第13話 従う理由
「やった!やったぞ!」
「はははは、流石だぜ頭!」
奴隷商人達は、喜び手を叩き合っている。奴隷商人のリーダーも嬉しそうに笑う。
首輪を付けられた巨大トカゲだったが、気にする様子もなく奴隷商人達に近づいて来る。
(ふん、余裕ぶってられるのも今の内だ。直ぐに、その顔を苦痛の表情に変えてやる!)
奴隷商人のリーダーは、巨大トカゲに向かって大きな声で呪文を唱えた。
『ロック!』
呪文を唱えた瞬間、巨大トカゲに巻き付いている黒い首輪が締まる。
だが、巨大トカゲは止まらない。どんどん、奴隷商人達に近づいていく。
(馬鹿な!)
『ロック、ロック、ロック!』
奴隷商人のリーダーは何度も呪文を唱えるが、巨大トカゲが苦しむ様子を見せない。
『ロック、ロック、ロック、ロック、ロック、ロック、ロック、ロック、ロック!』
半ばパニックになりながら、奴隷商人のリーダーは、呪文を唱え続ける。すると、巨大トカゲの動きがピタリと止まった。
(ようやく、効いたか?)
奴隷商人のリーダーはニヤリと笑う。だが、その顔は直ぐに蒼ざめるこことなる。
巨大トカゲは、片足を上げ皮膚と首輪の間に強引に爪を潜り込ませると外側に向けて軽く力を込めた。
パリンという音と共に黒い首輪はあっさりと砕け、巨大トカゲの首から外れた。
「う、嘘だろ!」
目の前の信じられない光景に奴隷商人のリーダーは唖然とする。なおも近づいて来る巨大トカゲ。ようやく我に返ると奴隷商人のリーダーは大声で叫んだ。
「ナノ、ナノ!来い!お、俺を守れ!」
しかし、いくら待ってもナノは来ない。奴隷商人のリーダーは「役立たずめ!」と吐き捨ると、今度は動くなと命じていた奴隷達を見た。
「命令だ!俺を守れ!あいつと戦え!」
男は商品であるはずの奴隷達に、自分を守れと命令を下す。
「か、頭!あいつらは、商品だ。もし、傷つけたら……」
「じゃあ、ここで死にたいのか?ああっ?」
リーダーのあまりの剣幕に部下は、怯える。
「わ、分かったよ」
部下が黙ると、男は再び奴隷となった魔物達に叫んだ。
「何してる!?命令だ!とっとと行け!」
命令を受けた魔物達だが、目の前にいるのは巨大トカゲ。とても勝てる気がしない。だが、もしここで命令を聞かなければ、首輪が締まって死んでしまう。
戦って死ぬか、首輪によって苦しんで死ぬか、迷った末に奴隷達は覚悟を決めた。
「ウ、ウオオオオオオオオ!」
魔物達は戦うことを選んだ。恐怖を紛らわせるための咆哮を挙げながら、魔物達は一斉に巨大トカゲに立ち向かう。
ペッ。
巨大トカゲが、噛み砕いたリザードマンを吐き出した。
最後の奴隷が殺され、最早巨大トカゲに立ち向かう者はいない。奴隷達は皆、巨大トカゲの足元で変わり果てた姿となってしまっていた。
「う、うああああああああ」
魔物達が全滅すると、奴隷商人達はラクダに跨り一斉に逃げ出した。
「ま、待て!俺を置いていくな」
奴隷商人のリーダーも慌てて、巨大トカゲから逃げ出す。
遠ざかっていく人間達。だが、巨大トカゲは逃げる人間達を追おうとはせず、ただじっと眺めているだけだった。
(追ってこない?)
奴隷商人のリーダーは後ろを振り返える。巨大トカゲが自分達を追ってくる気配はない。それどころか、巨大トカゲはオアシスの方に戻ってしまった。
「ふは、はははははは」
何故、巨大トカゲが自分達を追ってこないのかは分からないが、これは逃げるチャンスだ。男は走るスピードを上げるため、ラクダに鞭を打とうとする。
その時、上空から何かが降ってきた。空から降ってきたそれは、奴隷商人達の目の前に落ちる。
「うお!」
凄まじい衝撃にラクダは怯えて止まり、動かなくなる。
「何だ?」
「何が起きた?」
奴隷商人達の目の前には、さっきまで何もなかった。だが、今は巨大な樹が目の前に倒れ、奴隷商人達の進路を阻んでいる。
(これは、オアシスに生えている樹?)
