第14話 売れない武器屋

 冒険者は昔から人気の職業である。

 武器や魔法を使い仲間と連携しながら魔物を狩り、魔物から人々を守る。上手くいけば、大金を稼ぐことも可能なことや近年魔物の勢力が拡大し、人間が追いやられていることから、冒険者の需要がますます上がっている。それに伴い、武器の需要も上がり街には武器屋があふれるようになった。

 武器屋が増えると、当然競争も激しくなる。売れる武器屋はどんどん売れるが、売れない武器屋は売れず、潰れる店も出てくる。


 ペルム国中央。国の中心であるこの場所にも、当然多くの武器屋が集まっている。


「はぁ、売れないな」

 薄暗い裏路地でひっそりと営業している武器屋「マクガフィン」。

 店主は椅子に座って大きな欠伸をし、店員は武器の手入れをして時間を潰している。

「そもそも、こんな場所で売れるはずがないんだよ……」

「ああっ?おい、ヒビキ。今なんて言った?」

「い、いえ。な、何も言ってないです!」

「嘘つけ、確かに聞いたぞ!こんな場所で売れるはずないとか」

 狭い店内。小さな声で喋っても注意しないと相手に聞こえてしまう。

「なんならクビにしてもいいんだぞ!ああ?」

 ヒビキと呼ばれた店員の顔がみるみる青くなる。

「勘弁してください!すみませんでした!」

 ヒビキは何度も店長に頭を下げる。此処をクビになったら、無一文になってしまう。

「ふん!次言ったら、本当にクビにするからな!」

「はい、すみませんでした!」

 最敬礼でヒビキは、謝罪する。何度も頭を下げ、何とか店長は機嫌を直してくれた。

「ああ、それにしても暇だな」

 店長はまた大きな欠伸をする。他人に言われると頭に来るくせに、自分で言う分には良いらしい。

 店長は突然、椅子から立ち上がると店のドアを開け外に出ようした。

「店長、どこへ?」

「ちょっと、出てくる。ヒビキ、しっかり店番しとけよ!」

 そう言うと、店長はそのまま出掛けてしまった。

「また、魔物賭博かよ」

 ヒビキは、「はぁ」と溜息を吐く。

 魔物賭博とは、文字通り魔物を使った賭博のことだ。捕まえた魔物同士を戦わせて、その勝敗を予想し、掛けるゲーム。一対一の戦いで、どちらが勝つかを予想するものとトーナメント方式で戦わせて、どの魔物が優勝するのかを予想するものの二つに分けられる。

 魔物賭博自体は、この国では合法だ。しかし、多額の金を掛けて破産した者が続出しており、問題になっている。

 店長は、仕事中にも関わらず魔物賭博によく足を運ばせている。

「そのくせ、店の売り上げが悪いのを俺のせいにするからな。くそ!」

 店の椅子を軽く蹴飛ばし、溜息を吐くヒビキ。日に日に溜息の数が増えているように感じる。

「ああ、辞めたい」

 心の声が口から出る。

「俺も冒険者になろうかな……」

 口には出してみたが、本心では冒険者になる気などサラサラない。痛いのは嫌だし、最悪死ぬかもしれない危険な職業。上手くすれば大金を稼ぐことが出来るかもしれないが、命あってのものだねだ。死んでしまっては意味がない。

「かといって、このまま此処にいてもな……」

 いずれこの店が潰れるのは目に見えている。このまま此処で働いていても未来はないだろう。かといって他に仕事の当てなどない。

「ふぅ」

 ヒビキは、本日三度目の溜息を吐く。この国に来てもう何年になるのか……。

 無一文でこの国に来たヒビキは、身に着けていた物を売ってなんとか生活していた。

 やがて、売れる物が何もなくなるとヒビキは死に物狂いで仕事を探した。色々な店に飛び込んでみては雇って欲しいと訴え、何度も断られた。飛び込みをした店が三ケタに届きそうな頃、ようやくこの店で雇ってもらうことが出来た。

