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 帰り道、空湖は昨日と同じように喫茶店の方へと向かう。

 今日は郁子がいないと言うのに何故この道を通るんだろう? とも思うが、多分昨日の試飲会のせいだろう。

 まるで散歩中に餌をくれる人がいるルートを覚えた犬のようだ、と思いながらついて行く。


 だけど喫茶店の前に来て驚く事になる。

 先客がいる、それ自体は珍しい事ではない。昨日僕達が座っていた席にいるのは、健太と陽子だ。

 あら奇遇ね、と言って空湖も席に着く。

 空湖の無遠慮は今に始まった事ではないが、この二人も無料ただ飲みに味をしめたのか?

 と戸惑っているとマスターが出来て、

「おや、君達も来たのか。どうぞどうぞ、またケーキをサービスしとくよ」

 と言うので僕も遠慮がちに席に座る。

 マスターにしてみれば、それで子供達が仲良くなってくれるのなら嬉しいのかもしれない。いい人なんだな。

 しかし健太は頬杖をついて仏頂面、陽子は睨むようにこっちを見ている。

「俺らが先に座ってたんだからな」

「え? ああ、うん。そうだね」

 僕はどうしたらいいんだろう。


「ところで、町はナマハゲのウワサで持ちきりだねぇ。学校でも騒いでたかい?」

 マスターがコーヒーを持ってきて言う。

「え? 何の事です?」

 ナマハゲ? それは東北の風習じゃ……、この町にもあるのかな。今そんな時期だっけ?

「ああ、君達は学校に行ってたからまだ知らないのかな? テレビでもやってるよ。見るかい?」

 と言って中へと促すが、小学生である僕らが、喫茶店に入ってもいいんだろうか。

 躊躇する僕の考えを悟ったのかマスターは、

「僕らはもう友達だろ?」

 と言ってウインクする。


 店内に入り、マスターも僕らと同じ席に着く。

「クリスティ。この子達にケーキを頼むよ」

 マスターがカウンターに声をかけると若い女性が顔を出す。

 店員だろうか。クリスティと呼ばれた女性は、白粉でも塗っているのかというほどの色い肌に藍色の長い髪が映える背の高い美人だ。名前からして外国人だろうか。

 でもどこの国かと聞かれると分からない。一見すると赤いカラーコンタクトを入れただけの日本人のようにも見える。

 店の制服なのか派手なメイド服、というよりピエロの服のような物を着ている。

 クリスティはケースからケーキの乗った皿を出し、カウンターから出ると、前屈するように片手を地面についてそのままゆっくりと前転、一回転した。

 手に持ったケーキを落とす事もなく、全く無理無駄のない動きで僕達の席の前に着地するとケーキをテーブルに乗せようとするが、急に何かに引っ張られた様にその動きが止まる。

 何だ? と思って見るとケーキの皿が空中に固定された様に静止している。

 クリスティは戸惑った様に皿を動かそうとするが皿は微動だにしない。何が起こったのか分からず唖然とする僕らに「ちょっと待っててね」というようなジェスチャーをすると、両手で空気に挟まった皿を取り外す様にきゅっきゅと小さく動かすとカコンと外れた。

