東京銀座郵便局物語

上郷和士

第1話

此処、東京銀座郵便局は一大拠点の郵便局だ。

青空高く、そびえ立つビルディングが乱立し、緑が立ち並ぶ中――

建物は6階建て。自動二輪や専用車が置いてある駐車場は地下1階から2階まである。

1Fは、郵便部でトラックの発着場だ。二十四時間眠らない郵便(の、流通)は、果てなく続く川のように、その荷を届け、また遠くへと帰宅の途に帰る遠距離トラックを見送るのだ。それは朝から晩まで続く。1F郵便部。俺は、郵便部にて荷の上げ下ろしを管理し、4Fまでそれを届けてくれる郵便部を尊敬する。そして2階では、はがきの自動区分け機がまわっている。4Fは、俺がまかされている部所。各地帯への郵便の配布を区分けする集配営業部があり、ここで一般家庭の郵便物を区分けしてから、集配員が、点呼し、確認をとって、各家庭に配達される。それから、このフロアとは別に、特別に大手通販市場の特別部門部所が、存在しているのだ。


俺自身、此処で働いていながら、驚くことも多いし、郵便局って相当にすごいんだな。と、しみじみ思う。


俺こと、大崎良成は、この、郵便集配営業部、第1第2集配営業部を、まとめあげにゃならん、部長兼、課長。内勤務である。

部長というが、俺はまだ若い。

トシの頃は、49歳。 え…トシ?

そりゃどうも。こうは云っても結構見栄えは良いから、若く見られ…よい気がするのだが、まぁいいか。


パーマネントをふわりとかけて整えた髪に、茶色付の度入りサングラス。

切れ長の大きな奥二重に、とんがった高い鼻。

身長187センチ。体重69キログラム。

現在まで、郵便専用単車で外回りをし、たたきあげで鍛えた、がっちりとした、筋肉質の身体に割と長めの足を、ひきずりながら歩く。

これが俺の風体かな。


それにしても、このフロアは戦場だ。

集配営業部第1第2は、まさに、無料で配らなきゃならない都からの特別配布物。市民への、ごみ袋の配布なんかもあるので、この敷地内は、到底、足の踏み場が、ない!


「あぶない!荷車台が通られないじゃないか。!レターパックのケース、おきっぱなし!コンテナ、もうちょっと、こっちによせて。」

俺もさけんで、空間の整理にかかる。なにせ部長クラスといえども、じーっと机の上で、事務方ばかりしているわけには、いかないのだ。

同じフロアにあるコールセンターの方からには、郵便を待っている客から電話が、かかる。また、自分の待っている郵便物を探している客からも、かかる。

待ち遠しいのか…時を待てずに必要なものを、追い求めているのか。

それに対し、探さないわけにはいかない郵便職員の務めがあるわけで…。今の俺は、とある保険会社の契約書入り封筒が、今、この便に、あるかないか探さなきゃいけない。

到着していれば、直接お客がこの郵便物を取りにきたいといっているのだ。

そうして今、区分け棚の前で、俺と、がんばって探している男どもと、それを捜し求めて

手分け作業の真っ最中なのである。


「あ!あったー。こりゃいそがにゃならん。」

この郵便物を待っているお客様がいる。それに対する返事の報告を、コールセンターが、しなきゃならないし、待っている用事だ。だから、いそがなきゃならんな。と区分け部隊と雑談しながら、ふと…振り返った時だった。


 さらさらの長い髪―― 花の香りが一瞬の走馬灯をくすぐる。

「――…大崎課長。」

はっ。として振り向いた。

俺のもうひとつの肩書き。 “課長”という肩書きで言ってくれる人を、俺は知っている。ただ、唯一の――。


この…“課長”。という響きが、

この声のイントネーションが、

俺は、いつも、とても好きだ。


俺が部長になったのは、ごく最近の事である。

皆、出世した赴きの方を選んで、『部長』と、読んでくれるが、俺個人まだまだおっちょこちょいで、いまだ『課長』みたいな所が点点点と、あるので、この“課長”と云うクラスには、年月の思い入れがある。

そして、さきほど俺を「課長」と呼んでくれた声の響きの素敵な奴は、部所が違えども、かわいい俺の部下だ。

―――目の前には、お前…


「佐藤信二です。」

やさしく微笑む目の前の部下に、とまどいながら…見つめてしまう俺―――


ボブカットの髪が軽く伸びたぐらいの長さ。やわらかな雰囲気。

一重なんだけど、決して不美人ではない堀の深い整った顔立ちで、凛としたところが、品があって…。

その瞳の色は、黒曜石という名の、オブシディアンの様で、それを、もったいなくも覆い隠すようにして、俺と同じように、毎日いつも眼鏡をかけている青年だ。


“なぜなんだ…。 なんで、お前、そんなに魅力的なんか?”

