第三話 ナマハゲと宇宙人

プロローグ

「いやぁ、思ったより楽しかったよ」

 屋台で買ったイカ焼きをかじりながらほくほく顔で、隣を歩く女の子に話しかける。

「そうだねー。今年はコウ君のおかげで食べ物も買えたしー」

 ぼさぼさショートカットの女の子、空湖はほっこり顔で手に串を持っている。

 さっき見た時はまだイカの形をした物が刺さっていたはずだ。一口で食べたのだろうか。

「そうねえ、この町に住んで長いけど、お祭りがこんなにおいしいものとは知らなかったわ」

 と綿菓子を手に、空湖の隣を歩く色白長髪の女性は空湖のお母さんだ。

 思ったより盛大な祭りだったので人も多かった。保護者同伴で見に行く事に不自然な点はない。むしろ自然だ。

 しかしこの人の飲食代も小学生である僕が出している事には、若干違和感を感じざるを得ない。

 お祭りだから、と貯金も加えて多めに持って来た小遣いは全て無くなってしまった。


 だけどそれを差し引いても楽しかった事には違いない。結構遅くなるまで回ってしまった。

 正直こんな田舎町の祭りなんて大した事ないだろうと思っていたけど、近くに基地があるらしく、航空自衛隊の航空ショーに始まり、江戸時代にタイムスリップしたのかと思う様な本格的な御輿みこし、花火に御当地キャラの着ぐるみ。

 人も多く盛大だけど、それ以上に開けた土地は人が押し合う事もなく、開放的で広大なお祭り空間を作り出していた。

 季節によっては近くの川で鵜飼が見られるらしい。機会があれば行ってみたい。

「『鵜沼うぬま桜祭り』はこの町では伝統的なお祭りなのよ。外から観光客も来るから、町興しのために市も力を入れてるわね」

 空湖のお母さんが教えてくれる。

 へえ、と思いながら祭りのチラシを開く。

 チラシの隅には今度開かれる美術展の紹介がある。

 市民会館で一時的に展覧会をやるらしい。僕には何が凄いのか分からない造形の美術品の写真が載っている。

 記事によると美術品としての価値は結構なものらしい。一時的でもそういう物を招き入れる事で町の人に活気を持たせようという事だろうか。


 チラシから視線を上げると僕達が通っている小学校が見えた。校舎は真っ暗だが校庭を照らす照明が点いている。

 今日は日曜だけど部活動でもあったのだろうか。

 と前を通り過ぎると、


「ぐわあああぁぁ~!」


 校舎の方から悲鳴が聞こえた。

 男の悲鳴だ。明らかに誰かに襲われた時に上げる悲鳴だ。

 何だろう? また何かの事件? と足をすくませて校門前で立ち止まる。

 僕達三人が校舎を見ていると、一階の窓からのそりと何かが出てくるのが見えた。

 白く薄っすらと光を帯びた様な塊は、ふさふさの毛を揺らしながらヒタヒタとヤモリのように壁を這い登る。

 姿は人間のそれとさして変わらない。ただ手足の関節が柔らか過ぎると言うか外れていると言うか、とにかく異様な動きだ。

 空湖のお母さんみたいなのが同じ動きをする日本のホラー映画があったような気がする。

 その生き物は、校舎の壁を登り、三階辺りでピタッと止まり、首を動かしてこちらを見る。

 面を被った様な顔はのっぺりとしていて、描いたような目に血の涙の様に赤い線が走っていた。

 それが笑っている様にケタケタと動き、また壁を登り屋根を越えて見えなくなると、夜空に吸いこまれる様に飛んで行った。

 何なのか分からず茫然としていると、空湖とお母さんは何事もなかったように歩き出す。

「え? あ、あの」

 二人を追いかけ、動揺しながらも聞いてみる。

「あれもお祭りの一環なの?」

「知らないよ」

「他人の趣向にとやかく言うなんてナンセンスよ」

 趣向……、あれは趣向なのかな。悲鳴も聞こえたんだけど。

 でも確かに通報しようにも、何て言えばいいんだろう。

 ましてや警官が来て、空湖とお母さんが見たままを証言したら、反対に僕らが捕まるかもしれない。

 後ろめたい物を感じつつも、そのまま帰宅した。

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