救急

 車が反対車線を走り始める。

「せんせい!! せんせい! しっかりして」

 僕は後部座席から先生の肩を揺さぶる。まずい、出血のせいか先生は意識を失っている。

「ハ、ハンドルを……」

 ハンドルに手を伸ばすが、車の運転なんてした事はない。

「ぶつかる!!」

 健太が指す先には電柱が……。

 ああ~、と思いの外ゆっくりと近づいてくる電柱を茫然と眺めていると、突然体が横に倒れる。

 何が起きたのか、と体を起こすと空湖が助手席からハンドルを操作していた。

 ぶつかる事は免れたが先生はアクセルに足を置いたまま気を失っている。

「ブ、ブレーキを……」

 座席の下を見るが、横にいる空湖の足でも届きそうにない。

 サイドブレーキ……と探すがこの車は足元にあるタイプだ。

「そ、空ちゃん! 前! 前!」

 川だ。車はそのまま河川敷を駆け下りる。

 空湖がハンドルを回し、川に添う様に走らせると車の頭を川に突っ込ませた。

 遊園地のアトラクションのように水飛沫が飛び、車は停止した。

 それでもすごい衝撃で前につんのめる。

 落ち着こうとするが、鳴り響くクラクションに焦燥感が煽られる。

 ハンドルに倒れ込んだ先生の体を起こし、傷を確認する。

「う、これはひどい」

 前腕を深く裂かれ、バックリと割れている。僕は思わず目をそむけた。

「シートを倒して、傷口を心臓より高い位置に」

 と空湖に指示して、

「救急車を呼ばないと」

 と携帯を取り出し操作する。

「えーと、場所は? ここはどこ?」

 健太と陽子に助けを求める。僕はまだこの辺の地理に明るくない。

 二人に助けられ、何とかこの場所を伝えた。

「出血がひどいわね、意識もない。ちょっとヤバイかも」

 空湖が冷静に言うが、それはつまり……。

「誰か針と糸はある?」

「え、えーと、あるけど?」

 陽子がポーチから裁縫セットを取り出すが、明らかに何をするの? と聞きたげだ。

 空湖が針に糸を通し、縫物の用意。ああ、やっぱり?

「待って空ちゃん。消毒しないと」

 僕は手を伸ばし、車のシガーライターを点けて取り出し、針と糸を軽くあぶる。

 これである程度の消毒になるとドラマで見た事がある。

 空湖は傷口を合わせ、躊躇なく針を突き刺した。

 うう、と先生が僅かに呻く。空湖はテキパキと縫いながら、

「コウ君。ハンカチも、消毒して」

 ああ、とハンカチを取り出し、同じように消毒する。

 ハンカチを傷口に当て、先生の服の袖を裂いて包帯にする。

「せんせいに、できるだけ呼びかけてあげて」

 と言い残し、僕は発煙筒を持って外へ出る。


 ほどなく、救急車のサイレンが聞こえ始めた。

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