 胸が…うずく。

お前が、いつも制服からやっている、肩までの腕まくりが、すごくかっこよくて、横切って立ち去る瞬間なんか、いつも…

なんだか…この俺は、まぶしいんだぞ。


「ああ…佐藤か。」

「はい。あのぅ…課長を久々にお見かけしたもので、何か嬉しくて。」

「そっか。…あの、俺もだ。!」

「え?」

「あ。ああー。いやいやいや、別にな。…がんばれよ。!」

「はい。」

その一言を言って、綺麗なおじぎをしてから、青年は、その場を立ち去った。

流れるような甘酸っぱいものが、ふれていくような気がする。

礼儀正しくて、やっぱりなんだか素敵な奴だ。

この一瞬は、俺にとって職場での、至福のひとときだろう。


――周りを見渡した。

他の部下には、俺の動揺した気持ちは、気取られていないだろうか。

気づかれても、俺を、からかうような集配部隊ではないが…。


佐藤は、コールセンターへ、定期の再配達依頼伝票を取りにきていたのであろう。これは、電話受付してから、1時間ごとの締めで動くようになっている。なんでもないような仕事に見えるが、これも時間との戦いだということを、俺は知っている。

ああ…佐藤。

おまえ今頃は、エレベーターに乗って、もう…下の1階だな。

ご苦労様。しばらく合えない…。

というか、部所違うから、めったに出会えないんだよな。

俺たち。

“佐藤君…。”

色白の青年。佐藤信二。背は高い。170センチぐらい。

細く、すらりとのびた足が、見栄えある姿だ。

年齢は、そう若くない。と本人は言っていたが…実際は知らなくとも謎めいて俺は良いと思っている。いつか、出勤前のお前をみかけたことがあったが、インディゴ色のジーンズにラフな黒のTシャツを重ねたファッションが、若く素敵だな。と、思った。

いつかお前とふたりきりで、話してみたい。

厳しい組織社会の、この局の中で、ほんのりとした一瞬のお前へとのふれあいが、俺の“潤い”だった。


――― ズドン!!

「イタい!!!」

「大崎部長、大丈夫ですか?」

ふいに突っ走ろうとしたから、あ…足の角をぶつけた。

「いてー!」

「部長…大丈夫ですか?」

「だ…だ、だいじょうぶ…さ。痛いなぁ…。あれ?コンテナ、これ壊れてるぞ。プラスティックの角が割れてるじゃないかー。!」

どじな俺を見守る、同僚&部下達の心配げな、まなざしが、とても、とても、とっても、

はずかしい!じゃないか…!!!


第1第2集配営業部課長兼部長 大崎良成は、気を取り直して、見つかった封筒をにぎりしめ、またまた郵便信書の海を、あらがいながら、デスクまで走る。そう…

俺は、よく走るんだ。

「コールへ急ぐ!連絡しないと。」

電話機をつかむと、古いプッシュ式の連絡用内線を、まわした。



9月7日。菊花の恋。

むかしむかしあった、日本の江戸の頃の、二人の若者の死を賭した絆の恋の話を、誰か…知っていますか。――


「大崎課長…。」

大きくて、たくましい、俺のあこがれの人―――

なんだか、逢えてうれしかったな。


再配達受付伝票を握りしめながら、階段を使って、おりる佐藤信二がいた。

国家公務員ではないが、国家公務員のような仕事なので、電力量節約は、必需であり、階段を使っての移動という理念は、郵便部の上からの徹底とした教えであった。

はじめはきつかったが、なれたもので、時間の節約にもなる。自分たちに負けじと、どうかするとコールセンターの最近はいった人も、すたすたすたと、がんばって階段を、あがっていくのを、いつか見かけた。


――さてと、時間との闘いが、はじまった。


再配受付伝票のリクエストどおりに、配達員さんが持ち帰った書留やら、特別便のような、本人限定受取郵便物、あるいは、そうそう、ゆうパックなどの連絡事項が、あるわけで…

これを、短時間の5分ないし10分間で振り分け、また、4階、集配営業部へ持っていか

ねば、ならない。

そして、そのとき集配に荷物を持っていくのは、別の人の役割分担となる。


大崎課長と、逢えるのは、一時の一瞬だけ。

それも、わざわざ足を止めなければ課長とは、めったに、顔をあわせられることもない。

出勤も帰宅のときも、男性更衣室で、課長と逢える事は、此処に勤務して以来しばらくすれちがいで、…ほとんど出会えることは、なかった。


更衣室…ロッカー前… 肌―――


“は・・俺は、なにを――。”

