水無月家の事情
結構ドタバタとしてしまったが、ようやく落ち着けるようになる。
警察で事情を説明すると、当然のようにテレビの影響を受けた子供の話のような扱いだった。健太と陽子が興奮して支離滅裂に説明するものだから、警官もあからさまに迷惑そうだったが、山口先生が意識を取り戻し、事のあらましを証言して一応事態は収束に向かった。
僕達が面会に行くと、開口一番に僕達の無事を喜んでくれたので健太と陽子は涙を流して先生にすがった。
空湖もありがとう、と言う。
僕は怒られるものと思っていたが、先生だけなら本当に殺されていたかもしれない、通り魔もさすがに子供を殺す気はなかったから失敗したんだろう、僕の方こそありがとう、と言われて胸が熱くなった。
事件に巻き込まれた為、僕達は学校を休ませてもらっているが、明日からは平常通り通わなくてはならない。
じゃあまた明日、と健太と陽子と別れる。
あの二人も、初めて会った時と比べると随分と距離が近くなった気がする。少しずつだけど、変化が訪れて行く事が何か嬉しかった。
「先生を、あんな目に合わせた奴を、捕まえなきゃ」
空湖がアパートの前で言う。
「いや、でも。危ないよ」
空湖だってもう少しで大怪我、もしくは殺されていたかもしれなかったのだ。
「あの怪人、わたしを殺そうとしてるんなら出来たよ。でもやらなかった」
「本当? どうして分かるの?」
「わたしの目の前で威嚇するように動いてたよ。他の子供は逃げようとしているのに。皆殺しにするつもりなら、わたしなんかさっさと首を斬って出入り口に向かうはずでしょ」
軽い調子で物騒な事を言うな……。
「それに先生を斬った時、驚いてた。脅かすだけで大怪我させるつもりはなかったんじゃないかな。二番目の犠牲者みたいに」
「うーん、でも実際大怪我したんだし、その後の事はどうなるの?」
気が付くと空湖の家の畳の上に座っていた。
なんか自然に上がり込んで事件について話している。いつの間にか空湖のお母さんが輪の中に入っていたのでギョッとする。
「ナマハゲが空を飛んで追っかけてきた事?」
「まあ、空を飛ぶなんて素敵ね」
話の流れもよく分からないだろうに空湖の言葉に母親は重ねてくる。でもこの母親なら風に吹かれて飛びそうだ。
「コウ君はどう思ったの?」
「え、えーと」
と考えを巡らせる。
幽霊? と言ってしまえば楽なんだけど、僕は日頃から幽霊や宇宙人は信じてないと言っている。
空湖はそんな僕が、あの現象をどう捉えているのか、と聞いているのだ。
「ラ、ラジコン……かな?」
ラジコンヘリのような物を飛ばしてその下に人形をぶら下げたのだろうか。
「そんな音は聞こえなかったし、それで追っかけるのは難しそうだけどね」
確かにそうだ。車だって一定の速度で走っているわけではない。それにぴったりついて来るなんてそれだけでも難しいだろう。
「コウ君得意の『状況の整理』からやってみたら?」
「ええと、まずは宿直室から逃げて、裏庭に出たんだ」
そして車に乗り込んだ辺りで校舎から怪人が出てきたのが見えた。
怪人が走って来たようだったので、先生に内心「早く早く」と急かす気分だったのを覚えている。
そして車は発進。怪人は遠ざかり、安心したのも束の間、直ぐ後ろを飛んでついてきていたのだ。
ゆらゆらと、本当に幽霊のように。
先生に知らせると車のスピードを上げた。さすがに怖くて前を見て、気が付くといなくなっていたんだ。
「ここで気が付く事はない? そうね、もしコウ君がナマハゲだったら校舎を出た時どうする?」
僕が怪人なら? そりゃ、追っかけてるんだもの。走って車に近づく……、いや、
「飛べるんなら、すぐ飛んで追うよね」
「そうね。飛ぶまでにかなりの助走が必要だったのかもしれないけれど、それにしては過去の二つの事件と符合しない」
そうだ。最初に僕が見た時は、その場から飛び上がった感じだった。いや、正しくは校舎の裏に見えなくなってからだけど。
「それにわたしが目の前で見たナマハゲは大柄の、男の人みたいだったよ」
僕も見た。窓をぶち割って入って来た怪人は、かなり強そうだった。
先生も敵わないと見て、取り押さえるよりも守って逃げる事を選んだんだ。
「車を追ってきたナマハゲはどうだった?」
「ふわふわとして……、同じ物とは思えない。……そうか! 怪人が直接飛んだ所を見たわけじゃない。あれば別物なんだ」
