世にも奇妙な

 そのまま前を歩く少女、空湖を見やる。

 この自分を宇宙人だと言い張る少女を理屈で言い負かしてやろうかと読んでみたんだけど、どちらかと言うとゴシップ好きが好む種類の本だったようだ。

 これでは宇宙人を否定するどころか、返って信憑性が増してしまったような気がする。

 パラパラと先をめくってみると「地球人からその存在を完全に隠し通す事は難しいだろう。自分を宇宙人だと公言して憚らない人間こそむしろ怪しい」とか見えた気がした。

 この著者は本当に宇宙人を否定しているんだろうか……。

 僕は憮然とした表情で本を仕舞う。

「どうしたの? コウ君」

「いや、あんまり面白くなかった」

「そうよね。ここに本物がいるんだもん」

 いや、そういう事じゃないけどね。

 空湖は少し振り向き、流し目のような視線でいたずらっぽく言う。

「それ書いた人によると、宇宙っていうのは遥か空の上にあるものじゃなくて、互いの空間が重なり合っているものなんだって」

 読んだ事あるの?

 空湖なら僕がこの本を読んでいた意図も分かっていただろうに。僕の反応を楽しみにしてたんだな。

「そもそも宇宙旅行では、時間の経ち方も地球とは違うって」

「それは聞いた事あるよ。相対性理論、俗に言うウラシマ効果でしょ? 光の速度で動くと、時間がゆっくりになるっていう……」

 僕はSFはあまり好きじゃない。本は好きだから見る事はあるけど、どちらかと言うと探偵物や推理物が好きだ。

 SFはどうしても荒唐無稽に思えてしまう。

「同じ地球上に住む外国の人を『地球人』って呼ばないじゃない。だから同じ宇宙空間に住む外の人を『宇宙人』って呼ぶ事自体おかしいんだって」

 そういう本なんだ。道理で要領を得ないと思った。

「でもわたしはコウ君の事『地球人』だって思ってるよ」

 そりゃ、実際そうなんだから特に否定するつもりはないんだけどね。

「見た事ないからって信じない人は、結局見たって信じないって。だから証明する事にあまり意味はないんだって」

 もしかして、空湖はこういう本の影響を受けたんじゃ……。

「わたしのお母さんもアメリカにこーんな大きなゴキブリがいるって信じてないよ。映画に出てくるのはバケモノだと思ってる」

 それは分からないでもないけど……。

 僕だって見た事ないし、見たくないし、信じたくない。


 でも、この時の僕にはまだうまく言葉にできなかったけど。

 こういう話をしているうちに、空湖の事が何となく分かってきた気がしていた。


 彼女は自分の居場所を探しているんだ。


 周りから爪弾きにされているけれど、彼女自身、自分が周囲の人間とどこか違う事は分かっているんだ。

 だから周りにうまく溶け込めない事に何も疑問を持っていない。

 自分を宇宙人だと言っているのは、周りの人間を恨む事も、自分を憐れむ事もしない彼女が出した一つの答えなんじゃないかな。


 僕は空湖に「宇宙人なんていない」「君は地球人なんだ」とそれとなく諭して、納得させようと思っていた。

 そうする事が彼女を救う第一歩になるんじゃないかって。

 でもそうじゃないのかもしれない。

 空湖に地球人だと認めさせる事は、彼女自身を否定させる事になるんじゃないか?

 空湖は宇宙人だとか言っているからいじめられているんじゃない。異端である事を真正面から受け止めて、自分を貫いているから疎まれるんだ。

 そこに水を指すのは野暮ったい事ではないのか。


 宇宙人に関しては突っ込まず適当に流す方がよいように思えてきた。

 それよりは彼女に自分の居場所を見つけてもらうよう力になる方が良いのでないか?

 他の人の前で変な事を言いそうになったらそれとなくフォローして、危険な事から遠ざける。それが今僕にできる精一杯の事だ。


「ねえ、ゾンビとか吸血鬼はいると思う?」

 これは単純に、空湖がどう考えているのか興味があって聞いてみた。

 空湖はこれまでに見た事ないほどキョトンとした顔をする。

「いるわけないでしょ、そんなの」

 そうなの? 何の迷いもなく?