変なの。ああ…変だ。変。…変ついでに、

“課長…トイレは、何階のトイレに行くんだろう。”

なんて、ことを考えた。どうしてかというと、大崎課長との、長い語らいの時間を、俺は、ずーっと期待して4階のトイレまで、行っていたからなんだ。

 …変、っていうことは、

これは、恋。


そう、秘めた…俺だけの心の奥の、あたたかな恋なのかも知れない。

大きな職場の中の、めったに出会えぬ上司への、ほのかな憧れ。…

おもしろい課長も好きだけど、手厳しく激励する大崎良成部長も、好きだ。 仕事人…

俺は、心から、この上司を尊敬している。

そう…僕もまた、郵便を愛しているから。


菊花の恋の話。

その菊の季節に、庭の美しい花たちが出会わせた二人の青年の物語。

それは、偶然だった。

庭に咲き乱れた満開の菊の間に、旅の若者が通りかかったのだ。いつもひとりだった菊の庭の手入れをしていた青年は、旅人と意気投合。しかし、その旅人は、すぐにでも、その時代の通達命令として、旅立たねばならず、また1年後、この菊の季節に、出会おうと、互いは告白も…契りも…交わす事も出来ず…唯 純粋な約束だけをする。

だが、城主のもとへ旅立った青年の方は、…

殿に見初められ、足止めをくらう。  

――約束。

心密かに愛した人との約束のため。心はおまえを愛している。と言いたかったため、

彼は自害して、零体となってまで、菊の庭で待っている彼に、出会いに行った…。

それが、せつない菊花の恋の話。


大崎課長。俺、4階のトイレに、いつも…菊みたいな、かわいい生花を、いけてみているんです。いつのころか、偶然にして課長も、この花を見て、一時の心を癒してくれてたらな。なんて思いながら。…

そして、こういう風に感じている僕とも出逢えたらいいな。なんて、偶然の夢を…


「佐藤君!どいてどいて。!」

「わーごめんなさい。――え!すごい荷物の量。何で?」

ぼんやりと立ちながら、物思いにふけっていた佐藤信二の後ろから、大きな鉄の箱舟が、急ぎの用として、郵便課長代理とともに、ぶつかりそうになってきていた。

「ゆうパックの方で荷を運ぶ人が、いないのよ。第2集配に頼まんと、どうもこうも、ならないし。集配部長と相談や!4Fあがるから、とにかくどいてー!」

締め切りの郵便仕分けを終えて、荷をあげる郵便課長代理、安さんが、おおあわてで、そして、静かに、大型エレべーターまで、信書を運ぶ。鉄の荷車台が、大きなコンテナをささえて、ゆったりと歩いてゆく。

「はい!あ、待って。課長代理。俺も4階いきます。!後ろからこの大きい荷物、ささえときます。」

佐藤信二は、この大変な状況下を、すれちがいざまで見て、終わるだけでは、おれない気性だった。


課長代理さんだけじゃ、辛いだろう…。何かの役に立ちたい。僕に出来ることなら…


「横んところ、ささえてくれるか。佐藤君。ありがとう。!」

「いいえ。行きましょう。」

やさしい課長代理、安さんの一言が、うれしい。

また4階に行ける。

“大崎課長に、また逢える。”


