衝撃

 郁子と途中で別れ、僕と空湖は寂れたアパートに着く。

 空湖とお母さんの住んでいるアパートだ。かなり年季が入っている分、家賃は安そうだ。

 他の住人はいないと思っていたけど、アパートの前でほうきを使っている男性は住人だろうか。

 その男性は僕、と言うより空湖を見て驚いたようだが、そのままアパートを見やり、

「もしかして、君はここに住んでたのかい?」

 空湖はええ、と返事をする。知り合いだろうか。

 空湖は僕を見て言う。

「この前辞めてった校務員のおじさんよ」


 僕は雷に打たれた様な衝撃を受けた。

 この人が?

 僕が転校した翌日に児童三人を死に追いやった人。

 事件の犯人と言うわけではない。こう言っては何だけど、その三人は自分達で悪さをして死んだのだ。事件そのものは事故で解決している。

 それでも僕は一歩後ずさってしまう。


 この元校務員、田島は僕が想像していたのと比べると物腰の柔らかい、気のいいおじさんと言う感じだ。歳は五十代くらいだろうか。

 事件の後、極刑を恐れて弁護士をつけていたが、殺人や致死罪の可能性が無くなった所で落ち着きを取り戻すと、今度は罪の意識に苛まれる様になったらしい。

 自らの罪を認め、児童の死を悼み、遺族に誠心誠意謝罪して、刑罰を受ける覚悟も決めた。

 しかし弁護士の薦めで、町に留まって町の為に尽力する事で一応の決着を見たようだ。

 もちろん無罪放免というわけではなく、保護観察のように監視が付き、稼ぎの大半は慰謝料と町への寄付に消える生活を送るようだ。それでこの安アパートに越したと話す。

「今なら、君の気持ちが分かる気がするよ。もっとも僕の場合は完全に自分のせいなんだがね」

 と田島は空湖を見て言う。

 この町に留まるという事は、ある意味刑に服すより厳しいのではないだろうか。

 刑を免れても犯罪者だとウワサされ、何かある度に真っ先に疑われる。もう既にそんな事があったのではないだろうか。

 この人も大変な目に合っているんだな。

 でも、遺族もそうだろうけど、僕はこの人を許す事は出来ない。

 この人は倒れていた三人を助けなかっただけではなく、その罪を空湖に着せようとしたのだ。

 そして、そんな証拠は無いため、彼はここでこうしていられるのだから……。

 空湖は何とも思ってないのだろうか。

 空湖を見ると大変だったねおじさんと言い、涙を流している。


 半ば呆れるように別れしまったが、やはり気になったので翌日学校で聞いてみた。

「どうして? 校務員さんは人生が変わってしまったんだよ? わたしは何も変わってないよ」

 それは、そうかもしれないけど……。

 放課後、帰ろうと職員室の前を通ると、担任の山口先生と教頭先生が何やら話している。

「いや、しかし……」

「今日宿直予定の先生はお子さんが熱を出しているんだよ。君は独身で一人暮らしだろ? 何か問題があるのかね?」

「もう一人くらい……、せめて二人体制になりませんか?」

「何だね? 君はまさかあんなウワサを真に受けて、怖がっているんじゃないだろうね?」

 担任の山口は今晩の宿直を押し付けられているのだろうか。大人の世界も大変なようだ、と聞き耳を立てるものでもないのでそのまま通り過ぎる。

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