1章『出会い』

1節『始まり』

あぁ……真っ暗だ。それに酷く頭がぼーっとしている。

ジャリッ ジャリッ

誰かが近づいてきた。

「おぬし、何故こんな所で寝とるんじゃ?」

意識が朦朧もうろうとしている中、僕はゆっくりとまぶたを開く。すると、幼いが覗き込んでいるのが見えた。

「ふむ……だいぶ生気を吸い取られておるのぉ……」

瞼を閉じ、再び視界が暗闇に戻る。

和華わか様、どうかなさいましたか?」

もう一人歩いてくる。

「こやつが道端で寝ておってな」

「……だいぶ弱っているようですね」

「どうやら生気を吸い取られたようなんじゃ」

「生気…………人間ですか?」

「それは分からぬ……どうじゃおぬし、か?」

「和華様っ!? いけません、怪しい者を助けるなど」

……僕は死にそうなのか?

それなら僕は ──────



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「これ、いい加減に起きぬか!」

僕は頭をペシペシと叩かれて目を覚ますと、あかひとみを持ち、長い明るめの栗色の髪にケモノの耳を付けた少女が、不機嫌そうに覗き込んでいた。

「……お、おはよう?」

「『おはよう?』ではないっ! おぬしはいつまで寝とる気じゃ」

何故か怒られた。

「和華様、昼食が出来上がりましたので……」

僕が布団から体を起こすと、突然忍者のような格好をしている女性が部屋に入ってくる。

「目が覚めてしまったのですね」

「これかえで、そう睨むでない」

「……冷めないうちにお召し上がり下さい」

彼女はそう言うと、もう一度僕を睨みつけて部屋を出ていってしまった。何だろう?

「すまぬな……この町のものはよそ者を嫌っておってな、あはは」

和華様と呼ばれていた少女が困ったように苦笑いをする。

「あのここは」

「おぬしに聞きたいことがあるのじゃ」

声が重なってしまう。

「おぬしの名はなんじゃ?」

「僕?」

突然名前を聞かれて驚いた。

「どうかしたかの?」

「いや……僕は坂上さかがみ幸太郎こうたろう

「ふむ……長いのぉ、幸太郎でよいか?」

「うん。えっと、君は?」

「妾か? 妾は和華と言うて、この町で『生気せいき売り』というあきないをやっておる。さっきの睨んでおったのが楓じゃ。まぁ、ここではなんじゃ、あっちの座敷で話そうぞ」

和華ちゃんはそう言うと背を向けて歩き出した。僕は後ろについて行きながら和華ちゃんを見る。この子は小学生だろうか、身長が僕の胸の下辺りまでしかない。そしてかわいい。次に家の中を見る。今どきは珍しい木造住宅で、少し古めかしいが歴史を感じさせるような雰囲気だ。実際に見たのは初めてだと思う。

「楓、入るぞ?」

和華ちゃんが引き戸を開けると部屋の真ん中に囲炉裏いろりがあり、その隣で楓さんが正座をしていた。

「楓よ、三人分よそってくれぬか」

僕らはそれぞれ囲炉裏を囲うようにして座り、楓さんから何やらおかゆのようなものが入ったおわんを渡された。これを食べるのだろうか。

「楓、こやつは幸太郎じゃ、仲ようしてやってくれ」

楓さんは僕を一瞥いちべつすると一言「はい」と言った。

「それで幸太郎、おぬしは何処から来たのじゃ?」

何処からと聞かれてもここが何処だか分からない。

「えっと、東京……?」

我ながら呆れた。都道府県名を答えてどうするのだろうか。

「とーきょーか、聞いたことないのぉ……楓は知っておるか?」

「いいえ、私も存じておりません」

予想外の答えが返ってきた。東京を知らない? いいや、日本の首都を知らないはずがない。戦争まっただ中にあるのだから、それはなおさらだ。じゃあここは何処なんだろう?