ふと…思い浮かぶのは、デスクに座った時の彼の横顔だった。

左斜め横から、あの眼鏡の隙間から、いつか見えたのは、黄金色の眼光の輝き。

睫毛の長さが意外にもあり。美しく、男らしくて端麗で。普段見せないその姿が、妖艶なアポロンの彫像のようにも見えたときがあった。


あっ……

「佐藤君!どうしたの?!横ちょ、うまく、ささえて、押して。!」

「ああ!すみません!」

また、ほうけてしまって、あわてて大型ダンボールの隅と、荷車台を、おさえる。 

…まずい。俺 何考えてんだろう。…

不安定にはなったが荷物は、そうゆれず落ちなかった。


――4階についた。

エレべーターの扉が開く。


はずかしい…。職場で身体が、こんな風になるなんて。

そう、彼を思い浮かべ、青年は秘部に官能してしまったのだ。大崎良成という人の…美しい面差しと、その肉体を想像して感じてしまった時に。

実際 大崎という人は面白い人なので、皆はすぐには気づかないが、整った顔立ちの…四十九歳には見えない、とても若くみえるたくましい美しい男だった。

この屈託のない人間を、集配の人間も郵便部も皆が好きだ。


そうこうしているうちに、大型エレベーターが到着し、大崎たちのいる4F集配営業部フロアへの入り口へと差し掛かった。


「次の便!きたか。1階。!」

荷を待ちわびた責任者大崎の号令が、あがる。

見ただけでこづみあげられた鉄の荷車台と、二人がかりの運び手。

大崎のこれからの仕事の腕の見せ所が、ないていた。

「なんなの。この大きい荷物。ゆうパックの分で、いけないもの。うちが預かりか?」

「はい。どうしても、下のゆう配達員は全員外へ出払っていて、間に合わんのです。皆、途中で帰ってくることもできないし、それで…なんとか集配にて、お願いできないでしょうか。」

そう、秋はお中元の終わりの季節でもある。

そして、此処は銀座。新東京郵便局とも近い。新東京は、カタログギフトセンターを、先手に請け負ってやっている。

カタログギフト販売も多種多様ある。それには、必ず大型損害補償がついた“ゆうパック”が、対応となっているわけで、“ゆう”の需要が、高いのは必須なのである。


「誰か!ゆうパックの小包あるんや。行ける人いる?」

大崎部長の声が、かかる。

“誰かいないか?”

大崎の声を聞いた、集配配達員も、手を止め、各自おのずから検討をするが、いい返事が返らない。

皆 手いっぱいなのだ。

これから速達と普通封筒をとりまぜて、もう今から行こうとする人。無線端末専用機械を

とりつけながら考える配達員。様々であって動く気配がない。すると、

そのときだった。――――


「僕が、行きます。」

「佐藤?。」

大崎は驚いた。集配営業部部長としても、個人の男としても。周りの部下たちも。

“ちょっと待て。お前、持ち場違う。管轄外。まずいんだぞ。”

「俺、自動二輪乗れるんです。此処に勤務してはじめてのことだけど、やらせてください。

この荷物ひとつなら、すぐに終われ、下の部所に戻れます。単車一台あいていたら、鍵、

貸してください。」

「だめだ。」

大崎課長。?

「なぜです。?」

「それは――」



「――そう。!! どうしてだね?。」

その瞬間 恐ろしいような緊張と、響き渡るような通った声が、走った。

――振り向けば

1階の郵便部責任者。義光部長が、わざわざ、息を切らせて、佐藤信二の後をつけて、かけあがったきていたのだ。

まずい。怖い…。

佐藤信二は“失敗した。”と思った。まさか、つけられているなんて。

この義光部長という人は、直属の上司だ。

そう、本当の管轄部内の佐藤信二の上司なのだ。

冷静に考えれば。そう、当然だった。


今、現在 その姿から、にらまれている。


青年は、この上司が、苦手だった。

大崎良成部長を恋しく思うあまり…この人へのかかわりを無意識にさけてそういう行動を

とってしまうのか?それは、自分でもわからないのだが、怒られるのは、実は当然なので

ある。民間企業のような考えで…、人手がないからといって、こっちを要領良く、“一人

手伝いにきて。”というわけには、いかないのであった。

佐藤信二は、賢明さから業務上の禁を犯そうとしていたという事実。

郵便部郵便部長義光の怒りは、当然であったが、少し尋常でなかった。


「佐藤君。」

「はい。」

「ちょっと、来なさい。」

「はい。」


郵便部郵便部長の目つきが鋭く、佐藤を威圧する。


恰幅のいい出た腹は、もう年齢の数は、中年の域をいく大崎良成と、さほど変らないはず

なのに、義光の体は、本当に膨らんだ中年の体だ。短髪の整えられた黒髪が。神経気質な

ところをよりよく表し、人より少し…常軌をいっしていた。


どうしよう…。これから、この人と面談…。

“怖いな…。”


「佐藤。!」

大崎良成の呼び止める声に、心がほぐれた。


“大丈夫です。大崎課長、いってきます。”

“お前…。不安だな。

俺も、あの人苦手だ。”


