過剰
僕達は学校があるので、その間美月は空湖の家で留守番をしている。
美月本人の生活は大丈夫なのかと思うが、今では美月の記憶はかなり希薄で、今戻っても美月としての生活はできないと言っていた。
ホントかどうか分からないけど。
その間の生活費は美月の僅かばかりの小遣いで賄っているので空湖の家に文句は無い。僕も何かと差し入れしているし。
そして数日が過ぎ、木下家へその後の様子を聞きに行く事にした。
夫人が出てきて、僕らの後ろに立つ美月を見て一瞬表情を固くする。
「いやぁ、この間はどうも……」
一応美月のお詫びも兼ねているので菓子折りも忘れない。
「まだ連絡はなくてね……」
それもそうか。
「何か分かったら、僕達にも連絡をもらえませんか」
と連絡先を渡す。
「あ、あの! お手洗いお借りしてもいいでしょうか」
と言って美月は席を立つ。
ええ、と夫人が場所を教えるよりも早く美月は行ってしまう。
「一応捜索はお願いしたんだけど、時間も経っているから、直ぐってわけにはいかないみたいで」
それもそうか。情報元としても信憑性がない話だしな。
ガチャとドアが開き、僕らと同じくらいの男の子が入って来た。
客にしては若すぎると思ったのか、きょとんとしている。
「サトル!」
声のする方を見ると美月が戻ってきていた。
「サトルー!」
と言って男の子に抱きつく。
「な、何この人?」
「お父さんだよ! 分かるか? こんな大きくなって……」
「ちょっとあなた、いい加減にしてよ」
夫人の声が恐いものになる。
「あー、すみません。ごめんなさい」
と慌てて夫人に誤る僕を余所に、美月は自分が父親だと語るのを止めない。
「オレの父ちゃんだって言うなら、一緒に風呂に入ってくれよ。いつも入ってたろ」
「お父さんとお風呂に入りたいのか? いいぞ! 入ろう入ろう」
いや、それはまずいんじゃ……。
「うそつけ!! 父ちゃんと一緒に入った事なんかないぞ!」
と走って行ってしまった。
残された僕達は重い空気だ。
「すまん。サトルに一緒に風呂に入りたいと言われて、つい嬉しくてな……」
大きくなってから一緒に入った事はなかったな……と言って肩を落とす。
「迷惑をかけてすまん。帰るよ。もう来ないから安心してくれ」
意気消沈する美月に、夫人は当然よと言わんばかりに睨み付ける。
「じゃあ、行こう」
と僕達に帰ろうと促し、美月は夫人に向き直ると左手を夫人の胸においた。
「じゃ」
とそのまま右手を敬礼するように構え、すぐに「しまった」という顔になる。
美月はあたふたと狼狽したが、そのままバツが悪そうに玄関を出て行った。
僕達は当然夫人が激怒するものと焦っていたが、夫人は両手で口を覆い、涙をこぼし始める。
そのまま泣き崩れる夫人に慌てながら、
「じ、じゃ、これで。失礼します」
とそそくさと木下家を後にした。
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