、夕焼の手から伝わる冬の夜気のような冷たさが、私を脅かしているのだ。

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