「なんか目の前に人参をぶら下げた馬の話みたいね」
母親がよく分かってないだろうに口を挟む。
あれは前でしょ、怪人は後ろに……、でもまてよ。
「そうか、車にぴったりついて来たのは、車にくっついていたからなんだ」
アンテナのように車から伸びた棒に、風船みたいなものがついていれば、同じように見えるかもしれない。
「でも、いつの間に? どうやって?」
初めから仕掛けておくとしても、どれが先生の車か分からないし、……いや、そのくらいは事前に調べられるか。
車の下に仕掛けておけば、走り出した後に現れるだろうけど、直ぐに後ろを確認すれば何かを引きずっているのが見える。
僕達は追ってくる怪人が怖くて、直ぐに後ろを見たんだ。
そして振り切ったと思って安心して前を見たら、いつの間にか後ろについて飛んでいた。
「こんなのはどうかしら?」
吸盤か取り餅の様な物が付いた矢を、車の後ろから射る。それに怪人に似せた凧みたいな物を糸で繋げておけば、怪現象の出来上がりだと空湖は言った。
「そうか。仕掛けに長い紐を付けておけば、一定距離まで離れた後に回収もできるわけか」
確かに説明は付くけど……。
「何のためにそんな事を?」
やはりそこに行きつく。
「やっぱり先生は脅かすだけのつもりだったんじゃないかしら。怪我をさせたのは予定外で。ナマハゲのウワサを広める為に」
そこまでは考えられる。問題は何のためにそんなウワサを広めようとしているかだ。
「世間の混乱?」
「別に混乱するような話じゃないわよねぇ」
そりゃあなたはそうでしょ、と母親を見る。
とその時、突然ガンガンガン! とドアが乱暴に叩かれる。
「空湖」
と母親が言うと空湖は申し合わせたように部屋を片付ける。
母親は布団を押し入れから出し、部屋に敷くとそこに入った。
「コウ君。押し入れに隠れて」
「え? なんで?」
と思うが押されるままに押し入れに入る。
尚も叩かれるドアを空湖が開けると蹴破るようにドアが開き、男達が押し入ってくる声がする。
「今日は払うモン払ってもらわねぇと、帰らねぇからな」
押し入れの隙間から見るといかにもな男達が二人、部屋にどっかと座りこんでいる。
どう見ても借金取りだ。
「あらまあ、なんのお構いもできませんし、お布団もありませんが、お好きなだけゆっくりして行ってください」
体を起こし、ゴホゴホと咳をしながら言う。
「……いや、払うモンを払えって言ってんだ。俺たちゃ早く帰りてぇよ」
「奥さん、期日はとっくに過ぎているんですよ。利子だけでも結構な額になりますが、ウチは法的にも法外な利息を設けているわけではありません。このままではあなたが詐欺として犯罪者になってしまうんですよ」
もう一人の男は眼鏡をかけて、理知的な面持ちだ。暴力で脅しをかけるだけでなく理詰めでも追いつめる為に同行しているのだろうか。もちろん雰囲気を装っているだけだろう。こんな所に押し入っている以上、弁護士では有り得ない。
「そうですね。では警察に自首する事に致しましょう」
「いや、そんな事をされても金は戻ってこねぇんだよ。金が戻らないとどうなるんだ? ウチの息子は今度大学に行くんだよ。俺と違って頭がいいんだ。将来、絶対人の役に立つ職に就く。だがその学費はあんたが握ってるんだ。あんたが返してくれねぇと、息子はどうなるんだ?」
と言って涙を見せる。脅しも理詰めも効果が薄そうなので泣き落としか? くるくると手段の変わる借金取りだな。
「それはお気の毒ですね……」
といって母親も涙を見せる。男と違って演技っぽい所がない。本当に同情しているようだ。
「分かりました。私に出来る事があればなんなりと仰ってください」
「物分かりがいいじゃねぇか。仕事を紹介してやろう。見ればアンタも化粧すればまだまだイケそうじゃねぇか。男相手の客取りも出来そうだな」
「そんな……」
台詞だけ聞けば「事出来ません」と続きそうだけど、母親は頬に手を当てて照れたような仕草をしている。
「分かりました! この
「ふざけてんのかてめぇ!!」
男は母親の胸倉を掴んで持ち上げ、前後に激しく揺さぶる。細い体はとても軽そうだ。
「あー、じゃあ、こっちのガキを連れて行こうか? ちっとは金になるか?」
と言って空湖を見る。さすがにまずい展開だ。しかし、僕じゃ……。
ガラッ! と押し入れの襖を開ける。
やってしまった。ていうか僕は何をやっているんだ?