目と目で、対話した一瞬だった―――

フロアのはなれの隅に、連れていかれる佐藤を見送りながら、ここからは、どうする事も

出来ず。大崎良成は、配達人で或る、此処の部長として、今は唯、仕事人としての決意を

固めていく『仕事』をしていくしかなかった。


「その荷、俺が行くから。!」

キーケースから単車の鍵を取り出し、ひさかたぶりの大崎の腕がなる。

「部長が出られるんですか。!」

「俺しか、いまい。」

「がんばってください!!!」

「おおー。区分け部隊、行ってくるわ。」

「さて!」 ――行くぞ。

地下専用エレべーターへ大崎は下準備をし、ついで廻れるように、あの地域の急ぎの書留

速達などないか。確認をとりながら、地下へ向った。

防寒用の、羽織る、ジャンパーの、ジッパーをあげながら、内なる奮えと愛する自動二輪に願いを込め、白い専用ヘルメットをかぶる。

 

…ひさかたぶりだな。 

乗せてくれ。――



一方 その頃。ただ、ひりひりとした空気の中で、4階の隅の方のソファーでは、ある暗い部屋の空間の中で、義光郵便部長との神経質な面談を青年は耐えていた。

佐藤信二は、若い。その若さが、“実年年配”である義光には、気に入らないのであろう。延々と、独りにされ、精神的に追い詰められていた。


「なぜ?君が動くの?君の持ち場は何処なの…。郵便部だよね。

次の発着。到着。トラック便の事とか仕事はまだ、たくさんあるよ。

 ――なぜ、君が動くの?」

さっきから、何度同じ質問を、この人は、するのであろう。


「4階への荷は、郵便課長代理と共に行ったので、ミスではない。と、思います。すぐに

持ち場へは、戻るつもりでした…。」

「では、なぜ君は、配達に出ようとしていたの?」

「…それは!………!」


義光部長。この人は…、怖い。


義光部長という人は、おそらくは、精神学的な神経症だ。

無限ループで、PC動画の様に、同じ問答が、ここ4回は回った。じりじりとした、冷たいまなざしが、ひとり耐える青年の心の臓を打ち鳴らして苦しめた。

「……申し訳ありませんでした。今後は気をつけるように致します。」

佐藤の、この言葉を待っていたのだろうか。やがて恍惚とした満足感に浸り、ニヤついた

かと…また、仏頂面になり、言葉を発した。

「もういい!部所に戻りなさい。1階の決まった部所を動かぬように…。以後 勝手な真

似は、つつしんで!!」

「はい。下の郵便部へ戻ります…。」


 ――俺、馬鹿だ。

組織という所のものの観点で個人の立ち居地や言動がいかに大変なのか。青年である彼は、ここに配属される前、研修を受けたはずだった。それでも…働き者の、正義感あふれる彼には、むつかしかったかも知れない事例だった。

うなだれた横顔が、少し疲れて、その瞳には光る涙が、浮かびそうになっていた。


 …大崎課長・・

俺、郵便局に、なにしに来てるんでしょう。

いろんな仕事に、たずさわって役に立ちたい。

その気持ちは美しかったかも知れないけれど、

それは、やはり…郵便部の枠のみで、がんばるべきでした。

やるせない気持ちを、どこにも吐き出すこともできず、青年は仕事という名の壁に、一人

ふるえるのだった。


――1時間が経過した。


猛ダッシュで、さきほどのゆうパック配達から戻ってきた大崎良成は、まずは1階郵便部へ、よってみた。

大崎の息遣いは、とても荒い。心配でならなかったのだ。

…見渡せば、あの、義光郵便部長は、今いなかった。

また此処に、あいつがいたら、「何故に君が、郵便部にいるの?」と、食ってかかられ…今度は、俺が説教部屋送りに連れて行かれた所だろうな。

何か手がかりがほしい…。

大崎は、郵便部で一番、声のかけやすい奴を探し、声をかけた。


「おつかれー!!あのー、佐藤信二くんは、いない?」

「あれー?大崎部長?どうしたんですか?」

「ああ。矢部!佐藤信二君、いま、休憩?」

「あ、…はい。さっき確認とりました。『休憩』1時間を、まだ、とってなかったんです。この8分前に、ここを出ましたよ。」


矢部晶は、いつものんびりした感じだ。ちょっと色黒で痩せ型。結婚しているとか、いないとか…プライベートは、わからないが、若く、やさしい奴なので、1F郵便部で、こいつを見かけると俺も安心することができる。 

当然、佐藤信二君も、だけど――


「えーと…佐藤君、いつも、どこ、行ってるの?」

「ああー。大崎部長、知らなかったんすか?“4階”ですよ。」

「4階?!!なんで集配の4階まで上がってきてるんだ。??」

「さぁ。最初手始めのトイレじゃないですか?。いつも4階でしたね。あそこ、きれいだから。そこで身じまいしてるんでしょう。そっから、またむこうに休憩室あるし。あと知りませんけど。…」