 大げさに汗を拭う動作をすると「どうぞ」というように皿をテーブルに置いた。

 僕らは口を開けたまま茫然と皿を見る。

「ははは、すごいだろう?」

 と笑うマスターの声に「ああ、パントマイムか」と理解する。

 それにしても何てクオリティだ。テレビで見るのと同じレベル、いやそれ以上かもしれない。生で見たのは初めてだ。元は本物のマジシャンなのかもしれない。

 クリスティは来た時と反対にバク転して同じように戻っていく。スカートからパンツが見えたと思うがあまりのパフォーマンスに気にもならなかった。


「お、始まったよ。例のニュースだ」

 とマスターはテレビを指す。

 もう何度も同じニュースを放映しているのだろう。

 マイクを向けられた町の人が、インタビューに応えている。


 それによると昨夜、町で女性が刃物を持った人物に襲われたらしい。

 何人かの目撃者がいた為に騒ぎになったのけど、その「通り魔」の目撃情報が異質なのだ。

 その「犯人」は白いフサフサの外套がいとうと髪、顔は赤い筋の入った面をしていたと言う。

 それが突然女性を襲い、町を走って逃げた。刃物を振り回しながら逃げる犯人は多くの人が目撃している。

 そしてその怪人は夜空に向かって飛んで行ったというのだ。

 バラエティなのかニュースなのかよく分からないその報道番組は、怪人をイラスト化してナマハゲと呼称し、面白おかしく取り上げている。

 それにゲストのタレントが「荒唐無稽だ」「でっち上げだ」と非難している。

 番組的には大げさに取り上げる側と、真面目に考える側とで激論させるのが趣旨らしい。

「何かあったのは事実なんだろうけど、色々と間違って伝わってるんじゃないのかなぁ」

 とマスターは冷静に分析しているが、僕は祭りの夜の事を思い出していた。


 空湖達が騒がないので、僕もあれは何かを見間違えたのか、はたまた夢だったのではないかと思う様にしていたんだけど、やっぱりアレだよね。

 ナマハゲ否定派のタレントは「常識的に物を考えろ」と半ば怒ったように言っているが、僕から見れば目撃情報には何も脚色されていない。

 僕が見た物、割とそのまんまだ。


『あのね。普通に通り魔でいいじゃないですか。通り魔が変な格好していたって所までも認めますよ。変質者がいたんでしょ。それを何で空に飛んで行ったとか言うわけ? それおかしいでしょ。それじゃ僕も弁護しようがないよ』

 とタレントはもう呆れたというように言う。彼の言う事はもっともだ。

 だから僕も何もできなかったのだ。そう反論される事が分かっていたから。

『でも現場にはこんな模様が残されてたんですよね』

 と言って司会のキャスターが出したフリップを見て固まる。


 あれは……、校長室の前にあった模様?

 一部しか見ていないが間違いない。同じ怪人が現場に残していったのだ。

 細長い菱形、中央に丸が描いてあって目の形に見える。まつ毛のように周りに線が描かれていて、古代エジプト壁画に描かれていると言っても差し障りない、まるで象形文字のようだ。