何故、こんなものが上から降ってくるのだ?奴隷商人達は空を見上げたが、上には何もない。不思議に思いながら、奴隷商人の一人が何気なく後ろを振り返る。
「あ、あれ!」
その奴隷商人が驚きながら背後を指差した。奴隷商人達が全員後ろを振り返る。そこには、何故空から樹が降って来たのかという疑問に対する答えがあった。
奴隷商人達が見たもの、それは引き抜いた樹を咥えて立っている巨大トカゲの姿だった。巨大トカゲの足元には樹を引き抜いた跡が二か所ある。
(まさか、この樹もあいつが投げたのか?)
奴隷商人のリーダーの考えは当たっていた。巨大トカゲはその場で一回転すると、その勢いのまま引き抜いた樹を奴隷商人達に向かって投げた。
「逃げろ!」
このままでは、樹の下敷きになる。奴隷商人達はラクダに鞭を打つが、怯えたラクダ達は動かない。例え動いたとしても、前は先程投げられた樹で塞がれている。方向転換している時間はもうない。
投げられた樹は、そのまま奴隷商人達がいる場所に正確に落ちた。
「ぷはぁ!」
オアシスに落ちたナノが水面に顔を出す。巨大トカゲの尾に吹き飛ばされ、気を失っていた彼女だったが、何とか目を覚ますことが出来た。
目を覚ましたナノは、必死に泳いで何とか陸地までたどり着いた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
ナノはそのまま仰向けになり、荒い呼吸を何度も繰り返す。ようやく、呼吸が落ち着いてきた頃、彼女は自分の体の異変に気付いた。
「あれ?」
ナノは自分の腕を何度も見る。
巨大トカゲに喰い千切られたはずの彼女の右腕は、何事もなかったかのようにそこにあった。
ナノは右腕を動かす。腕はナノの意思通りにちゃんと動いた。
「レムリア?(どうして?)」
あれは幻覚だったのか?
(いや、違う!)
ナノは腕を喰い千切られた時のことを思い出す。凄まじい痛み、あれは絶対に幻覚などではない。幻覚でないとするなら、ナノの腕が元に戻った理由は一つ。
『ホーリーオアシス』傷ついたものを癒す聖なるオアシス。
(なくなった腕まで再生させるなんて……)
ナノは自分の体を触る。巨大トカゲの尾に吹き飛ばされた時、体の中で鈍い音が鳴ったのをナノは聞いた。おそらく、骨が折れた音だろう。ナノは体中を触ってみる。しかし、痛みは全くないし、どこかが腫れているということもない。
(折れた骨も治っている)
ナノは驚きのあまり言葉も出ない。しかし、もっと驚くべきことが彼女の身に起きた。
パキン。
(え?)