「そうか、ありがとう!あいつのことが、ちょっと心配で、きてみたんだ。気にせんでく

れ。な。」

「あ、はぁ…。それでは。」


俺の、あいつを探さなきゃ。

あいつに会いたい。

あいつの心は?現在落ち込んでないか?男に呼びつけられるのは結構、俺でもきつい…。

気持ちが折れてなければ、いいけれど――


階段ダッシュが早いか。嫌、待て…もう体力が限界だ。エレベーター。向こう側の小さい

方なら、迷惑になるまい。トイレって…4階に、いつも俺の近くに佐藤が来てたなんて…。


あふれんばかりに封じ込められていた男の楔(くさび)が、もう…弾き出さんとしている

のを大崎は止められず走り出した。そうしたら、また俺は、脚を、つまづいて…間違って、ごみ箱を蹴っていってしまったが…その後、矢部が、片付けてくれていってくれるのを信じて、悪いとは思いながら、そのまま慕い思う青年のもとへ飛んでいっていた。

佐藤信二。――二輪にまたがって配達中も、アクセルを蒸かしながら、お前が心配だった。

義光の尋問は?お前は俺たち集配配達員を思っての事だったのに…。わかっていたさ。


急いで、玄関側のエレベーターのぼりボタンを押す。

急いで!4階。


いつも俺な…佐藤。休憩室も4階なんだが、部下たちの憩いのためにな、俺は4階には、

あまり居なかったんだ。いつも佐藤信二。

お前の働く職場の雰囲気を味わいたくって、

休憩時間は1階郵便部まで、降りてたんだよ。

それから、お昼は外へランチに出ていたんだ。

俺たち…いつもすれ違いだったんだな。


エレベーターが、4階へ到着する。

待てずに開きかけた扉をこじあけ、走る!

佐藤信二!

あの柔らかな青年に逢いたい。――


――バン!!

4F男子トイレの扉を開けた。

大崎良成第1第2集配営業部課長兼、部長が、愛しいものを見つけた喜びで、その場を立ち尽くした。


…ふるえた。ふるえはじめた。体が恍惚と…

どうして大崎良成? 俺の身体が、こんなにも喜んでいるんだ。


目の前には、小さな花瓶に活けられた綺麗な花を指先で触れながら、はっと…振り返り、

よく見れば…、泣きだしそうな顔になった、あどけない青年がいる。


彼もまた、敬愛する大崎良成という男にあえた喜びに打たれてゆく青年、佐藤信二が、

そこに、いた。――


「大崎課長…。」

「ここだったのか!佐藤…!」

見つめあった時間の吐息が、長かった。

  トクン…

見つめあった。そう、見つめあっただけで、二人の何かがはじけたような気がした。


「――しぼられたか。」

「はい。怒られました。」

「俺、心配でたまらなかったんだ。義光は陰湿だからな…。」


「逢いたかった。―――」

たまらず信二の腕を抱き寄せた大崎。そして、その手が彼の眼鏡を、そっとはずして…、その頬をつかみ、互いに見つめてみる。

憂いを帯びた表情。その男もまた、自分の素顔をさらし…眼鏡をはずすと、熱く見つめ、

互いのトレードマークの眼鏡を片手で持ちながら、美しい障害者用トイレの方に、青年の身体を、うながすのであった。


「課長…?」

「おいで。」

待てなかった。

大崎の箍(たが)が、はずれた。


今の時刻は、お昼過ぎ。15時40分頃――


青年の腕を、やさしくとり、その腰を抱くと、たまらず抱き寄せ、この障害者専用トイレに彼をまねきいれ、個室の扉の鍵を、やわらかく…かけた。

「あ…あの…課長。なにを―― 」

「洗面所のところに置いておくな。」

そう言って互いの眼鏡を、重ねた瞬間――

甘美な切ない…華の序幕が、あがった。


「 “好き”だ。 」

大崎の声からあふれる…ありったけの思いが、ハイバリトンになって美しい青年の心を、包む。

その彼の頬を、両手でまた包み、クン…と、鼻をつつき触れながら、やがて、角度を変え

やさしくも胸打つような口付けが重ねられた。


 …熱い。 胸の奥が熱い。…


「待って。待って。課長…これは、…あ っ…―― 」

大崎の荒々しくなった、両の手のひらが、さざなみになって、青年の柔肌を求める。

「待てない。俺は、」

 …好き。って、俺はきちんと言ったぞ。

お前は?