「だけど、給料は安いし、こき使うし、責任は全部おれに押し付けるし」

 思い出すだけで、腹が立つ。

 ヒビキは机に突っ伏すとそのまま、ウトウトし始めた。


 何もない草原をヒビキは少女と一緒に歩いている。

 ヒビキも女性も幸せそうに笑っている。少女はヒビキの前に回り込む。

「ヒビキ、……て」

 少女が何かを言った。しかし、少女の声は聞こえない。

「なんて言ったの?」

「……きて」

「聞こえないよ」

 女性が、ムッとした表情になる。少女はヒビキの胸ぐらを掴むと、ぐいっと引き寄せた。


「起きて!!」


「はっ!」

 ヒビキは、跳び上がるように様に目を覚ました。

 いつの間にか目の前には一人の少女が立っている。夢の少女とは違う。初めて見る少女だ。


 美しい。ヒビキはそう思った。


「やっと起きた」

 少女は、呆れたという様子で腕を腰に当てている。

「す、すみませんでした!」

 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。きっと日頃の疲れが溜まっていたのだろう。

 ヒビキは、引き攣った笑顔を少女に向ける。

「い、いらっしゃいませ、何をお探しでしょうか?」

 少女はニコリとほほ笑む。その笑顔は、無邪気に虫を殺す子供のようだった。

「剣が欲しいのだけど」

「剣……ですか?」

「そうだよ、いけない?」

「い、いえ!」

 ヒビキは慌てて手を振る。

「てっきり、魔法使いの方だと……」


 冒険者は、その戦闘スタイルでいくつかのタイプに分類される。

 剣を使うことを得意とする『剣士』、斧を武器とする『闘士』、弓を武器とする『弓使い』、銃を使う『狙撃手』、己の体のみを武器として戦う『戦士』、魔法を使う『魔法使い』、使役した魔物を使う『魔物使い』などだ。

 これは戦闘スタイルを大まかに分類したものであるため、実際は剣士でも魔法を使える者は大勢いるし、魔法使いでも剣を使うことはある。

 しかし、全ての戦闘スタイルを使える『万能型』は、ほとんどいない。大抵の場合は自分に合った戦闘スタイルで戦うことが多い。


 剣を使った戦闘を得意とする『剣士』。男性が多いが、女性の剣士もいないわけではない。

 武器屋で働くようになって数年。ヒビキもその間に何人かの女性の剣士を見てきた。彼女達は腰に剣を腰に差しており、鋭い目つきをしている。

 しかし、ヒビキの目の前にいる少女は腰に剣を差しておらず、目つきに鋭さは見えない。その目は、まるで深淵のように暗かった。

「あはははは。まぁ、確かに剣より魔法の方が得意だけどね」

 少女は、笑う。年相応の表情を見てヒビキは少し安心した。

(しかし、本当に若いな)

 歳は、十代後半といった所だろうか?とても冒険者には見えないが、見た目で強さの判断はできない。十代のひ弱そうな冒険者が凄い実力を持っているということなど珍しくはないのだから。

「この店に珍しい剣があるって聞いてね」

「珍しい剣……ですか?」

 ヒビキは首を傾げる。店の武器はほぼ把握しているが、そんな剣があっただろうか?

 少女はキョロキョロと店内を見渡す。

「あ!あれじゃないかな?」

 少女は店の奥を指差す。そこには一本の武器が飾ってあった。

「見せてもらっていいかな?」

「は、はい」

 ヒビキは急いで、その武器を持ってくる。その武器は鞘に納められていた。少女は鞘からその武器を引き抜く。

「へぇ」

 少女は、その武器をまじまじと見つめる。

「綺麗な剣だね」

「あ、ありがとうございます」

 少女が今、手にしている武器はヒビキがこの国に来る時に持って来たものだ。

 父親の肩身であるこの武器だけは売らずに大切に持っていたが、ここで雇ってもらう時に店長に『その珍しい剣を渡せば雇ってやる』と言われ、悩みながらも背に腹は代えられず、泣く泣く店長に譲ったのだ。