「ふむ、ならば異国から来たのか。それでおぬしは何なんじゃ? 見たところ付喪神つくもがみに似ておるが……」

『つくもがみ』って何だろう。

「えっと、つくもがみって?」

「知らぬのか、珍しいのぉ……ならば狸や狐の類か?」

和華ちゃんは不思議そうに訊ねてくる。どうやら僕は人間として認識されていないようだった。

「一応人間だけど」

「なんじゃと!?」

「そんな……」

人間と答えると二人とも驚愕して黙り込んでいる。そんなに僕は人間に見えていないのだろうか。

「ふふっ、そうかそうか♪」

僕が人間としての自信を無くしそうになっている時、不意に和華ちゃんが楽しそうに笑い始めた。

「ならば分からぬのも当然じゃ。なるほど、人間じゃったか」

和華ちゃんは何かを分かったように頷きながら楓さんの方を向き何かを呟くと、楓さんは僕を見てすぐに目を逸らし、部屋を出て行ってしまった。何だろう。

「よし、では幸太郎、この世界について教えてやるからの、寝らずにちゃんと聞くんじゃぞ?」



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「つまりここは、僕が住んでいた世界じゃない……?」

今説明されたことを確認する。いや、もっと説明されたがこれしか理解が出来なかった。

「そうじゃな、もう少し詳しく言うと『妖界ようかい』と言うて、妾のような妖人ようじんと呼ばれる者達が暮らしておる世界じゃ。おぬしが知らんだけで他にもたくさんの世界があると言われておる」

たくさんの世界が存在する……パラレルワールドのようなものだろうか?

「幸太郎、おぬしは人間界へ帰りたいか?」

突然の質問に戸惑いながらも僕は帰りたいと言うと、和華ちゃんは「そうか」と言い、少しの間をおいて昔話を始めた。

「昔々、人間と妖人は『清想門せいしょうもん』と言う門から、お互いの世界を行き来しておった。しかしある時、よこしまな人間が妖界で悪さを働いたのをきっかけに、長きにわたる争いになっってしまったんじゃ。それを見かねた術師は清想門を封印し壊してしもうた。それ以降、妖人達は人間を嫌い、門はそのままになっておる。」

和華ちゃんは終わりとばかりに「ふぅ」と息をつくと、真剣な眼差しで僕の目を見た。

「幸太郎、ここから大事な話をするぞ。妖人達がおぬしのことを人間だと知ってしもうたら何をされるかは分からぬが、下手をすれば殺されてしまうかもしれん」

確かに人間を嫌っているのだったら、最悪の場合殺されてしまうかもしれない。それだけは嫌だ。

「門の封印を解くことは出来ないの?」

門を使うことさえ出来れば、たとえ妖人達に僕の正体がばれたとしても人間界に帰れる確率が高い。

「それは分からぬ。術師はもうこの世にはおらぬが、世界のことを何やら調べておるやつがおっての、まぁ、そのなんじゃ」

何だろう、なにやら歯切れが悪い。

杜若かきつばた梗咲きょうさくと言うての? ん~なんじゃ、まぁ、面白いやつなんじゃが、ちとあれでのぉ……」

「ただいま戻ました」

その時、部屋の引き戸が開いたと同時に楓さんが入ってきた。手には大きな風呂敷が握られている。

「うむ、ご苦労じゃったな。幸太郎、人間界に帰るまではこれを着ておくとよい、その格好では目立ってしまうからの」

和華ちゃんは楓さんの持ってきた風呂敷を受け取ると、包まれていた灰色の服をにこにこしながら僕にくれた。少し硬くてごわごわしている。

「その羽織はおりの着方は分かりますか?」

楓さんが無表情で聞いてくる。態度とは裏腹に以外と優しいのかもしれない。

「たぶん大丈夫だと思います」

「そうですか……」

無表情で分かりにくいが、残念がっているような気がしたのは気のせいだろうか。

「おぬしが寝ておった部屋で着替えてくるのじゃ、そしたら梗咲のもとへ向かおうぞ」

僕は渡された灰色の羽織という服を持って囲炉裏のある部屋を後にした。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「すごい………」

着替えを終えた僕がお店を出ると、目の前には時代劇によく出てくる江戸の町のような光景が広がっていた。一本道の両脇にたくさんのお店が立ち並び、威勢のいい掛け声や笑い声が聞こえてとても賑わっていた。

「どうじゃ、活気があるじゃろ? ここは古町ふるまちの中でも一番賑わう町じゃからのぉ」

人間界でも『新技術革命』が起こる前までは、商店街と呼ばれる地域でこんな光景が見られていたと学校の授業で教えられた。知識としては分かっていたが、実際に見てみると、とても生き生きしていて楽しそうだった。

「和華様、私はいつお客が来るかもしれないので店番をしております。それにあの方は少々苦手で………」

楓さんや和華ちゃんが苦手な杜若梗咲さんとはどういった人物なのだろうか。

「うむ、そうか、しっかりと頼んだぞ」

「はい、お気をつけて」

「では行こうかの」

僕と和華ちゃんは活気あふれる町の道を歩き始める。

「幸太郎、おぬしにいろいろと言っておかねばならぬことがあるのじゃが」

賑わっている場所から少し離れたところで、和華ちゃんは真剣な表情で振り返った。

「この世界には生まれながらに持っておる『しょう身分』と言う身分があっての、高いものから狸、狐、狼、犬、猫、いたち、蛇、ねずみ、蜘蛛と続き、一番下に付喪神がおる。それぞれの体にその特徴があるのじゃが、妾はこの狐の耳と尻尾じゃ」