抱き寄せられて、吸い寄せられて…。洗面所の鏡に映りゆく、現実に乱されて、抱き合い

ゆく二人が美しかった。

熱い…熱いから。

彼からの抱擁と、黒髪をかきあげられ、顔をつかまれながらの、頬ずりと、それからの、

ささやくキスが、その感度だけ熱くて

…耳元にこだました。

  チュッ… チュ…

…はっ……   

首筋は、だめ。感じてしまう―――!


「はん…大崎さん。」

「うん。今は大崎さんでいいよ。」

「は… あぁ…」

声だけで、いきたくなるじゃないか…。

佐藤…。

「舌は、入れんよ。なんか…汚かろう。俺、時々煙草吸うし。お前の味覚に、そんな臭いの入れたくない。 俺は唇だけ重ねて、そして熱くなるだけで、なんか充分やわ。」


そんな会話をしながら…大崎の“男”のその部分は、もう…熱くなり始めていた。


青年の細い腰を抱き寄せ、男が…喉を鳴らしながら、無い声を漏らし始める。  

“――ほしい。”

その筋肉質な…たくましい男の腕が、信二という若き青年の真珠のような身体をつつむ。

外の仕事が熱かったからだ。大崎の制服の第二ボタンは、もう、はずれていた。そこからのぞかせる茶褐色の厚い胸板に青年は、むりやり頬をうずめさせられ、甘美な男の薫りに恍惚となっていく。


「今、脱がしてやる…。」

――あっ。嫌ぁ……!!

否定の言葉が、出ながらも…彼が抵抗できるはずもなかった。


 愛しい…

 素敵な俺のあこがれの人… そのあこがれの人から

俺が、求められている…。


「なぁ…聞かせてくれ。信二。…お前の気持ち。」

「課長…はぁ…はっ …言わないといけない?」

「いけない。まだ、答え聞いてない。」

「意地悪…」

「意地悪だよ。」

「だって…」

「俺が、嫌か?」

「……そんなっ、あっ…!」

「お前の吐息…色っぽいな。」


青年の制服の胸ポケットには、たくさんのペンや、カッターが入り込んでいて、うまく脱

がしほどけなかった。が、――

その、こぼれんばかりの白き上質な肌は、鏡越しに、目を見やれば…。男、大崎の心を鷲

づかみにし、その視覚を甘美に喜ばせるに充分だった。


  …いいじゃないか。


「こっち。」

「…え…。」

「見てみろよ。」

美しい洗面台の鏡の前に、むりやり青年を、前向きに立たせ、その紺色の制服を胸まで、

はだけさせた…淫らな色香の或る君の姿を、映し出させる。


  …はっ…… 課長。

  …綺麗だな。お前―――


また後ろから抱きすくめ、抵抗できないぐらいの…今度は、指の、ついばみを、青年の胸

乳首に、刺激していった。

「ッ…!はじめてだ。こんなすごいの。なぁ…信二――!」

「やめ…っ。課長。は…ああっ――」

「鏡、見ろよ。きれいじゃないか。お前…」

「やめてぇぇ…」


見開かれた青年のまなざしに映るのは、艶のある…芳醇な色香の自分と、野獣になった、愛しいたくましい人が、そこにいて…みだらな鏡の絵画をそこに描き出している。

ゆれる黒髪―― …泣き出しそうな吐息が、鏡の中の自分と、男と化した大崎良成に反響してゆれていた。


  …ん・・うう… んんーっ・・・

また再度、男の方に身体の向きを向かされ、唇を奪われる白き青年。

 …チュッ。チュ……

 ううう…う…ん。やぁぁ…

そのまま胸元が彼の指先でも愛撫され、そこも、また唇が、はわされる。その身体ごと、もう…互いの身体ごと熱く。青年の…そして褐色の男の密着が、これ以上にない強さへ、上り詰めていくのを、食いとどめる事など、出来はしなかった。


 …“固い”だろ。 俺の――…

  お前のも、感じる。

肉体の密着――  個個のうずきが、感じて…。


 … だめ。やめて。――

「すまん。」

突如として、男のズボンのベルトが、カチャカチャとした金属音で響く。

ボタンがはずされ、ファスナーが下ろされた時、大崎の“もの”が、長く跳ね上がり、青年の被服の部分を性でぬらすと、剣を交えるように、青年の秘部へも、それを、こすりつけ… 野獣の様に…蛇の弓なりの様になって、青年を求め続けていた。

「冷たいが、こらえろよ。」

急に組み敷き、個室のタイル地に、彼を組み倒す。広くはあるが、せまい個室空間。

誰がくるか…わからない虚無なタイル地に、組み伏されて…青年は、恐怖を覚えた。


 はっ…… 課長!