 目の形に見えるためキャスターは横向きに持っているが、僕が校長室前で見た模様は縦に描かれていた。まるで額に描く『第三の目』のように。


『そんなの事件に便乗して誰かが後から描いたに決まってるでしょ。犯人切りつけて直ぐ逃げたんでしょう? 描く暇あるわけないでしょ』

『模様は現場から少し離れた地面に描いてあったんですよ。丁度犯人が飛び去ったと言われてる場所ですね』

『おんなじでしょ。なんで飛んで逃げる前にワザワザそんなもん描くのよ。飛べるんなら直ぐ飛んで逃げるでしょ』

 タレントはうんざりしたように言う。

 場面は変わって、現場を背景にしたリポーター映る。

 リポーターは現場を紹介するが、報道は規制されているようで現場には入れないようだ。


 現場の取材が面白くならないからか、リポーターは専門家をお呼びしましたと言って隣の男を紹介する。

 どこかの大学教授というテロップと共に現れた男は、現場の模様を見てみたが……と前置きし、よく分からない専門用語を並べ始めた。

『あれは古代人が用いた物質転送の模様に似ています』

 巨大な石像をどうやって運んだのかという謎にしばしば出てくる話らしいのだけど、僕から見ても胡散臭い。

 そもそもスタジオで討論させず、VTRで流す所がいかにも番組の演出っぽい。

『この模様の上で呪文を唱える事で、対になる模様の位置まで飛んで行ったのでしょう』

 学校の事件を考慮すれば適当な事この上ない話だ……。あの時は模様と違う所から飛んで行った。


「人が怪我をしたって言うのに、随分呑気なものね」

 空湖が珍しくまともな事を言う。

 でも確かにそうだ。先ほどから怪人の話題ばかりで被害に会った人には触れていない。

「軽症だって言ってたよ。だからじゃないかな」

 朝からテレビを見ていたであろうマスターが言う。

「でも校長先生は、結構大怪我だったらしいよ」

 と僕は思わず口を挟んでしまった。

「ん? 他にも被害者がいるのかい?」

 しまった、学校の事件との関連性は報道されてないんだ。取り繕うのも何なので、僕は学校の壁に同じ模様が描いてあったと無難に話をする。

「うん、ナマハゲが壁を登って飛んでったよ」

「空ちゃん……」

 仕方なく目撃したけど誰も信じないだろうから黙っていた事を話す。


「なにそれ。知ってたのに黙ってたの?」

 ずっと不機嫌な顔で黙っていた陽子が口を開く。

「い、いや。その時は事件だなんて分からなかったし……」

「そうだよね。テレビで報道されたって、信じない人が多いんだもの。無理ないよ」

 マスターもフォローを入れてくれるが陽子は納得いかない様子だ。


「陽子ちゃんの言う通りだよ。責任取らなきゃ」

 突然そう言いだす空湖に驚いたが、健太や陽子も同様のようだ。

 そりゃ、僕達があの時警戒を呼び掛けていれば第二の事件は避けられたかもしれないけど、実際に何とかなったとは思えない。

 子供の戯言で片づけられただけだろう。確かに責任を感じないわけではないけれど。

「このままじゃ、宇宙人はみんな悪者だと思われるじゃない!」

 そっち?

 確かに宇宙人の仕業だとウワサしてる人もいるけどね。

「コウ君。わたし達で犯人捕まえましょう!」

「そんな無茶な」

「そうだね。相手は刃物を持ってるんだし」

 マスターは笑いながら言う。冗談だと思うのも無理はないが、空湖なら本当にやりかねないから心配だ。

 夜遅くに出歩かない方がいいねと言うマスターに、

「夜中に出歩くのは宇宙人とその仲間だけだろ」

 健太が無愛想に言うが、それは空湖と僕の事だろうか。僕だってあんな怪人が出なくても夜一人で歩くのは怖い。

「そう言えば、山口先生。今日宿直だって言ってたよ」

 押しつけられていたようだったのを思い出したので、話題を変える様に言ってみる。

「学校に? 夜一人で泊まるのかい? そりゃ怖いね」

 マスターが言うが確かに怖そうだ。もしかしたら厄介な役を押しつけられたのかもしれない。あの若い先生ならありうる話だ。

 下校時も固まって帰るといいよ、と言ってマスターは僕達を送り出す。

 明るいうちからあんな怪人が出るとは思えないので、僕らが仲良くなれるよう一緒に帰らせたかったのかもしれない。



「山口先生大丈夫かな?」

 と言う空湖に僕らは顔を見合わせる。

「そりゃ、心細いだろうけど、僕らが心配してもしょうがないよ」

 先生だって子供じゃないんだし。

「そんな事ないよ。元気づけに行ってあげましょう」

 余計大変な事になるんじゃないかな、とは言えず。

「無理に決まってるだろ……」

 空湖のお母さんは気にしないかもしれないけど、僕達はそういうわけにはいかない。

「じゃお前は帰れよ。俺が行ってやるよ」

 ええ!? 健太の言葉に驚きを隠せないが、それは陽子も同じようだ。

「真面目に一人じゃ危ないだろ」

 そりゃ、そうかもしれないけど。

「いや、空ちゃんがホントに行くなら僕も行くよ」

 空湖は言い出したら人の言う事は聞かない。一人でも行くと言うだろう。

 僕は渋々両親に友達の家で晩御飯を御馳走になる、と伝える事になる。

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