さっき言っていた付喪神っていうのはこのことだったのか。動物で分けられるってことは、つくもがみも動物なのかな。

「つくもがみはどんな動物なの?」

「いや、付喪神というのは動物ではなく、物じゃ。例えば桶や樽、刀も付喪神になるんじゃな。付喪神の特徴は細工さいく師や師のように何かを作ることに秀でておることと、体に特徴が無いことじゃ。おぬしのように耳もし」

「和華ちゃんだーーーーーーっっ!!」

突然小さな女の子が和華ちゃんに抱き付いて来た。瞳は黄色く、短い銀髪に狐のお面をかけている。かわいい。

「ちょっと夕顔ゆうがお、待ちなさいよ~~」

後から来た小さな女の子は、腰まである紫色の髪に空色の瞳が特徴的だった。かわいい。二人とも和華ちゃんよりかちいさいな。

「これ夕顔、いつも言っておるじゃろ。妾の方がお姉さんなのじゃから『ちゃん』はつけるでないとな」

「和華さんごめんなさい、ほら夕顔、あんたも謝るの」

「えへへー、ごめんなさーい」

銀髪の子の方が身長は高いがあどけなさがあり、紫髪の子は身長は低いものの、しっかりとしている印象を受けた。二人とも同じような耳と尻尾が付いている、姉妹だろうか。

「うむ、相変わらず夜顔よるがおはしっかりとしておるのぉ、流石はお姉ちゃんじゃ」

「えへ……ありがとうございます」

紫髪の子はにこにこ笑っておりとても嬉しそうだ。

「おにーちゃんはだーれー?」

銀髪の子が首を傾げながら質問してくる。えっと、なんと言えばいいのだろうか……

「こ、こやつは……妾の店で働いておる付喪神で、幸太郎と言うのじゃ。仲ようしてやってくれ」

「よ、よろしくね……?」

僕が人間だという事がばれないかという不安の中、二人の少女はお互いに顔を見合わせ「よろしくねおにーちゃん!」と共に屈託のない笑顔と「よろしくお願いします」の礼儀正しい挨拶を貰った。ばれるどころか、仲良く出来そうな気がする。

「幸太郎、こやつらは夕顔と夜顔、双子の姉妹じゃ」

銀髪の明るい子が夕顔ちゃんで、紫髪の礼儀正しい子が夜顔ちゃんか。二人ともかわいいな。

「ここで何してたのーー?」

「ちっとな、梗咲に用があるんじゃが、何処におるか知っとるかの?」

今まで知らずに歩いてたんだ………

「知ってるよー、ついて来て」

僕らは夕顔ちゃんと夜顔ちゃんに連れられて杜若梗咲さんのもとへ向かった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「御免」

和華様達が行かれてからしばらくしてお客が見えた。

「いらっしゃいませ、どのようなものをお探しでしょうか」

「すまぬが客ではない。わしは町同心まちどうしん筑葉ちくばと申す」

何故町同心様がここに……まさか、人間の事が気付かれた?

「この店の店主である和華殿はおられるか」

「いえ、今はおられません。どのようなご用でしょうか」

「そうか、おられぬか……ならばよい、そうだおぬし、杜若梗咲と言う者を知っておるか?」

杜若梗咲………得体の知れぬ人物で、何を思っているのか分からない者だ。

「いえ、存じませんが」

「最近、新町しんまちと古町で噂になっておるそうだ。では近々また参る、じゃましたな」

そう言い残し、筑葉は足早に店を出て行った。町奉行所に知られているとは………和華様、早くお帰りを………




2節『可能性』へつづく



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



用語解説


・細工師………木工・彫金などの細かい物を作る職人。

・技師………技術関係を専門に行う人。高等官の技術者。

・町同心………江戸時代の警察の階級の一つで、与力よりきの部下であり、岡っ引の上司。町同心は主に町の中の捜査活動や治安維持活動を行っていた。

・町奉行所………武家、寺社を除く町の行政、司法、警察、消防をつかさどり、現在の都庁の役割を果たしていた。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



【あとがき】


どうも皆さん、すっちーです。この度は読んでいただきありがとうございます。これからもこんな感じで書いていこうと思いますので、どうぞお付き合いください。

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異世界旅行記 すっちー @SUCCHIY

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