一番街裏通りの奇妙な道具屋は道具を売らない
佐々城 鎌乃
カイストルへ
3月が終わる頃、メイサはボンネットバスに揺られてよろめいていた。扇風機のガタガタと震える音が燃費の悪いバスのエンジン音に混じって聞こえている。時たま大きく跳ねるバスの振動がお尻を伝って頭に響く。舗装されていない粗末な田舎路を走っているので、一時として身体が跳ねない時はない。
窓の外には一面の青い小麦畑が遠くに霞む山脈の際まで広がっている。冬を越したばかりの小麦畑は、さながらシルクの絨毯のように鈍く太陽を反射してなびいている。
メイサは揺れでじんじんとするお尻を摩(さす)りながら、膝に乗った大きな茶色い革の旅行カバンを片手で支えていた。二、三日分の着替えと少しばかりの食料が入っているカバンは、軽いとはいわないが、それなりに重い。なら、カバンは自分の隣にでも置けば良いはずだが、メイサはこじんまりと纏まって左右をチラチラと気にしていた。
このバスの中には、車掌とメイサ以外に乗客は居ない。だが、人が居ない代わりに変なモノがいる。
丁度運転席の背後の空いている一段高い座席に、白く細長い身体をして目がその先にひとつ付いた変なモノが揺れていたり、大きな身体をした苔の生えた大男のようなモノがメイサの両側に居たり。はたまた片方の羽根しかない虫みたいなモノが天井の荷物棚の上からこちらを覗いていたりと、非常に賑わっているのだ。
けれども、それらは普通の人には見えないし、触れる事も出来ない。たまに踏んづけたり、通り抜けたりした時に悪寒がする程度である。だがメイサには、はっきりとまではいかないが薄っすらとそれらが見えていた。そのせいでメイサはよく苦労させられている。コップの中に蛙に似た姿のそれが入っていた時には、誤って飲み込んでしまうところだったし、肩に乗ってきた時には冷や汗が出っぱなしだった事もある。
何より、メイサを見る人の目が一番の気掛かりだ。見えず触れられずのモノが居るのは確かだが、何分常人には見えない存在であるから巧く誤魔化さねばならない。現に今だって、一人しか居ないシルバーの車掌を気にしてそわそわとしている。それに、両脇を隙間なく挟む岩男2体のお陰でカバンを置けず、窮屈極まりない。
「次はカイストル、カイストル。お嬢ちゃんは降りるかね?」
しわがれた声で車掌が言った。ぼうっとしていたメイサは慌てて「降ります!」と叫んだ。
目指すはまだ顔も知らない親戚の家、オリステラトスの道具屋である。
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