金属が割れる音が聞こえた。同時にナノの首から何かが地面に落ちる。
「リイヤ(まさか)?」
ナノは恐る恐る自分の首を触る。白く細い指が五年ぶりに自身の首に触れた。
長年、彼女を縛り付けていた首輪は、もうそこにはなかった。
「た、助けてくれ!」
ナノの耳に、人間の悲鳴が届いた。慌てて、飛行魔法を発動させる。どうやら問題なく飛べそうだ。彼女の体力、魔力は完全に回復している。これも『ホーリーオアシス』の効果か。
ナノは、悲鳴がする方角に飛んで行く。暫く飛ぶとそこに悲鳴を上げている人間達がいた。
「ご主人様!」
ナノは地面に降りると、奴隷商人達に駆け寄った。
奴隷商人のリーダーは、大きな樹に足を挟まれ抜け出そうと暴れている。彼の部下達も全員、樹の下敷きになっていた。奴隷商人の内二人は頭を潰されて死んでいる。
奴隷商人達の周りの砂には、大きな足跡が残されていた。
「ナノ!」
奴隷商人のリーダーはナノを見ると、とたんに怒鳴り始めた。
「ナノ、この樹をどかせ!早くしろ!」
「は、はい!」
ナノは樹を退かそうとするが、ピクリとも動かない。
(魔法を使えば、なんとかなるかもしれない)
そう思ったナノは、樹に魔法を掛けようする。
「さっさとしろ!奴が戻ってくるだろう!」
「奴って……巨大トカゲがここに?」
「ああ、ラクダだけ喰って俺達には目もくれなかったがな。だか、いつまたこっちに来るかも分からん。だから、早くこれをどかせ!」
奴隷商人のリーダーだけでなく、部下達もナノに怒鳴る。
「早くしろ!」
「何してるんだ!愚図!」
奴隷商人達は、ナノに冷たい言葉を浴びせ続ける。彼らは、ナノの首に首輪がないことには気付いていない。
「テレキネシス!」
ナノは、樹に念動力の魔法を掛ける。魔法が掛かった樹はゆっくり浮き上がっていく。
(慎重に、慎重に)
首輪のないナノは、もう奴隷商人達を助ける必要はない。それにも関わらず、ナノは奴隷商人達を傷つけないように樹を動かしている。
相手を奴隷化する首輪『リストリクションカラー』。その首輪が効果を発揮するのは首についている時だけではない。
『リストリクションカラー』を長年首につけられていた者が首輪を外されてもなお、首輪を付けた相手に従い続けることは珍しくない。首輪をはめられていた者には首輪の恐怖が体中に染み付いている。それはトラウマとなり、首輪を外されてもなお、奴隷を縛り付ける。
その恐怖を取り除くことは大変難しく、時間を掛けゆっくりと治療するしかない。
ナノの魔法によって、もう少しで奴隷商人のリーダーの足は抜け出そうになっていた。
(これで、みんな助かる)
ナノが安心した時、大きな音が背後から聞こえた。ナノは思わず振り向く。
「グー、グー、グー」
そこにはラクダを喰らい、サンドワームを完全に食べ尽くした巨大トカゲが大きなイビキを立てて眠っていた。
巨大トカゲを見た瞬間、ナノの脳裏に先程の光景がフラッシュバックする。腕を食い千切られた痛み、そして骨を砕かれた音が鮮明に蘇える。
「はぁ、はぁ」
ナノをこれまでにない恐怖が襲う。体は独りでに震えだし、呼吸も荒くなっていった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
ナノは両腕で自分の肩を抱く。魔法が解除され、持ち上がりかけていた樹が再び奴隷商人達の上に落ちた。
「がぁ!」
奴隷商人達が悲鳴を上げる。
「何しやがるんだ、てめぇ!」
喚く奴隷商人達の声はナノの耳には入らない。
もし、あの時オアシスに落ちていなかったらナノは確実に死んでいた。その事実がナノの体をこわばらせる。ナノは肩を抱いて震えだす。体全体を覆う恐怖。手も足も震えて動かない。
だが、何故か口だけが自然に動いた。唇の両端が自然と持ち上がる。
ナノの顔は、暗く冷たい笑みを浮かべていた。
ナノの心の中に恐怖とは別の感情が生まれる。その感情は、だんだんと大きくなっていき、やがてナノの口から零れた。
「なんて強い生き物なのだろう」
ドラゴンを倒したという話も、人狼達数千匹を皆殺しにしたという話も、最初は信じられなかった。しかし、実際にその力を体で体験して、その話が真実だということを確信する。
圧倒的な力、自分では届きえない、どこまでも遠く巨大な力。好きな物を食べ、好きな時に眠り、邪魔者がいればその力で排除する。強者にしか許されない振る舞い。まさしく、王と呼ぶにふさわしい。