「佐藤。お前の素肌に…腹の上に俺の熱いのを放つ。汚す。…許してくれ。」

「熱いのって…何?」

「―――ほとばしり、だ。」

「ああっ待って!嫌、嫌ぁ!!!」

「ティッシュで拭いてやる。そうさせてくれ…な。な。」

「だめぇぇ。嫌ぁ! …課長。こわい………」

「おしりにするよか、よかろう?お前も俺も、はじめてやし…。それとも、痛いほうが、よかったんか?」


 ヒック…

 泣いてしまう…。


「… すきです。大崎課長。」

「うん。」

「やさしいあなたが、好きです。!!!」

うん。…じゃあ、いくで。――  


…答え。ありがとう。


組み敷いた青年の上半身をひん剥き、馬乗りになって茶褐色の男が、その“物”肉棒を、

大きくふるわせながら琥珀の様に光り、愛しい青年の腹をめがけ、熱い射精を放った。

“嗚呼―!”

汚された瞬間、

その美しいまなざしから、あふれんばかりの涙がこぼれた。

…うばわれた。

背の高い、荒く高ぶった男の人の重い体重が

嗚呼……――

俺が、犯されてる。という現実を突きつける。


  ――この人なら、いい…。

     結ばれた一瞬だった。―――


 …ヒック…… 

 …

 ぐすん…

 佐藤?

「ごめんなさい。涙が出て止まらない…。」

「怖かったんか。」

「少しだけ。…」

「ごめんな。でも、本気だった。――」

「…本気?」

「いたずらで、こんな事出来ん。『本気』だよ。佐藤君…」


 ん…

 もう泣かんで。な。…

 ん…


「…急ごう。『休憩時間』守らんと、俺たち郵便局員処罰やし。」

「はい。」

「佐藤君のほうが、時間ないんやろ。ごはん食べれそう?」

「はい。課長。」


組み敷かれた後、ゆっくりと身を起こした信二の身体をやさしくいたわりながら、汚したそこを拭き取り、清潔にする大崎。そのやわらかな乱れた黒髪に触れてみて、かきあげる

と、そっとまた、頬に触れ、…今度は彼の眼鏡をかけてあげた。そして、互いは、向こうを向きながら、みだれた制服の整えをする。

さきほどから、男子トイレに何人か用足しに、来た来訪者を数えて、そろそろ急がないといけないという緊迫を持ちながら、大崎は、ズボンのジッパーをあげながら、このあどけない美しい青年、佐藤信二の身体から離れた。青年はタイルの上で倒れていたが…やがて起き上がるとゆっくりと大崎を見つめ、気持ちを切り替えるのだった。


「じゃあ…大崎課長、僕は行きますね。」

「うん。気をつけて。 また、逢おう。」

「はい。」


扉が開かれ、急ぎ、トイレドアは開放され、閉められた。


…気持ち整え、また、良い仕事しよう。佐藤。

次の時間も、明日も、また…お前に逢えるといいな。


濃密に…、自分の愛しい部下と密会した空間―――

甘い吐息が、まだ耳にこびりついている。

 …やさしいあなたが、好きです。

答えをもらったメランコリーと甘い薫る風を心に感じながら、大崎良成は、一人たたずんでいた。


がらがらがら――!!


障害者専用トイレのなかで、ひとり物思いにふけているところに、不意打ちで、戸を開けるやつがいた。

「あ、矢部。」

「あー大崎部長、はいってたんですか。だめですよ。鍵かけといてくださいよぉ。」


しまった!油断したー…!!

まさか、矢部はいってくるとは、おもわんし。


ガラガラガッシャンーー!!!

「ごめん。矢部。びっくりさせたな。俺、また、こけた…!!。」

「なんですか部長…。びっくりしたのは、こっちですよ。大きいほうしてる最中だったら、

どうするんですか!」

「矢部…突っ込まんで。頼む…。」

「痛いんですよね。わかりました。部長、…あまりあわてないでくださいね。」

「お、おう!」



愛しの君へ。

君とこんな愛をかわすなんて思ってもみなかった。

天使のようだった、君の柔肌―――

今日もまた、人間分岐交差の行き交う人間模様が、この二十四時間眠らない場所で、

大切な人の思い出とともに、川のように流れる。

大切な君よ…

俺の心の泉のように、かぐおしい愛しき君よ。

明日もできれば、なんでもなく、俺を「課長…」と呼んでくれるだろうか。

すれ違う瞬間の、薫る君が…大切だから。



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