「これ、貰えるかい?」

「あ、はい。ええっと」

「どうかしたのかい?」

 この話を聞けば、少女はその武器を買ってくれなくなるかもしれない。ヒビキは言うべきかどうか迷ったが、正直に話すことにした。

「その武器を買われたお客様は、何人かいらっしゃるのですが……。全て返品されていまして……」

 てっきり、少女は訝しむかと思った。しかし、ヒビキの予想に反して少女は興味深そうに笑った。

「どうしてだい?」

「お客様の話ですと、とても扱いづらいそうです。切りにくい上、強化の魔法を掛けても全く切れ味が上がらないとか」

「ふぅん」

 少女は、嬉しそうに笑う。

「もしかして、この剣は元々君のもの?」

 少女の思いがけない言葉にヒビキは驚き、何度も頷く。

「そ、そうです。どうして分かったのですか?」

「なんとなくね」

 少女はますます笑みを深める。ヒビキには、その笑顔の意味が分からない。

「ところで、この剣の名前は何というんだい?」

「ええっと」

 ヒビキは、その武器の名前を言う。その名前を聞いた少女はクスリと笑った。

「変な名前だね」

「遠くにある国で、大昔に作られたものです」

「なんて国?」

 ヒビキが国の名前を告げると、少女はまた笑う。

「ふぅん、聞いたことのない国だね。君もそこから?」

「は、はい。そうです」

「そっか」

 少女は武器を色々な角度から眺める。そしてヒビキに向き直った。

「決めた。これを貰う」

「えっ?」

 ヒビキは驚いて声を出す。

「よろしいんですか?」

「うん、これが欲しい」

 使いにくい武器をわざわざ買うとは、変わった少女だなとヒビキは思う。

「で、ではこちらの書類にサインを……」

「タダでくれないかな?」

「え?」

 今なんて言った?聞き間違いかと思ったが、少女はもう一度同じ言葉を発した。

「タダで欲しいのだけど」

 少女は、じっとヒビキの目を見る。その目が紅く染まったかのように見えた。

 美しい目に一瞬心を奪われ、思わず「分かりました」と言いそうになる。

(いや、駄目だ)

 ヒビキは頭を振り、正気を取り戻す。

「申し訳ございません。商売ですのでタダでと言う訳には……」

 少女は、なおもヒビキの目をじっと覗き込む。やがて、ふっと表情を緩めた。

「冗談だよ」

 そう言うと、少女は黒く小さな袋を取り出し机の上に置いた。

「お代はこれで足りるかな?」

 ヒビキは袋を開ける。袋の中には武器の値段の十倍近い金貨が入っていた。

「こ、これでは多すぎます!」

 ヒビキは慌てて、袋ごと金貨を返そうとする。

「いいよ、とっておいて」

「いや、しかし……」

「いいから、いいから」

 少女は金貨ではなく、手にしている武器を見ている。タダで武器をよこせと言ったかと思えば、今度は大金をポンと払う。この少女は、一体どういう人間なのだ?

(まぁ、こんな大金を払えるのだから地位の高い人間か、相当な金持ちには違いないだろうが)

「ああ、そうだった。サインをしなければいけなかったね」

 少女は、机の上にある書類にサインをする。

「これでいいかい?」

「あ、はい!」

 ヒビキは震える手で書類を確認する。

 武器の売買に厳しい国では身分証も必要となるが、ペルム国ではそのようなものは必要ない。書類はあくまで武器の売買の記録として保存しておくためのものだ。

「確かに」

「じゃあ、これは貰って行くね」

「は、はい。あの、本当によろしいのですか?こんな大金を……」

「うん♫むしろ、安いぐらいだよ」

 少女は手に入れた武器を見る。まるで、おもちゃを買ってもらった子供のような顔をしていた。

「じゃあね♪」

 少女はご機嫌で店から出ようとする。ヒビキは慌てて頭を下げた。

「お買い上げありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」

 そして、書類に書いてある名前を言う。


「フルール=シフォン=ノワール様」


 一時間後、店主が帰ってきた。

 魔物賭博に負け、最初は不機嫌だったが何度も返品されていた武器が設定していた値段の五倍の値段で売れたとヒビキから聞かされると一転、ご機嫌となる。

「いやぁ、日頃の行いが良いからだな」

「そうですね」

 適当に主人に話を合わせるヒビキ。あの客、また来ないかなと思いながらヒビキは少女の書いた書類を引き出しにしまった。

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