第3話 再稼働、新たな覚悟

「これ、二人とも聞こえるかね?」


枯れた声が聞こえる、新しいパーツを取り付けたこの身体は、まだ最適化が完了していないらしく、取り付けられた最新型の集音器からはノイズが混じり、ただでさえ聞き取りづらい声を難解にする。


『聞こえてますよ、ノイズがね』


隣から気楽な声、まったく変わらないな、と老人は笑う。


「まだ最適化は完了していませんが、一応は聴き取れますよ」


幸い、この声はしばらく聞いていたし、何となく話したいことは理解できる。


それを聞いて老人は、ならばよろしい。


と呟いて、コンピューターを叩き、目線をこちらから外す。


『それで?俺たちがまた戦闘用の装備になるのはなんでなんすか?』


そう、俺達はあの戦場の後、5年間機密区域にて隔離されていた。


表向きはメンタルケア、とはいえ俺らの製法はあまりにも非人道的過ぎて一般公開されていないから、これはこの基地の人間のみに知らされている。


酷だ、と言うつもりはない。


それは仕方のないことであるし、外に出るのは、この戦争が終わってから、クローンの肉体を作る余裕が生まれ、そしてそれが完成した時だ、と考えていた。


なにより、自分達が望んだことだった。


ヘリに回収された二ヶ月、世界的にアルザスの被害を受けた地域は閉鎖、電磁隔壁によって進行の速度は大きく停滞させられた。


この電磁隔壁システムのデータこそがあの戦いにて守り抜いた物だった。


生存機体二機、あまりにも大きな犠牲だった。


その精神的ダメージを名目とした上層部は僕ら二人を電脳世界へと送り出し、機体の動作にロックをかけた。


そして今、平和でない世界、五年後の現実にて目覚めた。


「第2世代アバランチの稼働人員が減少してきた、そして、新しいアバランチが配備されるようになった」


「三世代型……アバランチ……」


俺の驚く声に、博士は嬉しそうに頷く。


「ああ、君達の回収したデータのおかげでこれを開発できた、これが本格的に配備されれば、戦闘における戦死者は実質ゼロになる」


まるで昔のケータイ会社みたいだな、とカインがいう、とはいえその声は驚きに満ちていた。


「ただ、これはコストもかさむ、人命第一と言えど、このご時世このコストは尋常じゃない」


ああ、と表示されたデータを眺める。


起動には親機には核動力の三分の一、子機は従来のバッテリーの1.5倍が必要、と記されている。


俺たちを作るとき、フレーム単価ですら高等技術が多く使われ、戦闘機が二機出来るような体だ、といわれた


とはいえいまのご時世、戦闘機なんて飛ばしたらアルザスに叩き落とされた挙句制御ユニットを乗っ取られ、あっという間に謎軌道でミサイルを避けるとんでもマシンの出来上がりだ、しかもアルザスの特性上、燃料切れなんて交戦中どころかとんでもない長期間飛び続けるだろう、三機のアルザス化戦闘機でフランスの領土が半分、人民は三分の一になったのは有名な話だ。


「我々としても、最初期の試験期間、これがどんどん破壊されるのは勘弁したい、これがあれば沢山の人が助かるのに、コストのせいで試験終了などとなって欲しくはない」


博士は申し訳なさそうな顔をしてこちらを見る。


「あの過酷な戦場を生き延び、そして第三世代と同等のフレームを持つ君達にお願いだ、このシステムを使う新たな戦士達を、守って欲しい」


博士は頭を深く下げて頼みこんできた。


『ん〜どうすっかね、死ぬのはごめんなんだが……それで死者が出るってのは、もっとごめんだ』


ああ、と答える、博士には恩がある、この身体にしてくれた事、帰ってきた俺達のメンタルケアをしてくれた事。


「博士、俺達の命はあなたが作ってくれたこの身体のお陰です、そして僕たちが守りたかったのは少しでも多くの命が救われる世界です」


博士の顔は見れない、けれど足元には水たまりが出来ている。


「すまない、君達は十分辛い思いをしたのに……」


あーあ、泣かせたな相棒、とカインが笑う


「うるさいぞカイン、それより博士、ならば急がなくてはいけません、至急戦闘装備の取り付けを」


「っ……ああ、そうだね、とびっきり高級な装甲を受注してやろう、装甲カラーに希望はあるかい?」


フレームタイプは変えられないけどね、と博士が謝る。


カインはスカウトフレームのままだし、俺はマルチフレームのままってことだ。


『じゃあ俺、前のと同じでいいや』


適当な、とツインアイの右の方で睨みつける、とは言っても保護用のアイシャッターを若干閉じる事で悪い目つきにしているだけなのだが。


「ああ、わかった、カインはディープレッドで手配しよう、それで、君は?」


博士がこちらを見て問いかける。


「そうですね……」


あの時を思い出す、彼は純白の四肢で戦い、また彼は黄色の腕で剣を取った。

そして俺は群青の装甲で走り抜けた。


「じゃあ、スカイブルーで、腕にイエローのラインを引いてください」


その声に博士は目を細め、頷く。


「うむ、わかった、そのように手配しよう」


『なに?相棒、弔いのつもりか?』


その声に、俺はすこしおかしさを感じて。


「は、そうだな、弔いと言うよりは、現世への楔かな」


『未練タラタラじゃん』


カインはいつものように、そう言った。



よし、と博士が頷く。


「センサー類は先ほど更新した通りだ、異常があったらいつでもコールしてくれ、私はこれで退席する、最後に二人共」


博士はどこか穏やかな顔で


「お前達は皆私の子供だと思っていた、彼らのことを忘れないで向き合ってくれてありがとう」


と告げた、それに対してカインは。


『はっ、なにいってんだよ博士、なぁ相棒?』


そうだな、と俺は笑い。


「そう思ってるのは博士だけじゃない、僕たちも、そう思ってますよ」


博士泣かないでよ、まったく、この人涙もろいなぁ。


「ああ、……ああ、ありがとう、二人共、どうか死なないでくれ、君達をその身体に押し込めた愚かな老人からの、最後の願いだ」


博士が、俺の腕を握ってそう言った。


全長185cm、その鋼の体が俺たちにあるすべてだった。


そして今、その腕の中に多くの命、そして人類の命運が託されているような。


そんな気がしたんだ。

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