短編集:本当の私
夕涼みに麦茶
偽りの僕
自分の作ったプレイキャラに自分の意識を飛ばして、そのキャラとなって異世界を楽しむゲーム。自由度が高く、冒険に出て現実では味わえないスリルを楽しむもの、お店を経営して商売を楽しむもの、他のプレイヤーとの交流を主として異世界ライフを楽しむもの…遊び方は無限大に等しいほどに様々である。そんな自由度の高いゲームの仕様の一つに、妊娠・出産システムがある。同性異性限らず、結婚申請したプレイヤー同士で子供が作れるという機能だ。子供が欲しいプレイヤー同士の互いの了解があり、二人で役場に申請することで二人のキャラのステータスを引き継いだ子供キャラを申請者の腹に宿してくれる。妊娠は性別関係なく可能で、実時間と直結したゲーム時間内1週間経過で子供が生まれる。男性プレイヤーでも出産の痛みを経験できるようにと、出産イベント時には妊娠キャラに致死ダメージ相当の痛みを感じるように設計されている。そういうこともあり、迂闊に子供を作りたいと思わないプレイヤーもいるが、苦痛な思いをしても腹を痛めた我が子が欲しいと妊娠を希望するプレイヤーも少なからずいた。こうして生まれた子供キャラは、NPCとして夫婦の家に配置され、家族として暮らすことになる。そのまま月日をかけて育てていくことは可能だが、病院で設定を変更することで、子供の年齢を変えることも可能。現実時間の関係で子供の成長が待てないプレイヤーには嬉しい機能となっている。子供キャラの性格は、親となるプレイヤーキャラの設定を元にして決定され、会話や行動パターンも人操作のそれに近い形で何億通りも用意されている。当然そこに自我は無く、あくまで自然な会話になるように組み込まれたプログラムが為している所業。
本来ならば。
太郎は家の近くの公園でぼんやり空を眺めていた。いつからだろうか。青く澄み切った空も古きよき西洋風の町並みも、賑わう人の群れも…全て人によって作り出された偽者であると気付いた。その作り出された世界で、偽りの存在として生まれた自分は何者なのだろうか。考えるだけで、胸の奥が締め付けられるように痛む。この痛みもまた偽りの感覚に過ぎないのだろうか。今のような昼の時間帯は、両親の中身が現実世界に帰っているので、その間、キャラがNPCとなって生活を続ける。本来同じNPC同士のはずなのに、どことなく機械的なやり取りをする両親に恐怖を覚えて、太郎は昼間、外で時間を潰すことにしていた。夜になれば本物…というのも変な話だが、人間的な両親との心地よい時間が過ごせる。太郎はいつか、時間を気にせずにいつまでも両親と幸せな日々を送れるようにならないかと方法を摸索していた。日々悩み続けて思いついたものが二つ。永久に両親をゲーム世界に留まらせること、もしくは太郎が両親のいる現実世界に行くこと。しかし、考えついたところで太郎にはそれを為す力が無かった。それに、二つの方法には明らかに問題がある。両親をこの世界に留めるにしても、家族や仕事、彼らには現実世界での立場もあるため、説得したところで納得はしてくれないだろう。かといって、自分に強大な力があって無理矢理にでもこの世界に両親を留めることができたとしても、彼らの悲しむ顔は見たくない。現実で待つ両親の本当の家族も辛い思いをする。無理強いをするには太郎は優し過ぎたのだ。逆に太郎自身が現実世界に向かう場合、向こうで目覚めるための体が必要になるし、両親を探し出して同じ家で暮らせるように資金や準備が必要だ。何より一番の問題は、両親同士が夫婦としての認識を向こうでも保ち続けられるかということ。絶対に無理だと太郎は確信していた。キャラの性別や外見を自由に変えられるゲーム世界。会話口調や性格だって、俳優・女優のように演じ分けることができる。ゲーム世界での両親が演技で家族と接している可能性は十分にある。現実世界で対面して、実際の外見や性別、性格が異なり、かえって夫婦間の感情を悪くして、離婚なんて結末も十分に考えられる。今以上の幸せは得られないのだろうか。公園の砂場ではしゃぐNPCの子供達を見ながら、大きく溜息をついた。
「悩んでるな、少年。」
突然声をかけられ、太郎は慌てて立ち上がり、後ろを振り返る。ダボダボのパーカーを纏った背の低いゴブリンがこちらを見上げていた。太郎は体を強張らせて目を逸らした。ゴブリンは警戒する彼を落ち着かせようと、彼の袖を引いて座るように促した。走って逃げ出すことは無意味なことだと知っていた太郎は、観念してゴブリンに倣い、再び腰を下ろした。
「管理人さん…ですよね?」
「はい、管理人さんです。」
広大な世界のあちこちでトラブルが起こった場合、運営側が不具合にすぐ対処できるようにと、各エリアに数人の管理人を配置している。彼は、太郎の住む町エリアを担当する管理人の一人だった。
「僕を…消しに来たんですか?」
「これは驚いた。バグとしての認識があるのか。」
自分がこのゲームにおいてイレギュラーな存在だと分かっていた太郎は、いつか運営側に発見されて修正されてしまうのではないかと恐れていた。震える太郎の手にそっと手を重ねて、管理人は太郎の目を優しく見つめる。
「怖がらなくてもいいよ。実は君の両親から、『子供が同じプレイヤーキャラみたいな挙動で可愛い』という好評意見を貰ってね。その際に教えてくれた挙動や台詞回しがちょっと気になって、様子を見に来たってわけ。しかし、まさかとは思っていたけど、本当に自律した思考を持っているとはねぇ。」
「あの、僕は…これからどうなりますか?」
尚も震えが止まらない太郎を落ち着かせようと、管理人は静かに頭を撫でる。
「だから怖がらなくても大丈夫。今の所、君が原因となって悪さをしている不具合は特にないみたいだし、ユーザーに評判がいいなら、修正をかける必要はない。ただし、新しいケースである以上、今後は運営側で監視させてもらうけどね。」
「…僕は、僕のままでいいんですね?」
「勿論。監視はするけど、君の日常は縛られないから、いつも通り過ごすことができるよ。」
「よかった…。」
ようやく安心できて、太郎は上半身の力を抜いて、地面に仰向けに寝そべった。管理人も笑いながら背中を地に着ける。
「太郎君、だっけ。君は、これからこの世界でどんなことをしたい?」
偽りの世界で偽りの自分が真にやりたいこと。数刻考えて、太郎は大きく頷いた。
「僕は、これからも僕の世界で今まで通りに両親たちと楽しく生きていきたい。それ以上のことは願わないよ。僕のワガママは、もう管理人さんが聞いてくれているからね。余計に求め過ぎれば、パパもママも、それだけじゃなく、この世界を楽しんでいる他の人たちをも悲しませたり迷惑をかけたりしちゃうからね。」
「太郎は偉いな。ちゃんと我慢ができるんだから。」
管理人は、懐から回復アイテムのジュースを取り出し、太郎に渡すと、もう一度彼の頭を撫でて、静かに公園を出ていった。太郎は起き上がって、ジュースを一気に飲み干すと、砂場で遊ぶ子供たちの輪に向かって駆け出した。
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