「あれは小説とか、映画を作った人達が創造したものでしょ?」

 いや、宇宙人もそうだと思うけど。

「でも元になってるものはあると思うわよ。ゾンビだって、昔の奴隷とか犯罪者を薬で従属させたものが、湾曲して伝わったものだとかね」

 それは僕もテレビで見た事あるよ。

 吸血鬼ドラキュラだって、モデルになった人はいるんだ。

 ドラキュラ伯爵は本当に猟奇的な異常者だったようで、当時の周囲の人には本物の怪物のごとく見えただろう。

 オオカミ男だって、狂犬病なんかの病気から来ているという説もある。

「宇宙人だってお話の中ではタコみたいだったりするじゃない。あんな宇宙人いるわけないのにね」

 そうなんだ。そこは確信があるのかな。宇宙は広いんだから、色々な姿をした宇宙人がいると考えてもいいと思うけど。

 僕は空湖の常識に合わせてフォローするのはかなり難しい事なんじゃないか? ……とこれからの接し方を決意して早々憂鬱な気分になる。

 そんな気持ちで空湖の後ろ頭を眺めていると、その先から女の子が走ってくるのが見えた。

 その後ろにも人影が見える。

 これは追われているのかな。

 僕より少し大きいだけの女の子が、黒い男の影に追われている。

 事件だろうか。助けないといけないのかな? でも僕に? ……と心配する必要はないようだ。

 女の子を追っているのは制服を着た警察官。事件には違いないんだろうけど。

 逃げる女の子に突き飛ばされては堪らない、と道を開けるが空湖は立ったままだ。

 危ないよ、と言う間もなく走ってきた女の子は空湖に正面からぶつかり、そのまま抱きつくように空湖の後ろに回り込んだ。

「た、助けてくれ」

 いや、警察官から逃げる人を助けるわけには……。

「もう逃げられんぞ。大人しくこっちに来い」

 警察官も女の子に負けず息を切らしている。かなり長い間走っていたようで、捕まえる前に少し息を整えたいようだ。

「ち、違うんだ。オレは家出人じゃない」

「交番で聞く。いいから来い」

「なあ、君達。助けてくれよ。オレはただ、妻と息子に会いたかっただけなんだ」

 話が全く見えてこない。

 この見た目中学生くらいの女の子が? 妻と息子?

 アブナイ人かな。空湖を助けた方がいいんじゃないか、と近づこうとすると。

 空湖は小型のカメラのような物を取り出した。

 今ではほとんど見かけない、僕も昔のテレビ探偵物でしか見た事ないような、持ち歩き用のカメラだ。

 筒型のそれを開くようにスライドさせるとストロボのライトのような物が現れる。

 空湖が発光部を指差すと、警察官は「ん? なんだ?」というように顔を近づけて見る。

 突然ライトが強い光を放ち、警察官はもんどりうつ。

 僕も直視していないのに目が眩んだ。

「ああ~目が~、目があ~」

 のた打ち回る警察官を横目に、歩き出す空湖の後に付いて行く。

「いいのかな? これって暴行になるんじゃ……」

「大丈夫。記憶を消しておいたから」

「そんなわけないだろ!」

 女の子は僕と空湖の手を引いて走り出す。

 角をいくつか曲がった後、女の子はようやく足を止める。

 僕も息が切れた。女の子と共にぜいぜいと荒い息をする中、空湖は平然としている。

「いやあ、助かったよ。オレは木下幸男。見ての通りのおじさんだ」

 僕はどうリアクションしていいか分からず固まる。

「ああ、そうか。今はこの体なんだっけ」

 とガニ股になって自分の体を見る。

 この女の子は美月と言う名で、美月は幸男という男の生まれ変わりだと言う。

 少し前に占いの館で前世を占ってもらっ時に、突然前世の記憶が蘇ったというのだ。

 始めは美月と幸男の記憶が混在したが、今ではすっかり幸男なんだそうだ。

「これでもオレは社会の競争に生き残って来たんだからな。こんな娘っ子の意識には負けん」

 と笑い出す。

 セミロングの髪に黄色いワンピース。黙っていれば見た目可愛い女の子なんだが、言動は明らかにおじさんっぽい。

 それまで無表情に黙って聞いていた空湖だったが、突然踵を返して歩き出す。

「行こう、コウ君」

「え? そ、空ちゃん?」

「バカバカしい。前世なんてあるわけないじゃない。もう少ししマシな嘘をつくのね」

 宇宙人はいるのに!?