「おい、何してるんだ!」
「は、早く樹をどかせ!」
「苦しい!助けろ!」
樹の下では、奴隷商人達が惨めに助けを求めている。ナノはそんな奴隷商人達に冷ややかな目を向けた。
「なんて弱い生き物なのだろう」
道具に頼り、自分の力だけでは何もできないくせに、使っている道具を自分の力だと勘違いして慢心する。自分は今まで、こんな弱い生き物の言うことを聞いていたのか。そう思うとナノの心は急激に覚めていった。
ナノは樹の下敷きになっている奴隷商人達に手を向ける。その手に火が出現し、大きな炎となっていく。
「お、おい!な、何してるんだ!や、やめろ。命令だ!」
ナノの異変に気付いた奴隷商人のリーダーが叫ぶ。部下達もワーワーと騒ぎ出した。ナノの目はどこまでも暗く冷たい。
「『ロ、ロック!』」
奴隷商人のリーダーが、呪文を唱える。だが、ナノは苦しむ様子を全く見せない。
「『ロック!ロック!ロック!ロック!ロック!ロック!ロック!』」
最早、なんの意味のない呪文を奴隷商人のリーダーは叫び続ける。そんな男を見て、ナノは溜息を吐いた。
そこで、ようやく男はナノに首輪が付いていないことに気が付く。
「お、お前、首輪は?」
驚愕に目を見開く奴隷商人。それが、奴隷商人の最後の言葉だった。
「ファイアボール」
ナノは無表情に淡々と呪文を唱えた。手から放たれた炎の玉は樹ごと奴隷商人達をまとめて焼く。
「があああああああああああああ!」
奴隷商人達が炎の中で悲鳴を上げる。燃え盛る炎が皮膚を焼き、髪を焼き、目を焼き、耳を焼き、鼻を焼く。
ナノはしばらく奴隷商人達が燃える様子を見ていたが、悲鳴がなくなると興味を失いオアシスに向かって飛んだ。
ナノはオアシスの近くで寝ている巨大トカゲの近くに降りる。そして、その巨体をじっと見つめた。
『ふああああ、よく寝た』
二時間後。ティラノサウルスが目を覚ます。お腹いっぱい食べて寝ることのなんと気持ちがいいことか。
『さてと』
ティラノサウルスは、立ち上がり背伸びをする。
『次は、何処へ行こうかな?』
そんなことを考えていると、下で何かが動く気配がした。ティラノサウルスが視線を下に降ろすと、そこにいたのは先程の空を飛ぶ二本足の動物だった。
『生きていたのか』
つまらなそうに空を飛ぶ二本足の動物を見るティラノサウルス。まだ、戦おうというのだろうか?面倒くさいが挑んでくるのなら仕方がない。
ティラノサウルスが空を飛ぶ二本足の動物に攻撃を仕掛けようとした時、突然、空を飛ぶ二本足の動物が片膝を付いて、ティラノサウルスに頭を下げた。
その行動に、ティラノサウルスは思わず攻撃を止める。
「マルス!(王!)」
空を飛ぶ二本足の動物は片膝をついたまま、顔だけティラノサウルスに向けると大声で叫んだ。
「マイス。モエリ、オタレリアミクレヨポリテル!(王。どうか、私を貴方の下で働かせてください!)」
生物が他の者に従う理由は、大きく分けて三つある。
一つ目は、相手を恐れて従っている場合。
二つ目は、報酬のために従っている場合。動物なら餌、人間なら金銭などだ。
そして、三つ目が『崇拝』や『心酔』などによって従っている場合だ。
首輪を外されてもなお、トラウマによって相手に従い続ける奴隷は多い。ナノもあのままだったら、奴隷商人達に従い続けたままだっただろう。
しかし、ティラノサウルスがナノに与えた衝撃は、彼女の五年にも渡る奴隷生活で植えつけられたトラウマを軽く上書きした。痛み、恐怖、そして、首輪から解放された喜び。それらが混ざり合った結果、ナノの心の中にティラノサウルスに対する歪んだ『崇拝』が生まれた。
少し頬を赤らめて、ティラノサウルスをじっと見つめるナノ。その目は先程まで奴隷商人達に向けていたものとは全く違い、温かいものに満ちていた。
辛く苦しい経験、そして強い衝撃によって生まれた歪な『崇拝』がティラノサウルスに真っ直ぐ向けられる。
『?』
しかし、ティラノサウルスに魔物の言葉は通じない。
ナノの言葉と行動の意味が分からずティラノサウルスは首を捻ったが、やがて考えるのが面倒になり、ナノを無視して砂漠の大地を歩き始めた。
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