「ん? なんだお前? お前もこの家のガキか? 息子なんかいたか?」
「娘婿です」
お母さーん!!
しかし男達はその言葉で返って「無関係」だと悟ったようで僕から興味を無くしたように母親に向き直る。
僕は携帯を取り出し男達に見せる。
「借金の取り立ての時に、暴力を振るったら返済の義務は無くなります。今の動画はもうサーバーに転送しました」
もちろん嘘である。今の時間にそこまでの余裕はなかった。
男達は訝しげな顔をすると顔を見合わせて下品に笑う。
「ボクゥ、勘違いはいけねぇな。おじさんたちは何も暴力振るってないだろう?」
胸に手を当て、わざとらしく潔癖を主張するように言う、が突然僕の首というか下顎をがしっと掴む。
「だが、お前は無関係だよな。腕の一本も折っとこうか? 心配すんな。ちゃんと治療費も慰謝料も払ってやるぜ」
と言って反対の手で僕の腕を掴み、ミシミシと力を加える。
関節を折るのではなく、骨を直接折ってしまうそうな力だ。
僕は涙目になりながら汗を流し、ガタガタと震える。
男はいやらしく見下ろした後、手を放して大声で笑い出した。僕はそのままへたり込む。
ちょっと脅かしただけで本当に折る気はなかったようだ。そりゃそうか。
「今日の所は帰るぜ。……そうだ、かわいそうなお前達に少し恵んでやろう」
と言って五百円玉を取り出す。
それを両手で持ち、ぎゅうう~と力を込め始めた。額に血管が浮き、腕の筋肉が盛り上がる。
しばらく力を込めた後、指で弾く様にピンと放り投げるとそれは畳の上に落ちた。
それを見て僕は震えあがる。
五百円玉が、ぐにゃりと曲がっている。一体どれだけの力を加えたらこうなるんだ。
「やったね。お母さん! この人達いい人だね」
「そうね。……でも自動販売機を通るかしら?」
空湖と母親はズレた反応をする。
母親はひしゃげた五百円玉を手に取り、かざす様にして形を確かめ、男が曲げた時のように両手で持つと、くいっと五百円玉を曲げ直した。
一瞬何が起こったのか分からず固まってしまう。
「どうかしら? 真っ直ぐになった?」
「うーん、まだちょっと曲がってるかな~? お店なら使えるんじゃない?」
手品用のニセ金? でも絶句している男たちの様子からそれもなさそうだ。
「ふ、ふん。今日はこのくらいで勘弁しといてやるぜ」
ときゃっきゃとはしゃぐ母子を余所に、男達は出て行った。
腰が抜けた様になった僕は、畳の上に落ちている紙を見る。
さっきの騒動で押し入れから落ちたのかな。この前の祭りでもらったチラシだ。
何気にチラシを見やり、僕は眼を見開く。
「そ、空ちゃん! これ!」
空湖にチラシを見せる。
「あの模様に似てない!?」
そこには今度展示会に出される美術品の写真があった。
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