「おいおい、待ってよ。嘘ならもう少しマシな嘘をつくって」

 空湖は立ち止まる。

「それもそうね」

 あっさり?

 もう少しだけ話を聞いてやってもいいというけれど、正直僕はあまり関わり合いににりたくない。

「実は、オレ雪山に行ってさ。そこで遭難したんだ」

「遭難したのっていつ?」

「今からだと……一年前だな」

「あなた幾つなの?」

「四十二だ」

「そうじゃなくて、その美月さんは幾つ?」

 と美月の体を指差す。

「十三だったかな?」

「幸男が死んだ時、あなたは十二才だったわけよね? 生まれてから随分経ってるじゃない」

「うーん、そうなるのか? でも、オレはオレだし」

「……空ちゃん、そうとは限んないよ」


 輪廻転生の理(ことわり)では、生まれ変わる年代というは連続しているとは限らない。

 だからSFなんかでは先の事を予知する人が、実は未来の人の生まれ変わりだったり、年代が重なって前世の自分と対面したり、実は全世界の人間は全部自分の生まれ変わりだとかいう話を書く人もいる。

 もちろんそれは小説の話で、僕自身それを信じているわけじゃない。


「随分都合のいい解釈ね。わたしは未来から生まれ変わった人が、未来の技術を再現したなんて聞いた事ない」

「でも科学の進歩は想定している速度よりも遥かに早いって聞いた事があるよ」

 とテレビの受け売りを言ってみる。

 ていうか、なんで僕が超常現象の理屈をフォローしなくちゃならないんだ。

 普段から相手の疑問に対して何か答えを出してやろう、というクセでつい答えてしまう。


「宇宙人の生まれ変わりも聞いた事ないわね。生まれ変わる星は限定されてるって言うの?」

「はははは、お譲ちゃんかわいいねえ。宇宙人なんているわけないだろう?」

 あんたが言うなよ。

「わたしは宇宙人のハーフよ」

「はははは、面白い子だ」

「ムカ。なによそれ。あなたはこの広い宇宙に君臨するのは自分達だけだって思い上がってるの? 大陸の外には何もなくて、世界は丸い板状だって思ってた旧時代の人達と同じね。この原始人」

「う……うるさいな。訳の分かんない事を……。そんなに言うなら証拠を見せろ」

「別に信じてほしいって言ってない」

 まずい、シャツを捲ろうとしたら止めなくては……、と身構える。

 証拠と言うなら、まずは美月が幸男の生まれ変わりであるという証拠の方が先だろう。

 話を聞いてほしいのは僕達じゃない、というような事をそれとなく伝える。

「そ、そんな事はいいんだよ。ただオレは、自分が死んだ事を家族に伝えたいんだ。今日行った感じだと、まだ『もしかしたら』って思ってるみたいだった」

 美月の姿で家に押し入って、それで警察を呼ばれたというわけか。

 しかし、残された家族がずっと帰らぬ人を待ち続けているのなら、確かに気の毒だ。

「雪山って事は、まだ遺体も発見されてないとかなんですか?」

「多分そうだと思う。遺影もなかったしな」

「でも、幸男さんなら、遭難した場所も正確に分かるはずじゃ」

「そうか! 見つけてもらえばいいんだ! ……でもオレのこの恰好じゃ、言っても信じてもらえないだろうな」

 始めから冷静に行動すればよかったと落ち込む美月に僕は、

「僕も協力するよ。ちょっと思いついた事があるんだ」

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